【自作を語る】『言葉のきずな』text 田村周(監督)

『言葉のきずな』より

『言葉のきずな』より

この映画の登場人物たちは、失語症や構音障害・高次機能障害など、誰もが言葉の不自由を感じています。たとえば、失語症の人が野菜のトマトをみて、頭の中では分かるのに言葉が出ない。言えてもキュウリと言ってしまう。そんなもどかしさの中で暮らしています。その彼らが独自に編みだしたユニークな演劇活動がこの映画のテーマです。言葉のハンディを乗り越え、人生の苦しみを乗り越えた人たちにしか言えない台詞の数々。心の叫びが生まれる舞台裏にカメラを向けました。

「劇団ぐるっと一座」(1998年結成;活動拠点は長野市)と出会ったのは2010年夏でした。私は映像制作会社で、主にテレビ番組の演出をしており、福祉や医療の現場を多く取材しています。そのため、言葉はたとえ上手く言えなくても、舞台に立ち、自分の思いを舞台で迫力満点に表現する。脚本まで自作する劇団に興味を覚えたのです。

仕事の合間を縫い、マイカーで毎週末の長野通いが始まりました。自己資金ゼロでしたから、車のハンドルを握り、カメラを回すのも自分。イベントがあればPRへ。劇団の人たちと一緒に、映画のカンパを募り、撮り進めました。途中から、学生や元カメラマンで失語症になった大先輩が協力してくれるようになります。

そこまでして作りたかった映画。私自身が映画経験(映画『こんばんは』森康行監督;撮影補で参加)を通し、スクリーンへの憧れがあったのが大きいです。また、伊勢真一監督の『奈緒ちゃん』(1995)のような、理屈抜きで感じられる“輝く命”というものを見たかった。それも、取材相手との濃密な関係性の中で作りたかったんです。

『言葉のきずな』より

『言葉のきずな』より

実際に撮影が始まると、問題山積みでした。最初の1年は助成金申請が全滅、ロケに行くお金も、高速代を節約して深夜割引を利用し、長野へ移動する状況でした。本業の仕事もあり、時々不安に…。それでも毎週、稽古場での魅力ある劇団員たちの表情や心のつぶやきを撮影するわけで、「もう止めよう」とは言えませんでした。

現場で悩んだことはたくさんあります。映画完成までずっと考えたのは、取材相手との関係性です。テレビドキュメンタリーの現場では、多くの監督はある種の距離を保って、取材相手と付き合います。私もそうでした。客観的な目線は大事ですし、作品性がぶれないためのドライさはどこかで必要です。

しかし今回、私は徹底的に「劇団ぐるっと一座」の一人一人と付き合い、毎週の撮影後も、お茶を飲みながら映画づくりにいろんな意見をもらい、一から十まで一緒になって映画を作った実感があります。映画の立ち上げから完成するまで…。

ただ、私自身に「取材している団員たちと一緒に映画をつくりたい」という願望はありましたが、そうは言っても取材する側と取材される側。いくら議論しても、少なからずスタンスの違いはあったんです。そこに正面から向き合う羽目になったのは、編集の佳境に入った時でした。

どういうことか―。取材相手はみなさん、障害者やその家族や支援者、そして医師や介護の専門スタッフです。みんな、それぞれの人生の中で、障害という現実と向き合って来ました。そんな彼らにとって、いくら事実だろうが、「自分たちの傷つくこと」「嫌な気持ちになること」は感情的に受け入れがたい。舞台の出演時には自分の台詞としては言えても、カメラを通してみると客観視できない。冷静でいられない。

一方で、映画の構成・演出を考えた時、事実関係をはっきり言わないと、観客にとっては理解できない場合もあります。取材相手を説得してでも、入れたいシーンや使いたい言葉は出てくるものです。

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『言葉のきずな』より

たとえば、ロケ中の場面でこんなことがありました。
「今回の舞台のテーマは“3・11(=東日本大震災のあった3月11日)”と同じ。(失語症になり)一度みんな死んで、そこからよみがえり、再生する物語じゃないか?」と、彼らの公演にずっと関わっている舞台演出家が、シナリオ会議で言うわけです。

「それぐらい、失語症になるのは大変な体験なんだなぁ」と思い、撮影時には絶対本編で使おうと思った言葉です。しかし、劇団員がスタッフ試写を見た時、「これはダメだ」と反発。取材現場では、特に問題になっていなかったので、動揺しました。

「なぜダメなのか?」と聞くと、「自分たちは、一度死んだ者じゃない」と言うわけです。「3・11という言葉があることで失語症者の苦しみが普遍化するんです」。「死ぬという言葉を聴くのは耐えられない」。

そういう押し問答を繰り返しながら、取材する側もされる側も一緒になって、映画の編集を通して見えてきた、劇団員たちの「複雑な思い」を、もう一度見つめ直したのです。

いくら取材相手に寄り添っても、当事者にはなれない。その限界も感じましたが、同時に、そこまで議論をした末に、ようやく彼らの心の持ちようが少し分かった気がしました。

 そういう体験は、やはり映画じゃなければ出来なかった。足かけ3年という年月を掛けなければ出来なかった。映像作家としてだけでなく、一人の人間として、さまざまな事を学んだ気がします。

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『言葉のきずな』より

【映画情報】

 『言葉のきずな』
(2013年/日本/カラー/107分/HD)


脚本: 水越洋子
撮影: 田村周、田中亮、菊地春夫、早川昇、吉田夏奈
編集: 田村周
録音: 富正和、小澤岳雄、新野真希
音楽: 小笠原智秋
ナレーター: 中嶋朋子
挿入歌:綾戸智恵「everybody everywhere」
エンディングテーマ:組曲「いのちの言葉響かせて」より
第1章「ある日突然ことばが裂けて」(混声合唱団コーロソアーベ

製作:「言葉のきずな」製作プロジェクト
ドキュメンタリー映画「言葉のきずな制作委員会」
(株)ワイドアーティストギルド・(有)イメージサテライト

製作統括: 土屋澪子
配給:中橋真紀人

2013年9月21日より東京・渋谷UPLINKにて公開
2013年9月28日~ 大阪・十三シアターセブンにて公開
その後、順次全国公開

公式サイト:http://kotoba.ciao.jp/

【執筆者プロフィール】

 監督:田村周(たむら・あまね)
1968年生。九州大学農学研究科(環境システム学)修了後、テレビ番組の制作プロダクションに入社。自然番組を中心に演出・撮影に助手、ディレクターとして関わる。2000年頃から、ヒューマンドキュメンタリーを志向するようになる。主なTV作品として、ETV特集『同潤会アパートが語る昭和史』(2003)『フォークであること ~高田渡と高石ともや~』(2004)、100年インタビュー『多田富雄~寛容のメッセージ~』(2010、BSハイビジョン)など。現在(株)トップシーンに所属。

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