【Review】デイヴィッド・バーンが向き合う人間ーー『アメリカン・ユートピア』 text 江頭シュンタロウ

 人間だけの舞台に、それを観る観客の人間たち。デイヴィッド・バーン、11人のバンドメンバー、観客。そして、それぞれの間にある空気を満たす音楽。舞台上には、マイクやドラム、配線すらもないのだ。ふと気が付けば、その空間に流れる音に身を委ね、まるで自由な航海のように身体が揺れている。音楽はとても楽しい。それに尽きる。
 金属製の鎖でできたストリングカーテンに囲まれた舞台はモノトーンでシンプル。その箱型の舞台セットはまるでブラウン管テレビのようにも見えるが、劇場では、テレビ画面を覗き込んでいたらその中に吸い込まれてしまったような不思議な臨場感に包まれていることだろう。その舞台上で、デイヴィッド・バーンは彼の信頼するバンドメンバーたちとともにグレーのスーツ姿に素足で歌い踊る。人生という時間の中で生きることは何ともやっかいなことで、それについて「なあ、聞いてくれよ」と言わんばかりに、語るように歌う。そして、そんな愛おしくも何とも人間臭い日常を奪うかのように人々を分断する差別や政治などの社会問題について、訴えかけるように歌う。ロックやポップ、エレクトロやプリミティブなサウンド──ジャンルや国籍に縛られず彼が歌うのは、人間についてだ。

 『アメリカン・ユートピア』(原題:“David Byrne’s American Utopia”)は、元トーキング・ヘッズのフロントマンで、グラミー賞受賞ミュージシャンとして知られるデイヴィッド・バーンと、差別や偏見などの人種問題と向き合い続ける映画監督スパイク・リーのコラボレーションによって実現した。
 2018年、デイヴィッド・バーン単独名義のアルバム「アメリカン・ユートピア」が発表された。このアルバムのワールドツアーでのパフォーマンスを、ブロードウェイのショーとして上演するために再構築したものが、2019年10月からニューヨークのハドソン・シアターでの舞台。本作は、その模様をスパイク・リーが映像に収めたライヴ映画である。
 84年公開のトーキング・ヘッズによる映画『ストップ・メイキング・センス』でのパフォーマンスとの共通点も見受けられる本作であるが、舞台美術のシンプルさと、ワイヤレスの演奏によって楽器が定位置に縛られず舞台を縦横無尽に動くことが可能になった点が、前作との違いだろう。ドラムを6人のパーカッションに分けることで、固定されたドラムセットから解放され踊りながらリズムを刻むことを可能にした。マーチングバンドやブラジルのサンバに着想を得たこのアイデアは、定位置での演奏に比べて音に立体的な躍動感を与え、場所に縛られず奏でる者がいるところに音楽が生まれることに気づかせられる。

 冒頭、舞台にいるのはバーンのみ。脳のそれぞれの部位が果たす機能と感情の関りについての曲「Here」を、脳の模型を指し示しながら歌い始める。その斬新な舞台の幕開けに、脳全体が刺激され、このショーが間違いなくエキサイティングなものとなることを予期させられる。やがてダンサーが現れ、ミュージシャンも加わっていく。これは、コンサートにおいてバンドメンバーがそれぞれステージに現れる構成を用いており、観客が出演者を受け入れ易いようになっているのだ。
 舞台からモノをなくしたのは、観客とのつながりが生まれる空間をバーンが目指したからである。「夕焼けやポテトチップスの袋よりも、人間は人間そのものをいちばん見ている」と彼が舞台上で語っているように、人間以外の舞台上のものを削ぎ落すことで、パフォーマンスをする側とそれを観る側が互いに向き合うことのできる空間を創りあげている。彼が目指したのは、一方的なパフォーマンスが行われる舞台ではなく、人間同士のコミュニケーションが生まれる空間なのだ。バーンの歌詞には、人生について日常の中でふと考えるような事柄が多い。「気づけばあばらや暮らし 気づけば別のところにいる 気づけば大きな車を運転 気づけば美しい家と美しい妻がいる 自問する おい なぜこうなった!」(『Once in a Lifetime』より)  彼のポップな口調には親近感があり、自らの体験や人生と重ね合わせて曲に没入してしまう。パフォーマーを受け入れやすく、音楽を介してつながることのできる空間と構成は、後半で彼が訴える社会問題についてのテーマを、他人事ではなく当事者として観客が聴くことのできる姿勢へと導く。

 舞台の映像化の可能性を考えていたバーンは、スパイク・リーに声をかけた。スパイク・リーはアフリカ系アメリカ人の先駆的な監督として多くの人々に支持されている。アメリカ、ハリウッドが作り出す黒人に対する偏見的なイメージや差別と闘い続けたスパイクを選んだのには、バーンが訴えかけるメッセージとの強い繋がりが理由であると考えられる。
 本作のバンドメンバーは、ブラジル系のパーカッショニストを中心とした多国籍なメンバーが揃う。過去にニューオーリンズでドラァグ・パフォーマーとして活動していたクリス・ギアーモがダンス、ヴォーカルのキャプテンを務めるなど、メンバーはジェンダーにおいても多様である。
 警官による暴力によって死亡したアフロ・アメリカンの人々の名を叫ぶ、ジャネール・モネイによるプロテスト・ソング『ヘル・ユー・トールムバウト』(2015年)のカヴァーを、舞台後半で彼らは力強く響かせる。

 現代社会が抱える人間同士の問題、それは人間同士が向き合うことでしか解決し得ない。デイヴィッド・バーンは悲嘆や怒りとしてぶつけるのではなく、音の豊かさで、言葉の描写で、身体の躍動で人間と向き合うことで、世界に希望を見出しているのだ。

【映画情報】

『アメリカン・ユートピア』
(2020年/アメリカ/カラー/ビスタ/5.1ch/107分)

監督:スパイク・リー 
製作:デイヴィッド・バーン、スパイク・リー
出演ミュージシャン:デイヴィッド・バーン、ジャクリーン・アセヴェド、グスタヴォ・ディ・ダルヴァ、ダニエル・フリードマン、クリス・ジャルモ、ティム・ケイパー、テンダイ・クンバ、カール・マンスフィールド、マウロ・レフォスコ、ステファン・サンフアン、アンジー・スワン、ボビー・ウーテン・3世
字幕監修:ピーター・バラカン
配給:パルコ
宣伝:ミラクルヴォイス

公式サイト:https://americanutopia-jpn.com/

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近日公開予定!

【執筆者プロフィール】

江頭 シュンタロウ(えがしら・しゅんたろう)
1997年生まれ。東京都出身。Henry D. Poolとして音楽活動を行っている。