【Review】『劇場版 笑ってさよなら~四畳半下請け工場の日々~』 text 中村のり子


割烹着姿のおばちゃんが、手作業で次々仕上げる小さな部品。「世界のトヨタ」に使われているが、果たして何のための部品なのか、は知らないのだそうだ。トヨタのお膝元・名古屋の放送局CBCが、小さな4次下請け工場の閉鎖を見つめたテレビドキュメンタリーの劇場公開版である。

©2012CBC

倉庫の中の一角で、ハイテクな機械など何もなく、驚くほどアナログな車部品作り。その光景は、まるで伝統工芸品の類いのようだ。3人の女性がお尻を並べて座り、下を向いて黙々と部品を加工する。にぎやかな喋り声が唯一の頼りで、視覚的な動きは少ない。4次下請けの部品はおもちゃのように素朴で、大きく映えるような作業工程も出てこない。車、トヨタという存在は情報として登場するだけで、おばちゃん達だけ見ている観客には何も実感がわかない。そんな中から、じわりと見えてくるものが二つある。

一つは、日本の製造業における下請け工場という“システム”である。主人公の小早川弘江さんの役割は、ひたすら上の工場からの注文を翌日までにミスなく仕上げることだ。それ以上は求められず、それ以下は許されない。彼女が経営者として把握できるのは、プラスチックや金属の部品を一日何個出荷するか、そして新たに何個分受注するか。ただそれだけで下請け工場の世界はまわり続けていく。本作では、この4次下請けの現場に絞ってカメラを回し、親会社など外側の様子をフォローしないために、車産業全体の得体の知れぬ大きさをおばちゃん達の目線で感じることになる。自分たちの日々の懸命な働きが、新聞やテレビで話題のカッコイイ車を支えている、らしい。しかし2008年に起こったリーマン・ショックの時、彼女らは仕事の急減を目の当たりにする。その状況を受け入れるしかなかった小早川さんは、将来に見切りを付けて閉鎖を決断した。もっとも、数多ある工場の一つがなくなったところで、トヨタ自体は何も変わらない。

巨大グローバル企業の行く末に名古屋のおばちゃんが翻弄される様子を、カメラは抑えた調子で淡々と見つめる。下請け工場を盤上の駒のように動かす、その産業システムのからくりを積極的に探ろうとはしない。むしろ小早川さんの歩んできた人生に目を向け、彼女とともに今回のさだめを受け入れる。その作り手の態度には、CBCというローカル局だけに地元企業への配慮も含まれているのだろうが、落ち着き払った視点の中に静かな批判も込められているようだ。小早川さん、同僚、夫が織り成すどこまでも明るく穏やかなムードと一定の距離をとり、動きが止まって静まり返った工場や、閉鎖の決意を揺るがさない小早川さんの冷静な姿を対置させる編集に、作り手のささやかな意志が感じとれる。

©2012CBC

その上で、本作は日本の製造業のシステムを社会問題として追及するのではなく、小早川弘江さんという一人の女性の生き様をぐっと掘り下げていく。これが浮かび上がってくるもう一つの要素だ。小さな工場を切り盛りする堂々たるおばちゃんが、一体どんなルーツを持った人であるのか。カメラは彼女とともに故郷へ足を運んで高校の同窓会に潜入したり、元保育士として保育園へ「鬼」の役のボランティアをしに行ったりする姿を追う。次第に、この女性にとって車部品の下請け工場という仕事は特別なものではなく、自分が真剣に打ち込むことのできる、やりがいのある活動のうちの一つである、ということがはっきりとしてくる。そして彼女は自分自身と近しい人のために、別の道を選んだ。この時観客の前に、下請け工場という仕事が相対化されて見えてくる。

それは大きくて強力なシステムであることに違いないが、結局は顔の見える“人”が、その手を動かして働いているという事実に尽きるということ。トヨタがどんな問題を抱えていようと、その車がどんな評価を受けていようと、小早川さんと同僚の3人の毎日の作業は繰り返される。彼女らとトヨタとは、システムとして統率されているが、その心まで繋がるには距離があり過ぎる。実際に気持ちを通わせることができるのは、せいぜい一つ上の3次下請けの会社のお兄さんまでだ。そして、彼女らがせっせと働く理由は、そういう心の交わし合いにこそある。その地味で率直な信念が、世界を巻き込んで動いて行く巨大産業の中で、あまりにもちっぽけに、しかし揺るぎないものとして、かすかに光る。そのことは、忙しく閉鎖の準備を進めてきた3人の女性がとうとう工場の最後の出荷を終え、毎日通ってくれたお兄さんのトラックを見送った後で、顔を伏せて滲ませた涙に凝縮されている。カメラの前で展開されていく関係性を見極め、その構造を呈示することに長けた作品である一方、登場人物に迫るインタビューは少ないように感じた。主人公の小早川さんだけでなく、ユーモアのある夫や、息の合った2人の同僚の内面にある言葉も、もっと聞きたいと思わせる余地があったことは惜しい。

最後に印象を残すのは、小早川さんの新たな職場での仕事ぶりである。下請け工場に別れを告げて、逞しいおばちゃんはさらに次のステージへと進む。そして再びお正月がめぐってくれば、いつものように夫婦でお参りをする。わたしたちにとって、世の中の様々なシステムに組み込まれ、生活を適応させ、働き方を左右される現実があることも本当だが、ひとりの人間の生きる道がどこまでも、その人自身のものとして伸びていることの確かさも、おばちゃんの背中は伝えている。


『劇場版 笑ってさよなら~四畳半 下請け工場の日々~』
ディレクター:西田征弘 
ナレーション:平泉成
2011年/日本/60分/HD/カラー
4/21(土)より新宿武蔵野館、6/16(土)より三重・福岡、6/26(火)より札幌ほか全国順次公開

【執筆者プロフィール】中村のり子(なかむら・のりこ)  84年生。明治学院大学文学部芸術学科卒。イメージフォーラム研究所で映像制作を学び、亡き祖父の過去を探った『中村三郎上等兵』が「第11回ゆふいん文化・記録映画祭」松川賞、イメージフォーラム2009入選。09年に「場外シネマ研究所」を立ち上げ、不定期で上映イベントを企画している。