【Review】古書に魅せられて――『ブックセラーズ』 text 吉成秀夫

はじめて試写で『ブックセラーズ』を見終わったとき、あまりの情報量に驚き、感嘆のため息を一つついてしばし呆然としました。
つぎに見たとき、私はこころみに字幕のカットがいくつあるかを数えてみましたが、1300カットを超えたところでお手上げとなりました。
その言葉のすべてが、本と本屋についての魅力的で情熱的な語りでした。
話の内容に感動するあまり、数えおとしたカットもあるはずです。
なんて贅沢な映画なのでしょう。本好きにはたまりません。
札幌で古書店を営んでいる私には一瞬たりとも目が離せない、そう思わせる99分間でした。

盛り沢山な内容で、ディテールの全てが興味深く、多様で、一人一人が個性的、……とても語り尽くせない最高に充実した映画です。

この映画に主人公はいません。なぜでしょう。
古書の世界はブックセラーやディーラーだけが担っているわけではありません。
ブックセラーからコレクターへ、ときに図書館やアーカイヴスを宿り木にしながら本は時空を超えてゆきます。

世界最大の古書市であるニューヨークブックフェアが40周年を迎えました。
40年という歴史は書物の歴史全体から見ると、ほんの一ページかもしれません。
しかし、この映画をみて確信したのは、きっともっと昔から、さらにずっと未来まで、本を愛する人たちは変わらないのだということです。
古書の時間は止まったままです。
私は、この映画にでてくる幾人かのブックセラーにそっくりの人物を、札幌の古書店主のなかに見つけだすことができます。
コレクターの幾人かの顔も思い浮かびます。
あのペシミストも、あの皮肉屋も、ひとしなみにチャーミングな愛書家なのです。

じっさいこの映画にはブックセラーだけでなく、コレクター、アーカイヴィスト、私設図書館主、作家が登場します。
古書の王様たち、すなわち世界に一冊しかない写本や、最初の印刷物「グーテンベルク聖書」などの希少本だけが注目されるのではなく、SFや探偵小説、ヒップホップの雑誌の蒐集家まで登場します。
前半で、伝説の古書店主について語るシーンにオーバーラップして、なにげなくシェイクスピアのフォリオ(大型本)が映しだされます。希少本の出現に私の目と耳はバラバラに驚いて興奮しました。
レオナルド・ダ・ヴィンチの本をビル・ゲイツが2,800万ドル(約28億4千万円)で競り落とした、そのときのオークションの映像も見ることができます。
「歴史の一ページ」と呼ぶにふさわしい光景です。
ぜひ目撃してください、手に汗を握るはずです。くれぐれもハンカチのご用意をお忘れなく。

インターネットの出現により、古書の時間に大きな変化がおとずれました。
グーテンベルクの印刷機の発明にはじまる、570年の書物の歴史において無視できない劇的な変化です。
「コレクションは狩りの楽しみだ」という古書店主は、ネットで簡単に本を買い集めて「何が面白い?」と首をすくめて両手を上げます。
べつの古書店主は哲学者の顔つきで「温もりがなくなったね」と言います。
そう、その通り。業界は大きな変化にさらされています。

大きな変化。
古書の世界は、より多様性にむかって変化しています。劇的に。
白人・男性・重厚長大が主流を占めた前時代的でリッチで正統な本の趣味にかわって、黒人・女性・子供・エフェメラルな無数の紙たちが主役の座におどりでました。
断片をあつめて配置してべつの世界像を独自につくること。それまでと違った世界の相貌をつくる「証拠」(エビデンス)として、多様な本に価値が見いだされているのです。

たとえば女性のブックセラー。
彼女たちは新風を巻き起こしています。
男性顔負けの目利きで希少本を商う人、テレビ番組に出演して古書の見方と価値をつたえる人、ユニークな蔵書に賞金をだしてコレクターを応援する女性ブックセラーが登場します。老舗アーゴシー書店の三姉妹も元気な姿を見せていますよ。

あるコレクターは女性に関する本をおよそ25,000点あつめました。
本、アート、古写真の集積によって女性の歴史が浮かび上がるのです。なかにはアニー・オークレイ(19世紀の女性の射撃名手)の手袋といった珍品もあり、コレクションを映えさせます。
また別の一人はヒップホップの雑誌を蒐集し、カルチャーの変遷や意義を跡付けています。
すべての女性は真摯に本と向き合い、自分たちの価値観を信じています。
振り返って、私は札幌古書組合が毎月開いている市場を思い出します。
先月の市場に女性の姿は一人でした。

変わること、変わらないこと、そのどちらもが尊いことです。
愛書家や蒐集家が多様化しているのだから、ブックセラーも変わらなければならないという人、
いや、この10年は文化の中心としての本の終わりの始まりだと嘆く人。
「貴重な希少本の価値が分かる人は、希少本と同じくらい希少なんだ」
ウィットに富んだ話しぶりが魅力的です。

旧き佳き古書には人をひきつける特有の魅力があります。希少本を手がけるのはブックセラーの王道というべきものです。
しかし、若い世代ほど多様な本の力を信じていて希望を持っていることは、この映画をとても美しいものにしていると思いました。

ラスト、古書店主らが座談会をひらいて、こんな苦労する仕事は他に無い、体がきついよ、生まれ変わったら二度とやりたくないねと、どんなに大変かを次々に口にするシーンがあります。言葉とはうらはらにその表情のなんと楽しそうなことでしょう。

古書の世界は、本と本を愛するすべての人によって形づくられています。
ふだんは私自身も古書店主としての日々を送りながら、つねづね考えます。
本は、売る人と買う人が二重螺旋にまじわって、街をつくり歴史をつむぐ遺伝子なのだと。

本を愛し、本に人生を捧げることの幸福。
本の世界に生きている人たちがいます。
私にはそのだれもが詩人に見えました。
すべての人生が魅力的で愛おしく感じられます。
悲喜こもごもの人生と、悲喜こもごもの本たちが、なぜこうもみんな真剣で、全体たのしそうなのか。
苦労を語っているときも、不安に駆られているときも、思い出を振り返っているときも、なぜこうもみんな深刻で、全体うれしそうなのか。

本の魔法か、恋愛映画に似た、これが人生!

【映画情報】

『ブックセラーズ』
(2019年/アメリカ/16:9/5.1ch/96分)

監督:D.W.ヤング
製作総指揮&ナレーション:パーカー・ポージー
字幕翻訳:齋藤敦子
配給・宣伝:ムヴィオラ、ミモザフィルムズ

公式サイト:http://moviola.jp/booksellers/

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4月23日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開

【執筆者プロフィール】

吉成 秀夫(よしなり・ひでお)
古書店主。札幌で新刊と古書の「書肆吉成」を経営。アフンルパル通信発行人。吉増剛造YouTubeチャンネル「gozo’s DOMUS」運営。定山渓温泉ふる川の特別ラウンジに「心の木を育てる本棚」の選書をするなど、古書店主として活動の幅を広げている。