【ドキュメンタリストの眼⑩】トニー・ガトリフ監督(フランス映画祭2014 ゲスト団長)インタビュー text 金子遊

トニー・ガトリフ監督

アルジェリア出身の映画監督トニー・ガトリフは、フランス人とロマ民族(ジプシー)のハーフであり、ロマについて映画で描くことをライフワークとしている。『ラッチョ・ドローム』(1993)は北インドからヨーロッパへと移動してきたロマの流浪の歴史をダンスと音楽だけで描き、『ガッジョ・ディーロ』(97)ではルーマニアのロマの村を舞台にして、『ベンゴ』(2000)ではスペインのアンダルシア地方のロマのフラメンコを背景に血の復讐の物語を撮っている。

その後も『僕のスウィング』(02)ではジャンゴ・ラインハルトで有名なフランスのマヌーシュ(ジプシー)・スウィングの音楽を題材にし、『トランシルヴァニア』(06)ではルーマニアのトランシルヴァニア地方を舞台にロマを登場させ、日本未公開の『リベルテ』(09)では、ナチス・ドイツのホロコーストで50万人が虐殺されたといわれる大戦中のロマの悲劇を描いた。南フランスにおけるトルコ系移民とロマ民族の衝突のなかに、若者の愛のストーリーを描いた新作『ジェロニモ 愛と灼熱のリズム』(14)を引っさげて、フランス映画祭のために来日したトニー・ガトリフ監督に単独インタビューを試みた。
(取材・写真=金子遊 通訳=高野勢子 2014年6月)



アルジェリアのロマに生まれて

――トニー・ガトリフ監督は1948年生まれで、60年代になるまでフランスの植民地だったアルジェリアで生まれ育ったということですね。ガトリフ監督が、フランス人とロマ民族のハーフとして、その地で過ごした少年時代はどのようなものだったのでしょうか。

ガトリフ すごく貧しかったけれども、自由で幸せでした。服もなく、靴もなく、食べるものもありませんでした。小さいころから、アルジェリア戦争(1952-62)の暴力にさらされていました。4歳、5歳くらいのとき、亡くなった人たちの死体を見ました。私の目の前で人が殺されていくんです。町から離れて田舎へ行くと、銃で撃たれた人やナイフで刺された人の死体が転がっていました。非常に強い戦争の暴力が身のまわりにありました。映画のなかのできごとのように、いまでも映像が頭のなかに残っています。ある夏の日に、住んでいた家の中庭へ出ました。あまりに暑かったので、私たち子どもは何も着ていませんでした。何時間も何時間も、黒い空を明るい光の筋が飛び続けていました。それは植民地支配を続けようとするフランス軍が、隠れている国民解放軍側のアルジェリア兵を撃っていたんですね。とても怖かったけれど、美しい映像でもありました。戦争時に生まれ育った人しか、そのような光景を見たことはないでしょう。

――ガトリフ監督のお母さんが、スペインのアンダルシア地方出身のロマ民族ということですね。ひと口にロマといっても使う言語もさまざまで、人種も混血しており、文化もさまざまだと思います。そのような戦争を体験した少年時代のなかで、監督がお母さんを通じて接触していたロマの文化とは、一体どのようなものだったのでしょうか。

ガトリフ 常に身のまわりには、ロマの音楽や文化がありました。アルジェリアに済んでいましたから、ロマの音楽だけでなくオリエンタル音楽も身近なものとしてあり、それらは混淆されていました。ですから、映画を撮りはじめてからも、単に伝統的なロマ音楽というよりは、北アフリカやイスラムの音楽をミックスして映画のなかで使っています。母から直接的に受けた影響としては、自分がいま滞在している土地から、いつでも自由で独立しているというあり方です。それは、いまでも自分の行動規範や教えになっています。世界中のどこへ行っても自分の家というものがないので、反対に、どこでも自分の家になりうるんです。ホテルへ行っても、銀行へ行っても、自分の属する場所ではないという感じがしません。

それから、これも母からの教育だと思うんですが、18歳のころ、どんなときでも相手の目を見るようにと教わりました。相手の目を見ることは、その人の魂を読むようなところがあります。目は人間の中身を見る窓口なんです。目にはその人の心が映って見えますし、正直であるかどうかとか、その人の本質がわかります。そしてロマの話でいえば、警察や税関の官吏は目を見られるのが嫌いなんですね。私はいつも相手の目を見てしまうので、そのような種類の人たちとすぐにトラブルになってしまいます。目をあわせない人はいいんですが、私のように目をあわせる人は、たいてい税関に「止まれ」と声をかけられる。それがロマであることなんです。ロマの子ども女性も同じです、いつも相手の目をじっと見つめるんです。彼らは一度とらえたら離さないような、そんな直接的なまなざしをしています。

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つづきは、書籍『国境を超える現代ヨーロッパ映画250』(河出書房新社)に掲載の完全版インタビューでお読み下さい。
http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309276526/