【連載】つげ義春 「ガロ」時代 第3回 text 正津勉

「李さん一家」

「まだコヤシの臭いの残る郊外のこの ボロ家に引越して来たのは 昨年の初夏だった」

まず冒頭の一頁、大きな荷物を抱えた青年、その独白から開幕。引越先は廃屋同然よろしくある、とんでもない木造二階の一軒家。

「いずれ取壊すつもりで放置された家なのでタダみたいな家賃で借りられた」。「敷地の広さも 僕が求めていた条件に ぴったりなのだ」

草とりにはげむわ、トマトやキュウリ、作りにいそしむ。柄杓を提げ天秤棒で肥桶を担ぐ。そんなにわか百姓めかし自給暮らしを満喫していたのだ。だがそのボロ家の庭が神社の境内と隣り合っていること。そんなのでしばしば見知らぬ人が迷い込んでくるのである。そんなある日のお昼すぎのこと。おかしなお人がお出でになった。

「男はギャングのカポネの時代に流行ったような縞模様の薄ぎたないズボンを穿き その尻ポケットにむりやり上衣を詰め込んでいるので そこが ものすごく出っぱっていた」

その変な男は鳥話を話せる能力を持つ李さん。李さんは、ときになんとびっくり鳥から聞いたという明日の天気をよろしく僕に教えてくれるのである。だけどその模様はラジオの天気予報そっくりの内容というのだ。李さんは、ほんとうに鳥と話を交わせるのか。どうもインチキくさい、だがどこかなんとなし李さんには疑わせない気があるようなのだ。

あげくはその独特のムードに気圧されたぐあいか。気がつくとどうしてなのか、家の二階に「李さん一家」を、住まわせているというような。わけのわからない同居というか事態になっている。むろんのこと賃料なんてなしで。

李さんは、定職はなく怠け者。なにをして一家を支えているのか。なんでかよく外泊しているのだが、みるからに貧窮の底にあるようだ。だけどそんなに苦しそうでもない。

奥さんは、目と口が大きい色黒のグラマー。主婦らがする仕事はしない。小用を牛乳瓶で済ませ、こちらの耕す畑にまいて、そのコヤシの代償としてキュウリを失敬していく。

子供が二人。四歳になる女の子とその弟。泣いたり笑ったりの表情に乏しい姉弟。女の子は、瘠せて陰気。弟は、姉のお古を着ており、女の子のように可愛らしい。

おかしいのだ一家みんなが。ずっとその昔わがドロップアウト、ヤンキーフレンドが曰われました。こんなへんな英語でもって。

――Lee family?The Dragonflies in Heaven!(李さん一家だって? 極楽蜻蛉っうの!)

「李さん一家」。まずこの作品について。つげは、当時読んでいた、唐木順三(1904~80)『無用者の系譜』(1960)。これはわが愛読書でもあったが。そこにその本に紹介されているエピソードから着想を得たのだとか。それは井原西鶴作の浮世草子『置土産』中の一話「ぼうふら売り」である。

これがまたどんなようなものであるのか。かいつまんでいうと商家の旦那が落ちぶれたあげく、身受けした女郎だった女房とともに、ぼうふらを捕って金魚の餌として売ることで、かつがつぎりぎり最低の生計を立てるというあんばい。なんだかつんとくるようなはなしなのだ。

しかしなぜ主人公が「李さん一家」であるのか。戸籍簿でいうなら、あたりまえだが、朝鮮人なのである。小説ではまあ、数少なくある。だが漫画に朝鮮人が主人公で登場する。そうあるべきなのだが、それはもう漫画というつよく教育的をのぞまれる世界からすれば、あたりまえでないのだ。

そのきわめてまれな例がどれほどあろう。ついてはつげとの関わりのある名にかぎってみること。いまここにうちの二つのみあげたい。紙幅の関係で子細は省略。

「ながい窖(あな)」(手塚治虫「サンデー毎日」増刊号 1970・11・6)
「さびしい人」(水木しげる「ビッグコミック」1969・9・10)

さて、つげは、「これは朝鮮の人に設定する必要もないんですけれども」として、つづける。「なんていうか朝鮮人のために定職につけない、いつも浮浪者みたいな感じでいる。ぼうふら売りのように自発的に社会から降りたのではなく、降ろされているんですね。社会から外されている、否定されている……」

「降ろされている」以下そのような現実にさらされつつ生き死にするほかない存在としてある「李さん一家」。つげは、おそらくそこに自身の半生がかさなること、ふつうにごくごくしぜんに、いつからとなし共生の感覚をおぼえたのやら。

ついてはのちに朝鮮人が登場する作品「近所の景色」(「カスタムコミック」1981・10)も発表しておいでだ。さらにエッセイ「夢日記」(「ポエム」1975・10)でも朝鮮人にふれている。

それはさてここで留意したい、つぎの二点のことにおよぼう。

まず一つ、李さんの現れ方について。李さんは、ある日、隣り合った神社の境から突然、僕のボロ家の庭にお出でになった。というここで歩を止められたい。ここはどこにでもある郊外なんかではないのだ。神域と隣接する。この絶妙なる設定! 李さんは、神社の境から、ボロ家の庭へと、そうしていつとなし二階にお住まいになられたのだ。

李さんは、〈来訪神〉。ここでフォーク・ロアの用語を使ってするならば、おそらくその範疇に入れていいのではなかろうか。来訪神、つまるところは異人の一種〈まれびと〉でこそあるのだ。

ものの本の記にみえる。異人に対しては、畏敬の念をもち、歓待に務めたし。われらが祖の教えだと。

ついては僕が李さん一家をよく温かく迎えいれた。いやその正しきこと。まことに礼に叶った行為でその思いは美しくある。

いま一つ、それは李さんの才である。ありそうもないが、鳥語を解し話す異能の持ち主、ということである。ところで鳥語といえば、つとに知られる「聴耳頭巾」(『日本の昔話』柳田國男)という文それを、みなさん想起されよう。

聴耳とは、動物の言葉を聞き分ける能力をいう。なかでも鳥語に通じ長者になった云々とかいう昔話は数多く伝わっている。もっとも李さんであるが、鳥語に長じていたが、大金を稼いではいない、ばかりか貧しいままだけど。李さんは、やんごとないような、いうならば零落をみた神代の陰陽師ほかもろもろの異能者ご一統さんの末裔であられる、かたではなかろうか。

だからそうなのである。ひょっとしたら明日も僕に伝えているのでは。こんなぐあいにもして。

「明日は南西の風で良い天気でしょう」。「いまの天気予報は樹上の雀から教えて貰ったのです」

さて、それではここから後半、李さん一家と僕との親交の愉しい、一幕をみることにする。

ボロ家の裏庭に僕が設えたドラム缶を作り直した五右衛門風呂がある。となんと「ある日僕が外出から戻ってみると李さんと奥さんが裏庭の片隅で風呂をたいていた」のである。李さんは、ときにのほほんとなんの悪気もないどころか、むしろなんだか自慢げにおっしゃるのである。

「家内は千葉県の出身でカジメ採りをやっていたのです」。「二分間も呼吸をとめて海の中へもぐるのです」

奥さんが、これにこたえてその実験におよぶこと、ちょうど二分後ぴったり、するとどのような結果になっているか。これがなんともなんと、こんなふうに滑稽このうえない、ありさまになっている。

「大変です 大変です のぼせてしまったのです」

いやあまあアタフタあわてるわ。ほんとグラマーな奥さんを助け出そうに重くヘビーのったら。なんやもうドタバタしっぱなし。

「早く早く なにをボヤボヤ しているのですか」

なんていうときもとき、李さんの、なんともいえない。そんなふうにきこえない、急いでの、うながしっぷり。

ことはやっぱり強いられてきた。母語のそれと、接ぎ木に挿し枝、敵性のそれと。そのちゃんぽん化ゆえなるのか。

でてくることばのお尻がいつもすべてぜんぶ。ほのぼのとも聞こえてならぬ。なんでそうなのか「です」締めとくるのである。

というところで止まることにする。朝鮮人はというと、ひろくふつう一般に日本語の濁音が苦手中の苦手とされてきた、紋切型もよろしく。そこでちょっと気づかれたくある。

つげは、そこらがもう群抜であるといおう。いやじつにしぜんに常心そのものなること。たとえていうなら前出のシーンである。ここなどいかにもそうだ。「早く早く なにをホヤホヤしているのてすか」。なんていうありきたり。そのようにでも強調するがよしとされよう。だがそこを「です」語尾ひとつでもってとおす。つげの、これはもう才覚なのだろう。

李さんはそう、われらが天の上の人さながら、〈まれびと〉なり。なれば貫徹、ぜったいに「です」なのである、断固として。

なんておしまいの一頁まえのさいごの一コマをみられたし。僕は、ガラスのない窓からぼうっと、顔を出し、そしてひとり呟くようにする。

「僕の優雅な生活を侵害した この奇妙な一家がそれから 何処へ行ったかというと」

かくして最終頁。衝撃的というのか、いやこのラストシーンはどうだ、笑劇的がいいのか。頁全面いっぱい。

仰天である。なんたる不条理劇なるか。ただもう口を開けてぽかんと仰ぎ見るばかり。驚倒である。なんたる極楽蜻蛉なるか。

「実はまだ二階にいるのです」

 

――〈付録「蟹」寸感〉――

「蟹」(「現代コミック」67・1)は、ふつう一般に「李さん一家」の続編とされる。つげは、いかにもの口調でもって本作について告白している。

「『李さん一家』はあれで完結したから描きたくなかったんですけれども、止むを得ず、この雑誌の付き合いということで描いちゃったんです」

やはりどこかで不燃焼な作としたいのやら。いかにしてあのラストシーンのそのあとを? ことはそれこそ屋上屋を架すたぐいだろうと。

しかしながらこれが面白くあるのである。「不思議といえば 蟹はなぜ 横に歩くのか これもまた 解らない」、「解る虫と書いて 蟹と読ませるのも よく解らない」。なんていうような疑問からはじまること。

蟹は不思議だ、蟹は不可解だ。無聊の日々、ぼくは、縁の下に棲みついた蟹を見て思いめぐらす。それがだがいつか急に姿を消してしまった……。「小鳥の餌食になってしまったのか」。それでここはぜひと李さんに頼んで鳥さんに聞いてもらうとどうだ。

「ピピピピ」と、李さん。「ピッ」と、鳥さん。「ピピピピ」。ややあって李さんが告げていわく。「けれど 鳥は蟹を 食べてないそうです」

ほんとうここらの李さんがいいのである! なんともいえないその味がよくでているというか。ここでもラストシーンが笑いをこらえられない。まことにおかしく決まっているのである!

「李さんは ………… いつもの癖で ズボンのポケットに両手を入れると おもいきり外側につっぱらせた」

「ぼくも何となく そんなマネをしてみた」

 

【執筆者プロフィール】

正津勉(しょうづ・べん)
1945年、福井県大野市生まれ。詩人。詩誌「ポエム」編集に携わり同誌上、つげ義春と湯治場巡り「桃源行」(1976・10~77・5)連載。「特集つげ義春」(77・1)刊行。ほか対談・小論など。本稿は、はじめて積年のつげ漫画読解にいどむ論考である。