【連載】つげ義春「ガロ」時代 第4回 text 正津勉

 

第4章 峠の犬

 ワカラン ナモカモ 

 

「沼」(66・2)、翌月発表の「チーコ」。さきにみたように両作ともに漫画界において不評よろしかった。その後、「ガロ」への新作発表は、水木しげるのピンチヒッター(?)代わりで描いた翌々月の「初茸がり」以来、途絶えること一年近くになる。

「通夜」(67・3)、発表。待望のつげの新作! 早速、頁を繰った。そこにはどんな世界が展開していたものか。

――三人の癖のありげな風体の男らが、通夜の家へおしいり屍体を弄んで……。

 どういうかこれには面食らったというのか。いやほんとうにまったく困惑をおぼえるばかりなこと。どうにもちょっと言葉がでてこなかった。
そこらのまとまらない初読のときの印象をどういったらいいか。いまなおなんだか疑問符(はてなマーク)のままのあんばい。そのもどかしさをときの学生まがいに一言でいうとこうなるか。

「なんやごつつぅ、デスペレートで、アナキスチックや、ほんまごつつぃ」

どうしてまたそんなへんな言葉がでてくるかというとそう。ときにわたしらの周囲のみんながデスペレートな気分にひたされており、もうなにかにつけ騒擾としてアナキスチックな空気がみなぎっていた。そんなところにとどいたのが本作であったものだからである。
「デスペレートで、アナキスチックや」。まあいうたらこれは当時のわたしらごとき、ドロップアウト学生の阿呆の符丁みたいなものであり、なにごとにつけこの片言で乱暴に片付けていたものだが、いまあえてここに端折ればこんなぐあいか。
つまるところはそうだ。「ワカラン ナモカモ」。ということなのである。

それはともかくとして。あれからかれこれ半世紀以上もへたことになる。そんなにもたったのだ。紅顔もはや白髯なりだ。しかしなんといおうか。いまなおおぼえる隔靴掻痒感はかわらないままだ。とはなんでどうしてか。
このことはなにも「通夜」だけにとどまらない。くわえていえばもう一作「峠の犬」(67・8)もそうなのである。

「ワカラン ナモカモ」。とこれをもって本章の副題とするゆえんだ。

 

通夜

 はじめに時代であるが、血腥い、無慙な、おそらく戦国時代であろう。

「ザー ザー」。土砂降りの雨をついて、三人の男らが駈けてくる。一人は、背に刀を負う刺客風。一人は、布袋腹の突き出た入道頭の元坊主。一人は、終始笑い顔は抜け作の与太郎。「ありがたい 家があったぞう 止めてもらおう」
「ドンドン おいあけろ」。「お前ら盗賊じゃな」と、「ピシャ」と戸を閉めるババァ。それでも引かないと「いま倅が 死んだばかりで 気味が悪いぞい」と、ほんとうに怖いお化けが出るぞとくる。だがどうだ。「死人が怖いような俺じゃない」と、戸を蹴破る刺客風。
まずもってこの開幕のシーンである。ここでときに三人が雨宿りを乞う、路傍の一軒の家についてみる。それはいったい何処にあるものか。

 あきらかに街道筋などでない。素性あやしげな輩らが通るとしたら間道。するとそこは峠か山の懐のどこやら。もともと人通りは間遠であろう。集落から孤立した藁葺きの一軒。住人は老母と息子の二人。いま死人さんとなられた倅さんが、経帷子を着て三角頭巾を付けて、しんと寝むっておられる筵敷きの一間きり。そうすると峠の茶屋なのだろうか(つげの普通でない峠の茶屋愛をみよ。「紅い花」、次項「峠の犬」参照)。ではなくて山番小屋らしくもある。

「部屋はここしかないよ 死人と一緒でもええのかい ヒヒヒ」と、ババァ。「俺は通夜てのはわりと好きなんだ」と、与太郎。
「ザザーッ」。いやましに吹き降りつのる雨。「退屈だからこの死体をいじってやろうか」と、刺客風。そしてなにをやるかと「コチョ コチョ」なんてやりだすとくるから。もうとまらなくいっせいに三者、三つ巴、三人しておふざけしまくる。
「ウヒヤ ヒヤヒヤ」。「ウヘヘヘヘ ガリ ガリ」。「ハヒケケケ ヒヒヒヒ ドタバタ」
「何故にお前らはもっとシミジミできんのじゃ」と、ババァ。だがそれもどこ吹く風ったらへっちゃら。「よしそれなら おとなしく仏の供養でもしてやろう」と、刺客風。「俺は こうみえてももと坊主だったんだ」と、元坊主。
「チーン」、「ナーム ナーム アミダ」。なんて念仏をとなえる元坊主。そのあとはもうめちゃくちゃ。「チャカポコ チャカポコ」。「スッテン テケドコ テン ドン ドン」。「テケドコ テケドコ」
「ナンマイダったら ナンマイダ――」。「コリヤ コリヤ」。なんてはては死体を抱え上げて踊りだすしまつ。

まったくでたらめし放題。はちゃめちゃ、どんぢゃか、めったやたら。狼藉のかぎりのありさま……

 それにしてもなんでまた、このような作をものする、ことになったものだろう。つげは、このように語っている。
「この頃に、中国の古典をよく読んでいたんですよ(註、東洋文庫『聊斎志異』、『唐代伝奇集』、『剪刀新話』、『抱朴子』、『列仙伝』ほか)。日本のでは『今昔物語』、『日本霊異記』とかああいうのをずいぶん読んでいました」「でも話が奇抜すぎて、ほとんど拾うことができなかった」。だから「話そのものはまったくの自分の創作ですけれどもね」と。
「自分の創作」。それはそうだろうけど、だが作のヒントになる何かが、おありではなかったか。それもそんな書籍のなかではなく、じつはもっと身近なすぐそばに。

 それはごくふつうの通夜のしきたりだった。ただいま現在も一般に慣行とされる。通夜振る舞い。いわゆる通夜で催す宴席なのでは。たしかにいまは簡素にはなっている。
しかしながらそれが時代または地方によってちがっていた。まことに葬儀全般、何宗何派、金満貧困、千差万別よろしく。なかにはいまとなっては奇習とまで紹介されるものすらある。

 たとえばよくあげられる例としてはこんなのはどうだ。片割れになった夫なり妻なりが死去した相手と同衾というか添い寝におよぶ風習。これなどいまもまだどこかで行われているのではないか。

 いやそこまでいかないまでも、戦後しばらく土地によっては一夜がかりの夜伽にともなう飲食、などごくあたりまえであった。つげは、あるいはそんな席に連なったことがあるのでは。ゆかりの房総は大原のどこかの縁戚の葬儀において。あるいは東京下町なんかで。そうではないとしたら当時愛読していた、柳田國男をとおして普通とはいえない葬儀習俗、それから連想をふくらませたろうか。

 このことに関わってそう。じつはその昔に当方もおかしな通夜に参じている。それについて綴ってみよう。ひょっとしてそのときの通夜の一端、それがつげの「ワカラン ナモカモ」というような、「通夜」の理解のたすけになるかないか。

当方の郷里大野は遠く、越前でも深くの奥越とも呼ばれる、白山山域の盆地の町だ。生家は酒舗。商売柄だろう、人足らの出入りが、滅法多かった。そんななかで山間の集落からの出稼ぎの男衆が数人おいでだった。
そのうちのお一人が白峰村のヨシジィ。白峰は、手取川源流部、白山御前峰を控える僻村、河内谷(1988年、無人)の出身。旧い言葉でいえば目に一丁字もない酒飲み爺。じつはこの爺の奥方が亡くなった。そのとき長兄の肩代わりで高校3年生の当方が通夜に参じている。これが聞きしに勝る奇なる送り方であった。
粗末な十畳大の一間。参集の10数人の爺婆ら。みなさんが一升瓶を傾け御機嫌なあんばい。やんやの盛り 上がりぶり。どれほどかして、添い寝シーンを目の当たりに、していたのである。

 河内の奥は朝寒いとこじゃ……。そのしゃがれた一声が合図のようだった。みるとなんとジィが眠る奥さんの床に入ろうというのだ。するとてんでに爺婆らが囃子をいれるのだ。モータリ モータリ モータリナ……。

それからもう乱稚気騒ぎつづきもいい。このときあんたもと一堂唱和させられていたのだ(のちにこの唄であるが「白峰かんこ踊り」のそれと知らされる)。
どういったらいいのだろう。そのときの、ジィの身のくずし、十の指の動き、ジィの目のつかい、それがもう。なんともいえないのだった。

お十七八の 乳ならにぎりたや モータリ モータリ モータリナ……。まんまるこて軟こて 握りよてかとうて……。 モータリ モータリ モータリナ……。砂糖もち饅頭握るよな……。 モータリ モータリ モータリナ……

――以上、当方が参じたありし日の通夜のあらまし。いやもうこうなると、ほとんど「通夜」の世界そのもの、ではないだろうか。ついでながらここに河野多惠子(1926~2015)の「半所有者」(『秘事・半所有者』新潮文庫)をあげておきたい。そこではなんと亡妻への夫の究極の愛の交わり、つまり屍姦が主題となっているのだ。通夜といっても、一通りでないのだ。

 つげは、しかしなぜ、ときに無法者の三人組を主人公にした、ものだろう。このことに関わって思われるのだ。

 乱暴狼藉、無茶苦茶、傍若無人……。つげにはどこかで、そんな欄外なる郎党らに対する共鳴また憧憬がある、そうではないのか。それはどうしてか、というと生み落とされてこのかた、まったき最低辺下、飢餓線上ぎりぎり、きょうのいままで生き損じてきた、だからなのだろう。
暴発は必然……。そんないうたらそれこそ、「デスペレートで、アナキスチックや」、なんていうやけっぱちなる。このことの繋がりでそうだ。つぎのような強烈きわまりない一文があったこと。それがふいと浮かんできた。

「……夏の太陽の照りつける、かげろうのゆらめく道を、風采の上らぬ三十歳くらいの男が歩いていた。と、物かげからいきなり犬が男に吠えかかってきた」
男は、上着を脱いで振り回し犬を追い回す。してもう止まらない。男は、こぶし大の石をみつけると犬に投げつけ命中させる。そしてなんとも目の当たりにできない。

「男はその石を拾ってなおも犬をめった打ちにした。/……。それはなんだか遠くの方の出来事のように思えた。急に物音が遠ざかり、少しも暑さを感じさせない陽がカンカン射し、ゆらめくかげろうの向うで男は静かに犬をなぐりつけていた。ぼくは名状しがたい快感のような気分を味わっていた」(「犯罪 空腹 宗教」)

 石で、犬を! その暴発を「名状しがたい快感」と感受する。つげのその心底の思いが、屍体を弄ぶ郎党、あの三人を選ばせたのか。
それはさて、これをもっておしまい幕とあいなるしめのところで、なんという。ここにきても「ワカラン ナモカモ」ということに。つげは、つぎのような謎がけをしている。
それはそうなのである。ひどい通夜が明けて翌朝のこと。おかしくあるのである。

「おっ 雨があがったぞ」と、蒲団から顔を出して外を見る与太郎。「ババァ 通夜はすんだぜ」と、土間の戸を開ける元坊主。大欠伸する刺客風。死んだまま仰向けている倅。

「ハハハハ ゆかいだったなァ」、「あの死体め 必死だったぞ」。「ババァめ つまらぬウソをつくからさ」

そして最後のコマ。三人そろって、気分よろしく、みなさん胸張って声高からかに、大笑いしつつ、出立してゆく。

「俺たちゃ はじめからわかっていたんだ」
「それにしても強情な死体だったよな」