【連載】つげ義春 「ガロ」時代 第2回 text 正津勉

紅い花

「沼」。つげは、みてきたようにこの作で自身が目指す作画の結構を手にしえたといえよう。

いまここでそのことを短く説明ぬきでおよぶとそうだ。つきつめて一言でいうとしたら、〈起承転結〉の坐りではなく〈序破急〉の走りのほうへ、はっきりと転換したことである。でこれからそのあたりを本作に沿ってみることにしたい。

登場人物は、おかっぱ頭に筒袖着物姿の女の子、キクチサヨコ。サヨコと同級生のいたずら坊主、シンデンのマサジ。そして作者と近い東京から来た釣り人の青年である。

蒸し暑い。とき真夏の昼下がり。鬱蒼と茂る樹木。「ミーン ミーン」。蝉が鳴く。耳をつんざき、鳴きやまない。峠の片隅にある小さな茶屋。「ひとつふたつみっつ」。「ふぅ」。サヨコが小銭を数えては深く溜息をつく。カツカツと素通しの窓枠に爪を立て一歩ごと前進するカブトムシ。「トン」、枠を叩く、とどこかへ羽を広げ飛んでゆく。

「ああ なぜ数えられないんだろう」
「えいっ腹がつっぱって…………」

とそこへ釣り竿を持った青年が店の前を通りかかる。「お客さん」。「寄っていきなせえ」。青年は、客になって訊ねている。どこか良い釣り場を知らぬか。

「私は知りまっせん われシンデンのマサジに逢わなんだか」

するとしばらくマサジが茶屋におなりになること。おかしい出で立ちったら。えらそうにそりかえり客人にのたまうのである。

「わりァ イワナを釣る気か それともヤマメなら穴を教えよう」

マサジは、青年を穴場へ案内する。「ヤマメならこの沢をおりるにかぎる」。「ミーン ミーン」。青年は、沢への道すがらふしぎな花を目にする。それがみるといやに紅すぎること狂ったような濃さでもって描かれているあんばい。

「あのみごとな紅い花なんというのだろう」、「しらん」。マサジのこの突っぱねぶり、このあとしばらく、それがよく効いてくるのだ。

さてゆくほどに沢筋の景色が素晴らしいこと。飛沫の滝の裏を行き、渓流の石を飛び渡る。またくわえるに両人の会話が面白いのったら。

「あの女の子はあの店の経営者かネ…………」。「おやじがヨイヨイだから学校休んでばかりおる」、「それで店番をしているのか」。「あいつは同級生なれど二年もどりつした落第生じゃ」

ここでのこのお喋りでサヨコが二つばかり上なのだとわかる。それはさてちゃっかり客人から駄賃をせしめたマサジ。いさんでサヨコのもとへ飛ぶように戻るその途でのことなのだ。

いやほんとまったく何がどうなっているのやら。いったいぜんたい考えられっこないマサジ、少女がいましも女へとかわる一瞬、マサジそんなことなど知るすべとてもない。とんでもないことに出くわすことになったのだ。

わりア? サヨコ……。なんでどうして川の流れに腰を沈めてなんかいる。サヨコ……。わりア?

「ポタ ポタ」。「花だ!」、「花だ」。「紅い花だ!

「紅い花」。あの「沼」から1年半余り経った。つげは、はっきりと満を持して本作に取り掛かっている。これをもって20代をしめくくる作品とせんものと。はじめにその点についてみる。権藤晋(高野慎三)は、つぎのようにおよぶ。

「最初に話を聞いた」。そのときからなんと「出来上がってくるまで半年以上もかかっている」のではないのかと。

ところではじめに、本作の成り立ちにも寿恵比楼にあった日々が深く関わる、そういっておいた。そのことではそれは温めていたこの作がやっとのこと、おぼろげながら形になりかけた頃なのであったろうか。つげは、万端用意周到人種だ(当方はそのこまめさメモ魔カメラ魔ぶりにしばしば驚倒させられている)。

しかしなんとまた入念なることだろう。発表に先立つ4月、再度、あのTと寿恵比楼行をしている。このときにはもう宿に「沼」のモデルになったおかっぱ頭の娘さんはおられない。だけどもいない娘さんの想い出がキクチサヨコと成り代わって活かされるのである。のみならずこの作においてもあの独特な台詞をとうとうと喋ることになるのだ。そこにいま一つくわわる。

「えいっ腹がつっぱって…………」、サヨコのこの言いまわしだ。これがこの折たまたま、隣室に泊まっていたバスガイドの発した一言、「腹が立つ、靴下が突っ張る」と叫んでいたのが、「えい、腹が立つ、突っ張る」と聞こえた、そのことがヒントになったと。これぞ再訪の余禄なりだ。つげは、目が良いこと、それは当然だけど、耳も悪くない。いやじつに聡くあるのだ。こののちもその聴覚にはしっかりと注視することにしよう。

それはさて。取材は入用ではあるが、どのような作品であっても、想像の産物でこそある。いわずもがな。それではつぎにそこらの創作の工夫のほどをみることにしたい。

まずもって釣りについて。すぐる秋のこと、つげは、釣り好きの白土に連れだって夷隅川のいずこかで竿を振っているのだ。このことが着想の下敷きになった。そこらはまず間違いないところ。しかしながら大多喜あたりや養老渓谷なんかでも半世紀前とはいえ、アユは釣れても、山深くに棲息する、天然のイワナやヤマメの穴場があるかどうか。おそらくあり得ないはなしだ。なお次項の「西部田村事件」では夷隅川でハヤ釣りに興じる場面あり。

いわずもがなこの舞台は想像上の渓谷にほかならない。そのさきの「沼」はというと、山麓というより山懐、それぐらいの高さらしかったが。ここはその描写からして、かなりな山間とおぼしい。ひろくみて房総ではぜったいこれほどの高度はのぞみえない。このことから何が見えてくるだろう。

それはあの秋の寿恵比楼の旅からである。つげは、ひとりひそかにある危うい境へと自らを漂わせんとしたのだと。いまここで述べておこう。とてもそこらをよく理解がゆくように展開できないままにだが。だがおそらく誤ってはいない。

そうなるとおのずと舞台設定、人物造型、物語構成からちがってこよう。ではその一々それが、いかになっているか、つぎに箇条にする。

一、「沼」では、ぽつんと一軒家の離れに少女は囚われており、本作では、わびしい峠の茶屋でサヨコは働かせられている。

一、ふたりともに胸を塞がれることに、「ズッと病気で寝てる」ネエと、「ヨイヨイの」オヤジの、ためにわけありの身の上であるという。

一、両人ひとしくいましも破瓜期にさしかかりつつあり、いまこのときまさに生と性のきわどい切り岸におかれていること。

キクチサヨコ、孤児めく美しく切ない少女。この子に仄かな思いを寄せる、シンデンのマサジ。それではこの男の子であるが、いったい何を負っているのか。そこらはまるっきり説明されていないのだ。あるとしたらただ一つ「シンデンの」と付されて呼ばれていることだけ。であればここはこのことを取り掛かりにするほかないだろう。

つげは、まことに細心なること、あえて、カタカナ表記にしたが。「シンデン」とは、新田。これまたおそらく誤ってないであろう。このことに関わって強弁の補助に拙稿をここに引いておこう。

「わたしの郷里は越前、奥越の大野である。その町区の外れのほうに「塚が千塚、道が千筋、狐が千疋」といわれた塚原野の新田開拓地区なる一画が拡がる。ここの開拓は満州事変後の農地開発営団というところが、ときの義勇軍訓練生ほかを動員して着手してきたという。でそれから戦後は食糧増産のために満州や朝鮮からの引き揚げ者、都市で家を焼かれた離郷者や疎開者らが鋤鍬を振るってきた」(「銀竜草」)

わたしらの郷里だけでない。くわえてまた漫画の舞台にかぎらない。新田開拓は、国のどこでも行われていた。たとえば八ヶ岳東麓、野辺山高原では、敗戦の年11月に「緊急開拓事業実施要」に基づき、約170世帯が入植した記録がある。

これでおわかりいただけるか。マサジは、山麓は新田の住民。わたしらの小学校の友にも、シンデンのマサジと同じにそう、シンデンのヤスシと呼ばれる、その名も秦康君がいたのだ。康君の住む家屋は、新田開拓村住宅、人呼んで帰還長屋の一軒だった。きくところ父親は引き揚げ船中で没したらしい。いわゆる母子家庭であった。

マサジは、オヤジは健在らしいが、新田移民、引き揚げ者の裔? もともとの村落住民でないのだ。だから村に仲間もない「不良」で「大抵学校で立たされとる」と。そのように推測するのが、いつとう相応しいのかも。またそのことをより正答に近づけるには、マサジ特別グッズ二点、そのうちの一つを想起されればよろしいか。まずマサジが深々と被る軍帽のことである。そういえば、わがヤスシも同じ軍帽を被っていたのでは、なかったか。

「きみのかぶっているのは昔の軍隊の帽子じゃないか 仲々(ママ)似合うぜ」
「まず始めにサヨコがそう申しておった」

それにいま一つおかしい。マサジは、うんと背が低いこと。そんなまるで戦後の栄養失調児の典型みたいぐあい(ヤスシではないがいま一人の帰還長屋児に瓜二つのチンデブがいらした)。それがかなり長い背丈を超す竹竿を携えているのだ。そんなものをなんで放さず持ち歩くことにしているのか。このことでは軍帽もそうなのだが、こいつがないと不安でサヨコに相対しえそうにない、いうならば武具かわりだからだ。そのことがもっともよく描かれているのがそう、サヨコが渓の水を桶に汲む際に後ろから「サッ」と竿で裾を捲るシーンだ。

「へへッ お前らこの頃 毛がはえておるじゃろ」「知らん」

そうしてそれから一拍おくようなぐあい。後半へとだんだんと階調をはやめてゆこう。いやこのはこびの急急のあんばいはどうだ。

13頁。「ミーン ミーン」。というその声に和するかと抗い乱すように。「オーシン ツクツク オーシン ツクツク」。蝉鳴が騒がしいばかりの峠の茶店。そのうちの長椅子にぐったりと仰向けるサヨコ。みるとその掌は下腹部に組まれてある。「キクチサヨコ」。おそるおそる窓枠から覗いて声掛けるマサジ。

「われそのように苦しんでおっても詮なかるまいに」

14頁。「店をたたんではどうじゃ」。「われの難儀はわしがオヤジに話してやる」、「のう キクチサヨコ 山をおりたらどうじゃ」。「………… ………… …………」。「われはなぜにそのように唖だまっておるのか」。「わしらはその気がしれん」

「ミーン ミーン」。大樹の枝をぎらぎらとまばゆく透く夕陽。

15頁。しまい最終頁である。「オーシン ツクツク オーシン ツクツク」。青年が帰路の途につく。眺めやる遠く山を降りてゆく影。というここで歩を止めてみたい。このシーンは「写真を見て描いています」というが、それにしても背景がなんとも雪をいただく高山になっている。ここらなどさしずめ切り岸を臨む気それが、ふいと筆に乗り移り描かせたものといえるか。

「ふうん 仲なおりしおったかな……」。みるとマサジがサヨコを背負いひたに傾斜をくだってゆくではないか! 青年は、そのさまをしばし遠望してひとりごつる。

かくして、横並びの3コマに胸騒がせられつつ、おしまい。

「のう キクチサヨコ」、「うん」

「眠れや…………」

 ――終幕――

見事である。いやもうただ感嘆するしかない。絶品なりだ。

どんなものだろう、初潮を描いて類例を見ない傑作、ではないだろうか。まことにサヨコはというと、樋口一葉「たけくらべ」美登利嬢、をしのばせてならないのだ。

「……、有し意地をば其まゝに封じ込めて、此處しばらくの怪しの現象に我れを我れとも思はれず、唯何事も耻かしうのみ有けるに、……」(「たけくらべ」十六)