地域からの告発と葛藤の記録
忘れてはいけない歴史が、各地域にある。一見レトロな趣のある近代建築も、そこにあった歴史を知れば苦々しい思いで向き合わざるを得ない。そんな示唆に満ちているのが本書である。
著者の藤野豊氏は、私が通っていた大学でかつて「人権総論」という教養科目を非常勤で受け持っていた。ハンセン病やアイヌ民族、同和問題の歴史を扱ったもので、関東で育った高校以前には教えられてこなかった実態に驚かされたのを覚えている。本書の内容と重なる部分も多かった。
序章で、「差別を政治、経済構造との関連で追及することは放棄され、差別は『国民意識』の問題へと矮小化された。(略)趣味と教養の歴史学、『知的遊戯』としての歴史学は、現実の差別や貧困の解決にはなんらの示唆も与えない」と書いている通り、現在の歴史学、さらには学問全体への批判精神が貫かれた本である。
熊本や奄美大島のハンセン病療養所の問題、北海道でのアイヌ史料上での人権侵害、横浜・黄金町の売春問題、新潟県のイタイイタイ病など、全国各地にある近現代の「差別」の現場を歩き、膨大な文献を調べ、それらを放置した構造を告発してゆく。全ての現場に、近代に共通した国家主義と優生思想があった。
初めてこの本を読んだのは、ちょうど私自身がドキュメンタリー映画への関心を強めている時期と重なり、例えばハンセン病療養所の現在を描いた『熊笹の遺言』(今田哲史監督、2002年)や、アイヌの家作りの記録である『チセアカラ 〜われらいえをつくる』(姫田忠義監督、1974年)、さらに多くの教育映画などを観て、その背景にある歴史を知る為に不可欠な内容にあふれていた。
大きな特徴は、筆者の葛藤が描かれているところである。「現実的なことを考えれば、もっと就職に有利な、学界の誰もが関心を持つテーマを手掛けるべきではないか。そうした不安もわたくしを優柔不断にした」。しかし、現場での人々との出会いが、研究への意志を決めた。差別の歴史を扱うと同時に、既存の歴史学と対峙してきた藤野氏自身の記録でもあるのだ。一つのイデオロギーに基づいた一方通行の表現ではない。それが単なる歴史書やルポルタージュにとどまらない本としての「重さ」を生み出している。
「少子化による大学存亡の危機感におびえる大学教員のあいだでは、大学の自治、学問の独立などの大義にこだわることを嘲笑うかのごとく、学生への専門学問の教育や自己の学問の研鑽を軽視し、国家と資本が求める人材の育成に励み、自らの手で大学の自治を葬り去ろうとする傾向も顕著になってきている」と書いた危機感は、現実のものとして進行していた。
藤野氏の「人権総論」の授業は、大学の経営母体の財政悪化に伴う「改革」で、真っ先に切り捨てられた。教育課程は大きく改変され、英語重視の一方でアラビア語やスペイン語などの第二外国語授業や、社会系や国語等の教職、司書課程が廃止された。地域貢献を目標として掲げたものの、実学重視で都市計画や経営理論は充実させても、地域の歴史に眼を向けるという姿勢はなかったのである。その現場で、学問は批判精神を削がれ、巨大装置に従属する存在へと変わった。
では学問以外の世界ではどうであろうか。ドキュメンタリーはどうか。映像教育機関で、地方のテレビ局で、インディーズで、若い世代からも次々と新しいタイプの作品は創られ続けている。しかし主体性の確立という点では不安も多い。さまざまな社会問題と対峙する前にまず、業界自体の権力構造の問題もある。表現を追求するあまり、あるいは組織としての整合を重視し、テーマを失ってはいないか。縮小再生産の悪循環に陥ってしまう危険性があるのは共通しているだろう。
大学改革も含め、あらゆる動きがなお、近代の暗黒の延長線上にある。私たちは中央にばかり眼をむけがちだが、自らの育った土地にあった物語にも気を配らなければなるまい。現代でもなお、優生思想を背景とした新しい差別は生まれ続けている。この本が提起する問題は多い。そして、それらは過去の話ではない。(『忘れられた地域史を歩く』藤野豊著 大月書店)
【執筆者プロフィール】 細見葉介 1983年北海道生まれ。学生時代よりインディーズ映画製作の傍ら、映画批評などを執筆。連載に『写真の印象と新しい世代』(「neoneo」、2004年)。共著に『希望』(旬報社、2011年)。