【連載 批評≒ドキュメンタリズム④】 SEALDsと共に歩むために 『わたしの自由について』text 金子遊


 

generic sildenafil citrate 中高生のときの抵抗

わたしは中学3年生のとき、自分の卒業式にでることができなかった。卒業式の予行練習で、日の丸の掲揚と君が代の斉唱に反対し、不起立をつらぬいたからだ。予行練習の途中で担任の体育教師・田路に体育館裏へ連れだされ、「どうしてみんなと同じようにしない!」と小づかれ、ほおにビンタを2度くらった。20数年前の時代、教師が生徒に暴力をふるうことは日常だった。しかし振りかえってみると、どうして日の丸への敬礼をかたくなにこばんだのか、その理由がはっきりとしない。

15歳とはいえども、日の丸がアジアへの侵略戦争のシンボルとして使われたことは知っていた。君が代が、戦時中に多くの国民がそのために命をささげた、現人神の天皇をうたったものだと理解もしていた。両親は全共闘世代だが、家ではそのことをほとんど話さなかったので、社会科の山下先生が「自衛隊は憲法違反です」という授業をくり返した影響を受けたのだと思う。結局、多くの来賓が列席する場での不起立をおそれた学校側は、わたしを卒業式に出席させず、職員室で待機させた。みんなが体育館へ移動したあと、ひとり待たされて、悔し涙を流していたわたしの頭のなかで、ある歌のフレーズがくり返されていた。

  すべてを壊すのではなく 何かを捜したいだけ
  すべてに背くのではなく 自分で選びたいだけ
  Seven days war   闘うよ
  僕たちの場所 この手でつかむまで  
  Seven days war    Get place to live
  ただ素直に生きるために

ちょうどその頃『ぼくらの七日間戦争』が映画化され、原作小説を夢中で読んだおぼえがある。上はその映画の主題歌のサビの部分だ。きびしい校則をもつ中学校で少年少女が抵抗し、工場の廃墟に立てこもるストーリーである。中学生のときの不起立はそんなロマン主義的な色が強かったが、高校の卒業式ではもう少し大人のたたかいになった。旧制神奈川一中から一高になった母校では、60年代後半に学生自治会による校舎のバリケード封鎖と立てこもりが起き、制服の廃止と学校規則の撤廃を勝ちとっていた。それで県下ではめずらしい公立の私服校になったのだ。

リベラルな伝統が長いあいだ守られていたが、新任の校長がきて、その年に戦後はじめて卒業式で日の丸を掲揚しようとした。生徒会の面々と校長室で直談判した。「県の教育委員会にも報告のしようがないから、頼む。体育館の外でいいので日の丸を掲げさせてほしい」と校長は妥協案をしめした。「ダメです」と突っぱねた。それでも校長がゆずらないので、「名字からもわかるように、わたしの本名は〝キム〟で在日コリアンです。あなたが日の丸掲揚を強行するのであれば、その旗に火をつけて新聞沙汰にすることを辞さない覚悟です」と、とっさに嘘が口をついてでた。

卒業式の当日、校長は体育館横の掲揚ポールに何度も様子見にきたが、日の丸掲揚を阻止するためにわたしたちがピケをはっているのを見て、すごすごと帰っていった。高校では中学のときと立場が逆転したのだ。当時の日章旗は、まだ国旗ではなかった。国旗に制定されたのは1999年のことだ。その後の日本社会で、カタカナの「ジャパン」やスポーツ選手たちの「日の丸を背負う」といったキャッチフレーズに象徴されるように、人びとはそれらを国旗と国歌として受け入れていった。その事実に照らしてみれば、わたしの中高時代の「戦争」は敗北に終わった。

だが、政治的なデモンストレーションというものは、実社会では負けつづけでムダなもののように見えて、実は権力側にわたしたちが思っている以上のプレッシャーをあたえるものだ。顔のわからない幾多の先人たちの個々の努力の積みかさねが、彼らに権力の行使を思うようにさせてこなかったのだ。であるから、個人や少人数の規模の政治行動ではあっても、それが中高生や大学生の手によるものであっても、そこには必ずなんらかの意味や効果があるといえる。


Cialis no prescription デモという「作品」をデザインする

西原孝至監督が2015年の春から、半年間かけてSEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動)の運動を追ったドキュメンタリー映画 Buy Crestor Online 『わたしの自由について 〜SELADs 2015〜』には、若者たちの運動における興味ぶかいディテールがたくさん報告されている。

映画の冒頭でSEALDsメンバーで、ベースボールキャップに黒ぶちメガネをかけた牛田君が、ほかのメンバーを前に教室でプレゼンテーションをする。60年安保のときに国会前に30万人の人びとが集まり、安保条約は国会で強行採決されたが、混乱の責任をとって岸信介の内閣は総辞職に追いこまれた。「今年(2015年)、安保法案をごり押しで法制化しようとしている安倍晋三首相に対して、おれたちも国会前に30万人を集めて同じことをしたいんだ」というのだ。これはSEALDsの目標を要約するとともに、数百人程度のデモからはじめて十万人をこえる規模へ拡大していった彼らの社会運動を記録したこのドキュメンタリー映画の構成上、欠かせないシーンとなっている。

いま「デモ」や「運動」という言葉を使ったが、この『わたしの自由について』という映画を見ると、SEALDsのメンバーがデモの実施とそれにまつわる活動を、彼らの「作品としてデザインしている」ことが良くわかる。どういうことか? SEALDsの活動を現代におけるベ平連(ベトナムに平和を!市民連合)に相当すると考える人がいて、一方で、社会の変革や革命を目ざすのではなく、戦争を起こさせないという現状維持を掲げるのだから、本質的には保守的な運動だと指摘する人もいる。わたしから見るとSEALDsの存在が画期的であるのは、街路での協働的なデモンストレーション行動を再び「かっこいいもの」にまで高めたことにある。

http://viagra-online-sr.com/ cheap viagra online 『SEALDs 民主主義ってこれだ!』という書籍に、メンバーの山本君のこんな「告白」がある。

デモをみんなで企画した立場なんですが、友だちに「デモをやるよ」と言えなくて、「イベントをやるんだ」って言ってごまかしている自分がいます。なんか「イベント」って言ったほうがやわらかく聞えるから、そう言っています。僕は主催者なのですが、友だちにデモをやっていることを言うのに、少しびびっています。

ただの市民の俺が口出ししていいのか。
ヒマ人って思われるんじゃないか。
かっこ悪いとか、頭が悪いって思われるんじゃないか。
そんな葛藤をたまに抱きます。(……
びびってはいるけど、ちゃんと言いたいことがあります。
それは、これは「イベント」じゃないということ。
これはデモだということ。
デモはかっこ悪くないということ。
間違ったっていい、思考しつづけていくことが、かっこいいんだということ。 
(『SEALDs 民主主義ってこれだ!』SEALDs編、46−48頁)

全学連や全共闘の学生たちまでは、「デモや学生運動はかっこいい」という意識があったのではないかと思うが、その後の40年以上のあいだ、それは圧倒的に「かっこ悪い」ことであったのだ。近年のサウンドカーを使った反格差社会デモや反原発デモにいたるまで、「デモはかっこ悪い」という意識は、日本社会が乗りこえらず、デモが一般への広がりを持てずにきた限界だった。それをSEALDsのメンバーは「かっこ悪いことをやるのはイヤだ」という、若者なら当然誰もがもつ鋭敏な自意識に照らしあわせて、さまざまなイメージ戦略とデザイン性によってくつがえしてきたのである。

そのひとつの象徴は、シュプレヒコールからコール&バックへの移行であろう。映画『わたしの自由について』のなかでも、日比谷公園の野外音楽堂の集会でスピーチを終えたメンバーの奥田君が、オールドスクールな市民運動の人たちとシュプレヒコールをしながら歩くシーンがある。しかし、市民運動家たちのコールのテンポやリズムが反復しづらいものだと指摘して、奥田君は苦笑いする。わたしが2015年の8月の国会前デモで、「I say 憲法 You say 守れ!」「憲法」「守れ!」のような工夫をしている、彼らのコール&バックを見たときも圧倒的にうまくなったと感じた。まるでカーニバルの会場か屋外ライブにでもきたかのように、その場に自分が巻きこまれて一体感をおぼえる。そこには、かっこ悪かったデモをかっこ良くするための試行錯誤と発明があったのだ。

奥田 海外のデモでそういうコールがあって。それはシュプレヒコールじゃなくて、コール&レスポンスなんですよね。それはオキュパイ・ウォール・ストリートで “Tell me what democracy looks like!” とコールすると、参加者が “This is what democracy looks like!” って返すんですよ。驚いた。こっちが言う言葉と返す言葉が違う!(笑)それってどうやったらできるのかなと思って。だってシュプレヒコールって、同じことをくり返して言ってるものじゃないですか。そんなの、見たことなかったから、それの日本語訳をやりたいと思って。
(『民主主義ってなんだ?』高橋源一郎、SEALDs著、63–64頁)

そこで考案されたのが、有名になったフレーズ「民主主義ってなんだ?」「これだ」のコール&バックだというのだ。「デザイン」という言葉をより広義に、人間の活動が関わるものを総合的にディレクションすることだと考えれば、コール&バックの導入と日本語訳の捻出という作業も、彼らのデモンストレーション行動の質を高めるためのデザインのひとつだといえる。コールにおけるヒップホップ風のリズムや言いまわし、サイトやフライヤーやパンフレットにおける写真とロゴを使った政治臭をぬいたデザイン性、SNSなどをつうじてミュージックビデオ風のPR映像を拡散していることなど、SEALDsの広報におけるメディア戦略の斬新さをあげていったら枚挙にいとまがない。それらひとつひとつの創意と努力が、SEALDsという「作品」の知名度を高め、流行語になるまでにしたのだ。

その一方で、現代の学生運動には「楽しいことをやりたい」「やりたいことはやってしまう」という快楽主義的な姿勢も必要であろう。SEALDsは、かわいいTシャツやパーカーをつくって販売をしている。Tシャツに使われている上のイラストが、ソニック・ユースというアメリカのバンドの、アルバムジャケットにオマージュを捧げたものであることは一目瞭然だ。そのイラスト自体にも、1960年代に撮られた殺人犯たちの写真という参照元がある。あくまでも大学におけるサークルやゼミの延長上のようなところに、ひとりひとりが関われる場としてのデモを創出している。彼らの運動の「作品」としての価値は、このような自然体や「無理のなさ」にこそあるのだと思う。

http://propeciaonlineinfo.net/ Generic Propecia Online ▼page2  SEALDsが突きつけるもの につづく