【Review】彼女が抱きしめたもの_海南友子監督『抱く{HUG}』text西田志緒

この人はその身体に、自然の脅威と恩恵とを一度に抱いているみたいだーー試写を終えて、そんなことを思った。

『抱く{HUG}』で、海南友子監督は自らの妊娠・出産を題材にセルフドキュメンタリーを撮った。新しい命を産む女ならではの視点だ。同時に、女とはこんなにも荒々しいものかと、おどろく。感受性、腹に宿る命、身体の感覚、自分にそなわるすべてを使って社会と向き合い、自身の世界を崩壊させて、また新しく歩き始めていく……海南監督の身体をとおって画面から溢れてくる、人間の原初的な生命力に圧倒された。自然は人間を内包するけれど、ひとりの人間の内にもまた、コントロールできない大いなる自然が抱かれて、破壊と創造を繰り返すのかもしれない。

映画の冒頭、海南監督が1971年3月26日に生まれたこと、そのちょうど同じ日に、福島第一原発が稼働したことが語られる。そして、2011年3月。震災と続く原発事故のあと、海南監督は福島に取材に入る。被災地のガレキを映し、避難所をまわり、原発から4kmの地点まで迫る。直後に、海南監督は妊娠を知るのだ。不妊治療の末、諦めていた妊娠だった。

「よりによって なんで いま?」

胸がちぎれるほどの激しい後悔が、画面を越えて押し寄せてくる。放射能に体をさらして、「最も汚れた自分」でいることを選んだ矢先にやってきた奇跡を、一体どうやって喜べば良いのか? 彼女は激しい疲労感に体が動かなくなり、仕事もできず寝たままになってしまう。

子どもは、「欲しい」とさえ思えば手に入るものではない。自力だけではどうにもならないからこそ、授かり物なのだ。やっと来てくれたその大切な、大切なギフトが、彼女を恐怖と混乱の世界へと連れて行く。今まで築いてきた世界が崩壊してしまうほどの衝撃。それは、大地震と津波と原発事故に遭ってしまった被災地の人々の世界と、どこかでつながっているように思えた。
彼女は福島取材を中断し、京都に移住して子どもを守る決意をする。それでも放射能の見えない恐怖にさいなまれ、気が狂うほどに迷い、苦しむ。

何度もやってくる尋常ではない痛み、吐き気。放射能の胎児への影響を怖れ、一方で、取材を中断したジャーナリストの自責の念も垣間みえる。いくつもの葛藤を抱えて、体が細かく切り刻まれ、引き裂かれていくかのような苦痛。 まるで渋滞の中でカーラジオが混信するように、彼女の感覚が繰り返し、私の身体に割り込んでくる。

彼女は痛みにうずくまり、吐き続ける。その姿を観せられるうちに、これは今の社会に向き合う人間の苦しみだ、と気がついた。震災も原発事故も、起きてしまってもう元には戻らない。人々は故郷も生業も奪われた。それでも政府は、原発を国内で再稼働させ、海外に売り込もうとしている。強烈な怒りと、吐き気をもよおすほどの気持ち悪さが、彼女の苦しみと重なる。

彼女はまた、裸で温泉に入る姿も映す。胸も尻も、ふくらんだ腹も、さらしている。子を宿したその豊満な女の裸を、私は美しいと感じた。いくつもの葛藤でもってその身を刻まれても、それでも人間は、そのままで美しい。それでも人間は、新しいものを産み出すことができるのだ。

彼女は出産さえも映す。新しい子どもが産まれ出る、その瞬間を。人間の美しさを目の前に突きつけられるように、生命力のエネルギーを浴びた。

2012年6月29日。原発再稼働反対を胸に集まった人々の群れが、決壊して車道にあふれ、首相官邸前を埋めつくした。主催者発表で約20万人が集まったと言われている。苦渋に刻まれても、孤独に堕ちなかった人々。これだけの数の人々が、1つの場所に、同じ1つの思いを抱いて集まり、世界を変えようとしている。手をつないで新しい世界を産み出そうとしている。その映像から、ただただ嬉しさがこぼれてくる。

世界の崩壊と、そこから新しい方へ歩き出すまでの葛藤。1人の人間の内面を描いた作品だが、個人の閉じた物語にとどまっていないのは、監督が自分自身を社会と重ね合わせているからだろう。

被災地の苦しみ。葛藤。分裂していく自分。子ども。希望。未来。感情を圧し殺して日常を生きる私たちにとって、向き合わずにいた方が苦しまずにすむものばかりだ。しかしそんなものを、この作品は敢えて抱きしめている。いや、否応なく抱きしめさせられている。だけど最後には、彼女自身の意志で。

ぐちゃぐちゃな自分を抱いて、めちゃくちゃな世界に向き合いながら、新しいものを産みおとしていく姿勢は、美しい。「いま」をありのまま抱きしめて、大切に慈しむ。そこから踏み出していく一歩が、新しい世界を創る。その不断の一歩一歩を多くの人と手をつないで踏み出すことを、『抱く{HUG}』は励ましている。

写真は全て©ホライズン・フィーチャーズ

【映画情報】

『抱く{HUG}』
(2014年/カラー/ステレオ/69分)

監督:海南友子
プロデューサー:向山正利 向井麻理
撮影:南幸男 向山正利
企画・製作:ホライズン・フィーチャーズ
配給・宣伝:ユナイテッドピープル
英題:A Lullaby Under the Nuclear Sky

公式サイト→http://kanatomoko.jp/hug/index.html

2016年春、京都シネマ(3/5土)、以降 [横浜] シネマジャック&ベティ、[大阪] 第七藝術劇場ほかロードショー!
3月12日(土) 3.11映画祭 ※監督トークあり

3月18日(金),19日(土),25日(金),26日(土) ザムザ阿佐ヶ谷
にて特別上映 (詳細は公式サイトにてご確認ください)

【執筆者プロフィール】
西田 志緒
東京都在住。2015年1月~4月にかけて、第二期「シネマキャンプ」映画批評・ライター講座を受講。『ことばの映画館』第3館にて執筆。
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