【Review】『ふるさとは奪われた~原発事故 双葉町の選択~』“棄民”―あなたはこの言葉を前にして何を考えるか text 水上賢治


ようやく自覚してくれたか――日本唯一の公共放送とされている渋谷の某局(※さらなる姿勢の改善を求めてあえてこう言わせてもらう)が本来の役割を少しずつ果たし始めている。東日本大震災という大事でようやく気づくのもいかがなものかと思うが、“いま社会で何が起こり、しっかりと見つめた上で、テレビが伝えるべきことは何なのか?”と熟考の跡が伺える番組が明らかに増えている。まあ、相変わらず民放のバラエティに擦り寄ったようなものやなぜか視聴率狙いの安易な番組も多いのだが……。

 その某局のスタンスはどうやら作り手の意識も少し変えてきている模様。某局のドキュメンタリー番組は、例えば派遣労働者を被写体にしたら、その悲惨な面だけことさら強調して、押し並べることで、いつの間にか“派遣労働者=弱者”と決めつけかねないところに落とし込むケースがしばしば見受けられる。これは一歩間違うとプロパガンダになりかねない危険をはらむ。

 だが、ここにきて放送されている震災関連の番組は、物事をそういった強引な統一や集約の手法をとっていない。そう簡単にまとめられるような出来事ではないことが単に幸いしている可能性も否定できないが、いずれにしてもここまでの東日本大震災関連の番組に関しては、様々な立場の人々の生の声を拾い、冷静なありのままの現状を伝えることに終始しているように思う。6月放送の震災ドキュメント2012『ふるさとは奪われた~原発事故 双葉町の選択~』もそんな誠意のある番組だった。

 

舞台になるのは埼玉県加須にある旧埼玉県立騎西高校。現在は廃校になっている同高校は、いま全国で唯一残る一時避難所で、原子力発電所事故で被災した福島県双葉町の住人200人が避難生活を余儀なくされている。しかも町役場自体も校舎に仮移転したまま。すでに福島県内の仮設住宅などで暮らす町民がいる一方で、行政機能は県外という状態が続いている。町の移転候補地は県内か県外かそうそうに答えを出せるはずもない。しかも、賠償金問題も一向に進んでいない状況。こんな中では、町民はいつまでも生活基盤を築けない。県外と県内に双葉町民がいて、行政が県外にある異常事態。その隔たりは不幸にも双葉町の中で軋轢と対立を生んでしまう。この状況では、町の今後の見通しなど立つはずもない。

 番組は、双葉町の井戸川町長、避難所でいまも暮らす町民など、さまざま人々の声に耳を傾けていく。そこで発せられる言葉の数々はひじょうに重い。例えば、暮らしを立て直すため原発近くのガソリンスタンドで働くことを選択し、原発の敷地内での作業もし始めた男性はいくぶんの諦めといくぶんの怒りのこもった声で「(原発の敷地に)どんどん入りますよ、俺は。3号機の根っこで1300マイクロシーベルト/時。この根っこまでいってるから(※これは平常時の一般の人の年間許容量を超える数値だそう)」という。また、避難所から突然姿を消し、被災者に提供されている県営住宅に移り住んでいた男性はもう町に戻ることはできないだろうと語りながら「こうやってどんどん苦しくなっていくんだろうな。金のあるやつはどうにでもなるけど、金のねえやつはどうにもなんねぇ。俺みたいに。首くくるよ。(取材ディレクターにむかって)そのネクタイ置いていけよ、ここで首くくるから。手ごろだろ、長さ、ハハハ……」と心情をのべる。これらの腹の底から出た言葉はいずれも説得力を持ち、心に響き渡る。いまを生きる日本人すべてがきちんと受けとめなくてはいけないといっても過言ではないだろう。

 さらに全国原子力発電所所在市町村協議会で井戸川町長が発するひと言は、心を撃ち抜かれる。個人的には、今年になってこれほど心を動かされた、人の真剣な心の叫びが宿った言葉を聴いたことはない。

 その協議の場で井戸川町長は、原発再稼動に動き出した細野原発事故相に背を向け、原発を抱える市町村の長に向けてこう語りかける。「細野原発事故相はしっかり責任をとるなんて簡単に、皆さんに言っていますけど、我々にとってはとんでもない。いま我々の置かれている姿は“棄民”であります。“棄てられた国民”であります。1日でも早く元通りの生活をさせてもらいたい」と。

“棄民”。この言葉を伝えただけでも、本番組には意義があったといっていい。あの公の場で、大臣らをまえに堂々と言い切った井戸川町長の勇気には感服する。一方、今のご時勢、ともすると物議を醸す可能性もあるこの言葉はカットされかねない。少数の苦情におびえるいまのテレビは、論議を呼ぶことをはっきり言ってしまえば放棄している。その中にあって、今回の製作者は、これらの言葉から目を背けなかった。その心意気と姿勢は高く評価したい。果たして、この魂の言葉を前にしたとき、あなたは何を考えるだろうか?

 それにしても、もはや民放は東日本大震災をニュース番組のワンコーナーでたまにとりあげて、“我々の心は被災地にあります”とお茶を濁しているような嘆かわしい現状。それに追従せず、某局には今後も東日本大震災をきちんと伝える番組を作ることを切に望む。こういう民意があることを伝えていくことが公共放送の役割のひとつなのだから。

*イメージ写真撮影:京浜にけ

|番組情報 

NHK震災ドキュメント2012 『ふるさとは奪われた~原発事故 双葉町の選択~』
初放送2012年6月22日
ディレクター:阿部博史 製作・著作 NHK

|執筆者プロフィール

水上賢治 みずかみ・けんじ 
映画ライター。日本映画専門ブログ「ホウガホリック」、ガイド誌「月刊スカパー!」などで執筆中。