【連載】つげ義春 「ガロ」時代 第1回 text 正津勉

「沼」

――やまのうへにふるきぬまあり/そのみづのまぼろし、     山村暮鳥「沼」

「沼」は、つげ漫画の転換点となった画期的な作品である。わずか14頁の小品ながら、その世界は奥深くある。でこれがどうにもちょっと語ろうに語りがたいところがあるのだ。そこでまずはコマに沿って辿ってゆくことにしたい。

しんと静かな沼の畔に着物姿の少女が背を向けて立っている。「バタバタ」、足許に翼を散弾で撃たれた雁が懸命にもがく。

「いかようにもがけどせんなかるまいに」
「いっそ死んでしまったほうがなんぼか幸せ……」
「われの寿命じゃ」、少女は、そういうかと雁の頸を「ギュッ」と絞めねじ切ってしまう。

 冒頭のこのシーン。つげは、当時、井伏鱒二を読んでいた。「小説からの影響は何にもないんですけれどもね」というが(つげには誰かからの影響について過小にとどめる癖がみえる)、ひょっとしてこれは井伏の「屋根の上のサワン」から着想されたのかどうか。「屋根の……」では、銃で撃たれた雁を「私」が手当てし、庭で放し飼いにするのだが……。ここでは真逆にも残忍なるさま。そこに青年が撃った獲物を探しにくる。少女は、するとちぎった雁の頸を指に突こんでいうのだ「われかこの雁を射落としたのは」。

「われ東京もんじゃろ…………寄ってけ」。少女は自分の家に青年を誘う。バアサマと、「嫁に来てからズッと病気で寝てる」ネエと、義兄(アニキ)の4人が住む。家の離れ間。

「私はいつも一人でさみしい思いをしている…………」 
「今夜は十分かくまってあげましょう」

少女は、さっさと布団を敷きはじめる。そのとき青年が何気なく部屋の隅の鳥籠に手をふれる。とそこから蛇が出てきて「アッ」と驚き飛びのける。
「自分で勝手に入ったのじゃ」
「なんぼうにも追い出したけれどいっそ平気な顔してここに棲みついてしもうたんヨ」

やがて夜になる。「あの蛇はい出し来ないかな」「来るよ」「たびたび私の首をしめに来る」「夢うつつなれど 蛇にしめられるといっそ死んでしまいたいほどいい気持ちや」。少女は、そういって眠りにつく。

そして夜一時になる。「眠れない」。青年は、起き出す。そうしてどうするか。というといきなり眠り入る少女の首を絞めあげている。それをじっと籠の中から蛇が見つづけている。
「アア……」、少女が呻く。青年は、手を離す。そして喘ぐ少女を見つめる。
 するうちに朝がきている。「なぜ見ず知らずの男をかくまった」。義兄が、少女を責める。少女は、それには耳をかさず言いつのる。「蛇が逃げてしまった」「蛇をしらんか」。怒る義兄。「そのようにどなったれば 耳がせつないです つらいです」。
次頁、黙って家を背に逃れる青年。そうしてどうしょうとするのか。青年は、沼へ径を辿る。それからしばらく沼の対岸の空に向かい撃ち放つ一発の銃声がとどろいている。

「ズド――ン」。

なんと夢魔的なるか! わたしはほんとに驚嘆してしまっていた。つげはというと、これをもって特別な存在になったのだ、わたしにとって。

いったい何からどうインスピレーションというか思いついた? つげ自身、発表の翌年に初めて会った権藤晋(高野慎三)に対し「完璧に仕上がった」と自負したそうだが、ご本人は、「では何を描きたかったのか、それがどうしても説明できない」と述懐している。またストーリーとして「義理の兄貴というのがいて、これが少女と怪しい関係」のように匂わせているが。唐突にラストシーンの一発。「ズド――ン」

ものすべて模糊と不明なるがまま。それこそがこの作品の画期のしだいなろう。であるなら詮索は詮方ないはなし。

ところでさきにこちらは「じつはこの作の成り立ちには寿恵比楼滞在がそれは深く濃く関わっている」とのべたものである。ここからはいますこし詳しく寿恵比楼との関わりにおよぶことにする。

まずは「沼」である。寿恵比楼、そのすぐほとりの、夷隅川。ここらあたりの流れはずいぶん緩くよどんだ感じにみえる。草の生い茂った岸、ただもうしんと静まりかえるきり、動きを止めた重い水。つげは、そこからなんとなし川ならず、堰き止め沼、という閃きをえたのだろう。

みるにつけさながら「沼にはおれの丈よりも高い芦が、ひつそりと水面をとざしてゐる。水も動かない。藻も動かない。水の底に棲んでゐる魚も――魚がこの沼に棲んでゐるであらうか」(「沼」芥川龍之介 「改造」1920・4)というようによどんだ。

つぎに「少女」である。これについてはつげの発言をそのままみよう。「……宿屋に娘さんがいて、これがものすごくかわいい女の子なんですよ。十七、八の。ところが、言葉を喋ると千葉の方言丸だしなんです。それがかえって、奇妙な違和感があって、その女の子がかわいいいせいもあって、それがエロティックにも感じた」

美少女の容貌を裏切る粗野な言葉遣い。なんともそのアンバランスなところがいい。だけど千葉の方言では身近すぎる。つげは、そこで井伏鱒二の短篇「言葉について」(「新潮」1933・1)で話される山陰地方の方言を真似て使用した(実際、参照したのは旧文庫本版中の井伏の造語であった。だがのちの『井伏鱒二全集』では正しい山陰弁に修正されている)。

宿のおかっぱ頭のかわいい子。それをだがよくもあんな異様な妖女に仕立てあげたものであるか。つげは、そこらを「少女の破瓜期の幻覚かもしれない」というが。このことではつぎの二つに肝を冷やされたのではないか。

一つ、冒頭近く、「ギュッ」と絞めねじ切られた雁の頸。あえていうならばこれは羅切恐怖おぼえさせるものなるか。ほんと恐ろしい。青年ならずとも、ズボンの前をおさえ、仰天「ゲッ」である。

しかしここで思いみられよ。ひるがえってみれば、わたしらも戦後しばらくは各戸で鶏を飼っていて、そいつを出刃で頸を切りつぶしてご馳走としていた、そうではなかったか。はっきりと憶えているのだ。もちろん当方もやったし、わたしの姉貴だってまた。ただいまそのことを忘れしまっただけで、だからそんなにも怖がるのはおかしいか。ということにして、つぎはどうだろう。

一つ、鳥籠に棲む蛇の存在。これは『古事記』にも記される馬婚(うまたわけ)、牛婚、鶏婚、犬婚など、古来伝承にみられる異類交婚のうち、いうところの蛇婿(へびむこ)からの着想なるものか(つげは、じつにこの種の秘話、実録に詳しかった)。このことでは当方も幼時しばしば祖母から口伝えきいている。

「あの荒島岳の池の主が大蛇でのう、お酒と娘を寄こせって。娘をさし出さないと大水を起こして、村人をみな流すぞとのう……」

どんなものであろう。これからも蛇は「沼」の主でこそある。そういえはしないか。

それにつけ、いや「蛇にしめられるといっそ死んでしまいたいほどいい気持ちや」とは、なんという。やはり、ほんとうに恐ろしい作ではないか、これは。つげはというと、このようにいう。

「作品全体が少女の〈血〉の世界かもしれない」

 

以下主要資料

つげ義春・権藤晋『つげ義春漫画術』上巻(ワイズ出版 1993)
つげ義春・権藤晋『つげ義春漫画術』下巻(同)
高野慎三『つげ義春を旅する』(筑摩書房 2001)

 

【執筆者プロフィール】

正津勉(しょうづ・べん)
1945年、福井県大野市生まれ。詩人。詩誌「ポエム」編集に携わり同誌上、つげ義春と湯治場巡り「桃源行」(1976・10~77・5)連載。「特集つげ義春」(77・1)刊行。ほか対談・小論など。本稿は、はじめて積年のつげ漫画読解にいどむ論考である。