【連載】つげ義春「ガロ」時代 第8回 text 正津勉

 

第八章 ゲンセンカン主人

 幽霊 では あり ません か

 

「ゲンセンカン主人」(1968・7)、「ねじ式」(前月・増刊号)、つげ「ガロ」時代の頂点に位置する作品である。この両作をとき同じくして発表した。まずそのことに驚嘆させられるのだ。

しかしどういうか。難解なのだ、両作ともに。なんともどうにも。そのさき前章の冒頭で両手をあげた。「いったいどう何から書いたらいいか。ほんとずっと書き出せないでいる」。いやほんとうここでもまったく同じ繰り言からはじめなければならない。
どぎゃんすべえか。いまからおもえばそれはかなり大昔のことになってしまうのだ。だがじつはつげとこちらは本作の舞台に同道しているというのである。であればそのときのことを手掛かりにはじめればよろしいか。そうすべえとしよう。

本作の舞台は、群馬県湯宿温泉だ。そこがどんな温泉であるのやら。つげは、書いている。あそこはきっと「つげさん向きの温泉」だからと薦められて初めて行ったときのはなしを。それは1968年2月のことだ。
湯宿は、旧三国峠の宿場町として栄えたとか。いまは往時の面影はない。ただいま現在は知らないが、宿が6軒、外湯が4ヶ所、それほど小さな湯治場であった。

「人に尋ねてみると、家並の裏手にもう一本旧三国街道が平行してありそこが温泉だと言う。行ってみると車も通れない細い道が一本あり、やはり家が並んであるだけで温泉らしさがない。わずかに宿場らしい面影が残っているが、衣料品店があり、魚屋があり、八百屋がありごくありふれている。古びて傾きかかったような家も多く、全体に貧しいなァといった感じだ。人の姿もなく路地は陽も射さず暗くひっそりとしている。すべてが沈滞しているといった雰囲気だ。本当になにもない。これがどうしてぼく向きなのだ」(「上州湯宿温泉の旅」)

しかしだからこそここがつげ向きにほかならなかったのである。そしてそれからおよそ9年半後、76年6月のことなのである。つげはついては、ここ湯宿に「詩人のS(註、正津)さんを案内したのだった」と紹介して、つづけている。
「Sさんは「これでも温泉ですか。絶望的ですね」と感想をもらした。やはり温泉らしさがなく、暗く沈んだ印象だったからだろう。それと、宿屋の食事が貧しかったせいもあるかもしれない。サツマ芋の輪切りの煮たもの、サツマあげの焼いたものが皿にぺたんと一枚、それが夕食の中心だった。……。しかし、さすがに宿代は安く、二千五百円だった。相場の半額以下だ。それを知ってSさんは、
「それじゃぼく向きじゃないですか」
と言う。ぼくは「あれ?」と思い、
「いや、ここはぼく向きと言われたんですよ」
と言うと、貧乏自慢のSさんは、
「いやここは絶対ぼく向きですよ」だって……」
などなどとそんな貧窮問答をひとしきりしたか。つまるところ、ここ湯宿は貧乏人の両人向きだ、というしだい。なんともわびしい商人宿風なところなのだった。

舞台の湯宿。そこにつげ本人に案内され同宿したのである。そしていろいろと話を伺うことができた。そのときの旅情(?)を足がかりにこの手に負えそうにない作品に向っていこう。

とはさてはじめるその前にいっておくとしよう。それはつげがこの作をもって温泉物の集大成とせんと挑んだということだ。そのためにおこたりなく備えをしているのである。
いま舞台を湯宿とした。しかしこの処だけでない。べつにいま一つあるのだ。それは今神温泉(後述)である。湯宿、ここは鄙の湯浴み場である。今神、そこは山の信仰の湯である。大きく性格を異にする温泉、そこに中年男を一人放りこみ、妖しい物語を生みだす試行。
本作は全28頁。ここではできるだけ順に頁を追ってみることにしたい。なにしろどうにも石に歯を当てるようなものだから。

 

幽霊 では あり ません か

 

1頁~2頁。「コツ コツ」。温泉入口と印す板看板。暗い路地へ背中を丸めた黒いベタ塗りの男が入ってゆく。まずもってこの登場から、ずっとひたすらおしまいまで男が黒いシルエットであることを、よく留意されておきたし。これは本作の主題にふさわしい、じつに卓抜な手法とみられよう。顔の無い、影の誰か。「コツ コツ
「この町は まるで死んだように静かだな」。藁葺きの古ぼけた家並。「くずれかかった土壁や腐った格子は昔のままだし …………」。木製の不揃いの井形の格子。「あの障子に ぼんやり映っている人影も 昔からあのままの形で しみつているような感じさえする」
まずはこの冒頭はどうだろう。こちらなどはつげ好みの作家を浮かべてしまうのだ。つぎのような一節をしぜんに。

……ここに人が棲んでいる。戸を鎖し眠りに入っている。星空の下に、闇黒のなかに。彼らはなにも知らない。この星空も、この闇黒も。
梶井基次郎「温泉」(遺稿)

3頁。ボロっぽい共同浴場のコマ。「湯治をする人だって 寿命の短い 老人たちばかりだ」。ほんとなんともこの画の老婆らの姿態が凄まじいかぎりでないか。そうしてつづき既視感におよぶくだり。ここなどほんと心憎いかぎりである。
コツ コツ」。「だけど 不思議だなァ ぼくはずっと以前から この町を知っていたような」、「そんな親しみを 覚えてならないな」

4頁。「ジャンケンポン アイコデショ」。しばらく行くとなんと、さびれた路地裏の涼み台に老婆たちが、オハジキをして憩っている。またニッキをしゃぶるお婆さんもおいでだ。「ほしかったら そこの駄菓子屋に売ってるよ」と、指さす婆さん。店頭に、人形や、メンコや、ビー玉や、ローセキや、奴凧や、などなど。その店に顔を入れる男。というところで立ち止まってみたい。
じつはこの駄菓子屋さんだけど。こちらが行ったときには、ほとんど画のとおり、わびしく残っていたものだ。それらしき婆さんの姿はなかったが(カメラ魔のつげは丁寧にスナップを取って、それを土台に作に合わせて時間をかけ慎重に画を仕上げる)。くわえてやはりまた共同浴場もそのままであった。夜覗くとあの画のように凄くはないが、老婆たちが仄暗い湯槽に沈んでいるかと、洗い場に寝転がっていて。「お兄さん、良い湯だ、お入りよ」、なんて誘われ勇を鼓して入ったが……。つげは、このときの景をまたべつの文章でつぎのように書いている。これをみても入念さがわかろう。

「夕食後、共同湯の内部を写真にとるため正津さんに入浴してもらう。正津さんを写すふりをして地元の人を写す」(「颯爽旅日記」)

ついでながら婆さんといえば、つげがじつに扱いにたけている。それは所かわって、奥会津は早戸温泉、そこでの話である。4人の老婆連れと同宿。つげは、バッチャンらの間にこちらをいれて、うまく話の合いの手を入れつつ。シャッターを押しているのだった。そのとき聴かされた唄をこちらが留めている。これが良い唄であり、しかもどこかつげ世界よろしくもあれば、ここに引き写したい(曲名、失念)。

山だって 登りつめれば 下んねなんね
下り始めりゃ たちまち谷よ 谷じゃ
棺桶が 蓋開けて待ってる  (「桃源行」)

5頁。男は、天狗の面ほかを求める。そうしてこのとき駄菓子屋の婆さんから不思議な話をきかされるのだ。
「でも あんたは ゲンセンカンの旦那にそっくりだね」。「まるで ウリ二つのようだよ」。「ぼくがゲンセンカンの旦那にそんなに 似ているんですか」、「似ているどころか …………」

6頁。「それがどういういきさつで ゲンセンカンの主人におさまったのですか」と、男。下段3コマ、つぎのような文字だけの台詞がみられる。
そう あれは いつ頃の ことだった かしらね」。「あんたと 同じように ふらりとこの町に やって来ましてね …………………… 天狗の面や ローセキやメンコを お買いに なりました」。「そして安い宿を たずねられたので 私はゲンセンカンを 紹介して あげたのです

7頁。後方にゲンセンカンの前景。手前に宿へ向かう天狗の面を持った男の背中。ここゲンセンカンは旧大滝屋がモデルになっている。現在のそれは、建て替えられ趣も何もない、残念なことに。だがこちらが行ったときは、ほぼこの画とおなじ、ボロっぽい宿のままだった。いやいかにもそう、つげ向き、らしかったのだ。
それはいざさてとして。ここからこの婆さんを語り部にして、いつか昔あった噺は進んでゆくのである。はたしてどんなことが……。
その あんたによく似た人が ゲンセンカンの旦那になるまでは」、「身内のない 一人ぼっちのおかみさんが 主人だったのです

8頁。「いらっしゃいませ」。ゲンセンカンの玄関に「あんたによく似た人」という中年男が佇んでいる。天狗の面を両手に持って。じつはこれがこの中年男がおかしいのだ。
それこそひと目みてびっくり、「あんた」ならず「つげによく似た人」なること、まったく「ウリ二つ」なのである。つげを知る者は誰も驚くほど。本人は、なんとなし苦笑ぎみにいう。「ぼくは自分の人相が嫌いだから、自分をモデルにすることはないけれど、よほど感情移入して描いたのかもしれない。だから似てしまったのですかね」と。
なるほど「感情移入」はわかる。それほど本作に向かうにあたり本腰を入れたのだ。「だから似てしまった」。これもまた大いにありうるかも。いかにも作家本人めくことは。
というところで強調しておくとしよう。本作においてはそう、じつをいうと「ウリ二つ」であることが、主題になっていると。ここからそこに留意してみてゆきたい。
さて、お客を迎え女中の婆さんが、板間に両手を突き、深々と頭を下げる。そして柱から半分だけ顔を出して訊くのだ。「おかみさん どこの部屋へ通しましょうかね」。すると、なにか? 「グエッ」。「ギョッ ギョッ」。「ゲッ」

9頁。招じ入れられた帳場らしい畳の間。「グフッ グフッ」と、おかみ。「唖で ツンボらしいですね」と、男。「しッ」と、婆さん。「うっかりしたことを言うと 口の動きで わかりますぞ」
ここでもすぐ断っておこう。「唖で ツンボ」は、いわゆる差別語とみられ、小学館ほかその後出版の作品集では全面的に書き改められた(「耳と口が不自由らしいですね」への置き換え。できれば初版を参照されたし)。
おかみは聾唖である。くわえてついでに押さえておきたい。そのうえに「身内のない 一人ぼっち」であるのだ。これでじゅうぶんつげ的であるだろう。またその外見がどうだ。
ほんとなんとも奇観というほかない。いやその時代がかった髷に笄の花魁風とでもいうような日本髪を結い上げている大仰なるさま。これはいかなる意味のことであるか。
障害者、天涯孤独、異化粧……。これをもって作者としておかみが、特別な境界の人格、であることを印象づけたかったか。

10頁~11頁。男が風呂に向かうと、先客の女性が入っている。混浴を嫌い風呂に入らぬ男。「ギョホ ギョホ」。「ギョホ」。「バアさん ばかりですよ」。大笑いするおかみと婆さん。「はずかしがる歳でもないのに」。ついでながら、つげやこちらが行くような湯治場はすべて混浴があたりまえ、そうでなければ男女ごとの時間替わりに入るときまっていた、そういうのだ。

12頁~13頁。今晩男の泊まる部屋。炬燵テーブルの上に置かれた天狗の面、紙笛、メンコ、ローセキ。婆さんが男にお茶を煎れる。

「あのおかみさんは生まれつき 唖でツンボなのですか」(ここもその後出版の作品集では「唖でツンボ」が削られている)。「きっと 前世の因縁でしょうね」。「前世?」。「前世って なんのことです」。「鏡です」。「おばさんは そう信じているのですか」、「だって前世がなかったら 私たちは生きていけませんがな」。「なぜ生きていけないのです」。「だって前世がなかったら」。「私たちはまるで」、「まるで ……」。「まるで何だというのです」
「ゆ…………」としばし中断。つぎのコマにきて突然なんという、でかでかと黒地に白ヌキで横に四行の大文字が叫ぶあんばい、おどろおどろしく墨書されるのだ。

幽霊 では あり ません か

いやほんとうにこの腰を抜かさんばかりのさまはどうだ。絶句も絶句。いったいなにをそんな語り訴えようとしているのだろう。つげは、問われて答えている。
「前世は「鏡です」というセリフね。輪廻転生のイメージで、前世は過去世でも来世でもなく、単に「あの世」のことで、あの世というのは現世の反射で、あの世の反射が現世であるという、互いに映し合う関係というのかな。……。前世(あの世)がなければ「私たちは幽霊ではありませんか」というのは、あの世がなければ対(つい)としてのこの世もないわけで、私たちは存在しないという意味なんだけども、こんな話、なんかおかしいねえ」
お婆さんは、前世(あの世)を信じている。現世(この世)をあらしめる鏡なる、と。男は、まるっきり信じていない。それゆえにつねに自己の存在の不安に直面せざるをえなくなる。あるいはそこから自己の分裂の兆候も場合によってはありえる……。なんぞなんて「なんかおかしいねえ」ってぐあいか(ついては各自が胸に手を当てて思量されたい)。

14頁。暗い路地の辻から辻へ、古典的に腰を曲げて拍子木を、打ち歩く夜回りの画。「火の用心」。「カッチ カッチ」。「火の用心」。たしかこちらが泊まった晩もその音がしていたやら。はるばると来つるものかなと耳にしていたような思いがある。

15頁。「ピーッ」と、伸びる。「クルクル」と、縮まる。「ピーッ」と、紙笛を吹く男。そのようにきっと男も幼時に無心に紙笛を吹いたことだろう。しかし中年なれば、もはや無心でない。いったいぜんたい何をそうして繰り返ししながら心にしているのやら。所在なげで不安そうな表情。
というところにきて考えさせられるのである。それにつけてもなぜ主人公が中年男であるのだろうか。このことでは「峠の犬」の行商人の私、「ほんやら洞のべんさん」の主のべんぞう、「李さん一家」の李さん。これらみなさんが人生の坂にかかり三者それぞれ眉間に皺をきざんでおられた。おもうにどうにも不如意な年格好にきているというか。ちがいなくまたこの男もそんなようすやら。
「お客さん いつになったら お風呂へ入るのですか」と、婆さん。「いまおかみさんが 入っているけど すぐ上がるからね」と、急かされて風呂へやられる男……。