New【連載】つげ義春「ガロ」時代 第8回 text 正津勉

  第八章 ゲンセンカン主人  幽霊 では あり ません か   「ゲンセンカン主人」(1968・7)、「ねじ式」(前月・増刊号)、つげ「ガロ」時代の頂点に位置する作品である。この両作をとき同じくして

【連載】つげ義春「ガロ」時代 第7回 text 正津勉

第七章「ねじ式」   テッテ的に   「ねじ式」(「ガロ増刊号 つげ義春特集」1968・6)は、事件であった。 「ねじ式」とは、いったい何なるのか。いまこの一編を要約するなどとは、はなから無理な相談というものだ

【文学と記録②】古井由吉と赤牛 text 中里勇太

 小説において、作者と近しい登場人物が記憶を語るとき、作者自身が辿ってきた道行きを背景にして読めば、語られた記憶は時代証言となる「記録」の側面をもついっぽうで、小説において語られる記憶には、作中人物の記憶ともうひとつ、記

「ワカキコースケのDIG!聴くメンタリー」第33回 『小津安二郎の世界』

「ワカキコースケのDIG!聴くメンタリー」第33回 『小津安二郎の世界』 小津安二郎の唯一の肉声録音と、代表作の数々の名場面を収録した記念盤。 あの厳格な〈小津調〉のイメージを一切忘れ耳だけで小津に接すると、 何が浮かび

【連載】ドキュメンタリストの眼 vol.25 大森康宏(映像人類学者)インタビュー text 金子遊

 大森康宏さんは日本を代表する映像人類学者である。若かりし頃にフランスへ留学し、ジャン・ルーシュから直接、映像制作の方法を習ったことは有名である。その後、フランスのロマである「マヌーシュ」に関するドキュメンタリー映画を完

【連載】つげ義春「ガロ」時代 第6回 text 正津勉

第六章 海辺の叙景  眩く暗む海  * つげは、海の子である。ついては第一章でこちらは、このように書いている。「つげは、海浜と縁深く、幼時、伊豆大島に育った(参照、自伝的作品「海へ」1987)。4歳、母ますの郷里大原町の

【文学と記録①】後藤明生と土筆 text 中里勇太

 文学、殊にフィクションである小説において「記録」とはなにか。小説のなかに描かれる歴史的事件や社会事象、社会風俗に加えて、ときには作者と近しい存在である登場人物の生活なども、そこに含まれるのだろう。いっぽうで、小説がフィ

【連載】ドキュメンタリストの眼 vol.24 ダルデンヌ兄弟インタビュー text 金子遊

   世界的な映画の巨匠として知られるジャン=ピエール・ダルデンヌと、リュック・ダルデンヌの兄弟だが、もとはドキュメンタリー畑の出身であることはあまり知られていない。1970年代半ばからベルギーのブリュッセルを

【連載】つげ義春「ガロ」時代 第5回 text 正津勉

第五章 ほんやら洞のべんさん  この世のはてへの道ゆき   本章は、「この世のはてへの道ゆき」、と副題する。ここからはいわゆる、旅物に属する作品、それをみてゆきたい。       65年秋、おもえば房総大多喜は

【連載】LA・ドキュメンタリー映画紀行 〈1〉北米のドキュメンタリー映画研究事情――研究者コミュニティの歴史と現在 text 中根若恵

映画の都・ロサンゼルスと聞くと、誰もが真っ先にハリウッドの華々しいイメージを連想するかもしれない。一年を通して温暖でカラっとした心地のよい気候のもとに発展したハリウッドの映画文化は、グローバルな伝播を通じてロサンゼルス、

【連載】「視線の病」としての認知症 第16回 長すぎる休日 text 川村雄次

「視線の病」としての認知症 第16回 長すぎる休日 (前回第15回はこちら)  前回は「なぜ声をあげたのか」について書いた。今回は、その声が忘れられた理由について書く。つまり、「なぜミッシングリンク(失われた環)になった

【連載】つげ義春「ガロ」時代 第4回 text 正津勉

  第4章 峠の犬  ワカラン ナモカモ    「沼」(66・2)、翌月発表の「チーコ」。さきにみたように両作ともに漫画界において不評よろしかった。その後、「ガロ」への新作発表は、水木しげるのピンチヒ

【連載】「視線の病」としての認知症 第15回 ミッシングリンク text 川村雄次

「視線の病」としての認知症 第15回 ミッシングリンク (前回 第14回 はこちら)   今回書こうと思うのは、 「ミッシングリンク」についてである。それはもともと生物進化の用語で、AがCになるには間にBがある

【連載】つげ義春 「ガロ」時代 第3回 text 正津勉

第三章 李さん一家 地べたを這いずり  「チーコ」 * 第一章「沼」、第二章「紅い花」。これらの二章に「ある秋の旅から」と副題している。そうして房総の旅籠での短い滞在それが、突如、つげ漫画の開花を招いた様相を跡付けてきた

【連載】つげ義春 「ガロ」時代 第2回 text 正津勉

  第二章 紅い花 ある秋の旅から**    「沼」から * 「紅い花」。これからは第二章のはじまり。ここに俎上にするのはつとに世にきこえるこの名作である。 「沼」(66・2)は、つげの名前を「ガロ」誌上に刻印

【連載】つげ義春 「ガロ」時代 第1回 text 正津勉

はじめに 1964年4月、18歳。わたしは福井の山奥の高校を卒業、同志社大学に入学。文学研究会に入会した(半年後退会)。そこで厄介な御任と出会っている。 清水昶(あきら)(1940~2011)。5歳年上、学年2級上、詩人

【連載】「視線の病」としての認知症 第14回 「認知症ケア」の夜明け text 川村雄次

クリスティーン、ポールと武田純子さん(2007年 札幌市) 「視線の病」としての認知症 第14回 「認知症ケア」の夜明け (前回 第13回 はこちら) 認知症という、不治で進行性の病を生きることにどんな希望があるというの

【連載】「視線の病」としての認知症 第13回 「目に見えない人たち」が姿を現す text 川村雄次

オーストラリア「認知症啓発週間」ののぼり(2008年シドニー) 「視線の病」としての認知症 第13回 「目に見えない人たち」が姿を現す 前回(第12回)はこちら 2008年9月14日の朝、私たちはブリズベン空港で成田から

【連載】ワカキコースケのDIG!聴くメンタリー 第32回 『実音 日大闘争の記録』

「ワカキコースケのDIG!聴くメンタリー」第32回 日大全共闘の闘争は、ふつうの学生が声を上げたことで学生運動のピークとなった。 彼らの純粋さをダイレクトに収録した青春の記念碑盤。 日大闘争とはなんだったのか みなさん、

【連載】ドキュメンタリストの眼 vol.23 タル・ベーラ(映画監督)インタビュー text 金子遊

ハンガリーが生んだ孤高の映画作家タル・ベーラ。日本では『ヴェルクマイスター・ハーモニー』(二〇〇〇年)や『倫敦から来た男』(二〇〇七年)といった代表作が公開されているが、初期の作品はまだ未紹介になっている。二〇一一年に完

【連載】「視線の病」としての認知症 第12回 新しい視線 text 川村雄次

エリザベスとクリスティーン  「視線の病」としての認知症 第12回 新しい視線 前回(第11回)はこちら エリザベス・マッキンレーから私たちが教えられたのは、「新しい視線」だった。それは、私たちが捉われていた「視線の病」

【連載】ドキュメンタリストの眼 vol.22 アミール・ナデリ(映画監督)インタビュー text 金子遊

イラン映画を代表するアミール・ナデリ監督。2018年の東京フィルメックスの「特集上映 アミール・ナデリ」では、監督の初期の代表作『タングスィール』『ハーモニカ』といった作品が並び、さらに上映されることの珍しい映像詩的な作