二本目の作品は、全米公共放送PBSで放映されたFrontlineシリーズの 一時間のドキュメンタリー「Inside Japan’s Nuclear Meltdown(日本の核メルトダウンの真相)」だ。この作品 は、ジャーナリズムの傑作というべき力作だ。現在公式ウェブサイトで全編公開中なので、英語ではあるが是非とも見てほしい。
日本でどれほどの報道がされているのか私は知らないが、 福島第一原子力発電所 の内部で、震災発生から何が起っていたのかをこれほどまでに克明に描写した映像を見たのは初めてだ。原発の危険性から津波にさらわれた家族を探すことをあきらめざるをえなかった近隣の住人、内部にいた作業員やエンジニア、 空中から海水を投下した自衛隊員 、ホースをつないで冷却用の水を注入した消防士、 東京電力の小森 明生常務 、アメリカの原子力規制委員会NRC 代表として日本の調査団を率いたチャック・カスト、そして当時の首相、菅直人のインタビューを通じて、個人レベル、企業レベル、そして政府レベルで何が起っていたのか、当時の時刻を追いながら、まさに刻一刻の緊迫した状況が語られる。
インタビューした顔ぶれを見ただけで、よくここまでの取材ができたものだとジャーナリストとしての力量に驚かされるが、 監督のダン・エッジによるとそれも地道な活動の賜物だったようだ。取材は昨年5月から今年の2月にかけて行われた。当時現場にいた作業員たちと知り合い、更に信頼を得て取材に応じてもらうために、 作業員たちがよく顔を見せると思われる地元の飲み屋などに通ったそうだ。
このドキュメンタリーが持つ力強さは、 幕が引かれた向こう側で 巨大なレベルで起きていたとの印象の強かった出来事に、初めて一人一人の顔、個人の表情が与えられたことにある。津波で全て破壊され、電力もない暗闇の中で、人間の力をはるかに超える原子炉の損傷現状をどうやって把握するのか。出口の見えないまさに地獄のような状況に放り出された人々の必死の闘いだったことが分かる。
電気が復旧しないために、従業員たちの個人の車のバッテリーまでかき集められた時に、彼らが感じた最初の危機感。 原子炉内の圧力が上昇し、格納容器の弁を開放する以外には手だてがないと分かりながらも、電力がない状態で、手動でどうやってベントを行うのかという焦燥感。マニュアルには書かれているわけもない作業を迫られ、設計図をひっぱりだしてきて、見当をつけながら、真っ暗闇の中、予想もできない放射能レベルの場所に行かざるを得ない極限状況。突然の一号機の爆発に、誰もが核爆発が起こったと思い死ぬと思った恐怖と絶望。見えない敵が次々と押し寄せ、確実な手だても打てない中、我武者らに闘った数日間のうちに作業員たちは精神的にも体力的に限界に追い込まれていく。
このドキュメンタリーの山場のひとつは、 震災から四日目に、手だてを尽くした現場から、ついに作業員たちを大幅に撤退させる場面だ。地震があったときには、原発内にいた6千人の従業員が、3日後の14日の時点では約二百人余りになる。そして、15日には、覚悟を決めた50人から70人の作業員を残して全員退却となる。この時点で、体力と気力の限界にあった作業員たちが、退却を指示されて正直ほっとしたと言うのを誰が責められるだろうか。その一方で、日本の存続がかかっているという高い危機感を覚えていた首相が、完全撤退はありえないと憤ったというのも責められない。なぜなら、原発危機に完全降伏するということは、日本という国の消滅を意味しているからだ。管首相も言及しているが、第二次世界大戦の時の神風特攻隊のように、国のために死ぬ覚悟が強いられた状況だった。作業員はもちろん、派遣された自衛隊員、消防士、あらゆるレベルで、個人個人が決死の覚悟をもって任務にあたった。彼らの闘いがどれほど、死と紙一重のものだったかということは、後で分かったことだが実はメルトダウンは早い段階から、既に三基で始まっていたということに裏打ちされている。
これだけのレベルの大惨事で、死亡者が一人も出なかったことは、取材した監督にとってたいへんな驚きだったようだ。しかし、 少なくとも百人以上が癌になる可能性が高いレベルの放射能を浴びており、先のことは誰にも分からない。 作業をした人たちも、このことはよく分かっているようだ。監督は、避難区域にも、 装備をしてカメラマンとともに合計七回入ったそうだが、 自分は自分の国に帰って行けるが、福島の人はそうはいかないことに触れている。そして、今も自宅に帰る日を待つ人は、約10万人にのぼるそうだ。
本編にはおさまらなかったインタビューの多くが下記のウェブサイトに掲載されている。視聴者のコメント、監督との質疑応答なども興味深い。また、管前首相がとった行動にはたくさんの非難もあるが、彼の長いインタビューは、時間をかけて自らの言葉で語っているもので、たいへん読み応えがある。主要人物としては、原発内の当時の現場責任者であった吉田昌郎前所長が、現在癌で闘病中とのことで、取材ができなかったことが唯一残念だ。
http://www.pbs.org/wgbh/pages/frontline/japans-nuclear-meltdown/
上記の二本は 、東日本大震災を描いた 全くスタイルの異なるドキュメンタリーである。そのどちらにも共通しているのは、現地の声を世界に伝えようと現場に飛んだ海外メディア制作者たちの覚悟と情熱だ。
※余談ですが、興味のある方は、 ニューヨーカー誌に昨年10月に掲載されたエヴァン・オスノスによる12ページにわたる原発リポも、下記のサイトで読んでみてください。こちらもたいへんなリサーチをした書くジャーナリズムの力作です。 http://www.newyorker.com/reporting/2011/10/17/111017fa_fact_osnos
【執筆者プロフィール】 東谷麗奈(ひがしたに・れいな) ニューヨーク大学大学院映画学研究科修士卒。ニューヨークのメディアセンターDCTVで、プロデューサーとしてビデオ制作に携わる。