【Review】『ザ・ストーン・ローゼズ:メイド・オブ・ストーン』text 杉本穂高

main1© Channel Four Television Corporation, BMSW Ltd. and Warp 1989 Ltd. 2013

解散前のザ・ストーン・ローゼズはたった2枚のアルバムしかリリースしてない。バンド解散は96年で、活動期間は13年間になるが、裁判などで沈黙していた時期も長い。実質活動期間は10年に満たない。

加えて、セカンド・アルバム「セカンド・カミング」は音楽性の転向もあり微妙な評価を頂戴している。そう考えると彼らは実質的にはたった1枚のアルバムで伝説となったバンドだ。しかしその後のバンドに与えた影響は大きく、オアシスなど、彼らからの影響を公言するバンドは少なくない。

80年代後半にその人気が絶頂に達し、90年のスパイク・アイランドでの野外ライブは27000人もの観客を集め、「バギー世代のウッドストック」と称されるようになる。

しかし、その後バンドは契約レコード会社との契約問題が泥沼化したことなどもあり、バンドは長い沈黙期間が続く。ようやく復活したセカンド・アルバムリリース後にドラマーのレニが脱退するなど人間関係の悪化が顕著になる。96年には解散。メンバーはそれぞれの道を歩むことになる。

それから15年の時を経てザ・ストーン・ローゼズは再結成を果たす。このドキュメンリー映画は、再結成した彼らを自らが大のストーン・ローゼズファンであると公言しているシェイン・メドウズが「ファン目線」でもって撮り上げた作品だ。

SUB6b © Channel Four Television Corporation, BMSW Ltd. and Warp 1989 Ltd. 2013

この映画はストーン・ローゼズの栄光の軌跡を描くのでもなく、栄光の裏に隠された苦悩を描くのでもない。そうした過去を振り返らずにストーン・ローゼズが復活した現在(いま)という時代を前向きに楽しもうという姿勢に貫かれている。バンドの裏側の複雑な背景には焦点を当てないし、同監督の前作「THIS IS ENGLAND」のような社会に対する鋭い眼差しも封印されている。自身の作家性をあえて封印して、1人のファンとしてこの作品を創りあげている。そしてその姿勢は、思いの他心地よい作品を作ることに成功している。

本作は、復活したストーン・ローゼズのセッションやギグ、ライブの模様と同じくらい、彼らのファンの姿を写すことにも熱心だ。ウォリントンで突如行われた最初のギグには多くのファンがフェイスブックやTwitterを通じて集まった。

開催当日の突然の発表にも関わらず、ウォリントンのパー・ホールには多くのファンが詰めかけた。

http://t.co/D7TWV7Vfhref

チケットを確保できた者、できなかった者それぞれの表情をカメラは写していく。多くを語らないが、その表情は悲喜こもごもでストーン・ローゼズの復活がどれほど深く待ち望まれていたかを物語る。

彼らを見ていると、ストーン・ローゼズを知らない人にもいかに彼らの音楽が深く愛されているかわかるだろう。解散から15年を経ても、これだけの熱心なファンが数多くいるという事実。それが歴史的偉業の羅列よりも彼らの凄さを物語る。

SUB5b © Channel Four Television Corporation, BMSW Ltd. and Warp 1989 Ltd. 2013

ファンに熱狂的に迎えられ、ストーン・ローゼズは世界ツアーに出る。しかし、バルセロナで事件が起こる。公演の途中にドラマーのレニが途中で帰ってしまったのだ。ボーカルのイアンが「みんな聞いてくれ。ドラマーが帰っちまった。今日のライブは終わり。怒りはオレにぶつけてくれ」とあきれたように両手を広げる。

翌日ホテルでメドウズ監督がカメラに向かって、これからの撮影がどうなるかわからないと告げる。メディアにはストーン・ローゼズ再び解散の危機を煽る文句が踊る。このレニの失踪事件は本来ならこの映画の核となってもおかしくはない。結局ストーン・ローゼズは再解散せずにヒートンパークで3日間で22万人を動員することになるのだが、この時バンドに何が起こり、いかに危機を乗り越えたのかは、興味をそそられる部分だろう。

しかしメドウズ監督はそこを深追いしない選択をした。レニのモニターとイヤホンに何らかのトラブルがあったらしいことだけを告げ、映画はそれ以上のイザコザを語ろうとしない。

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映画は何を見せるかによって、その個性が語られる。しかし、何を見せないかにもその個性は宿る。バンドのイザコザという、ファンからすれば辛いエピソードはバッサリ切ることによって、この映画は大きな個性を獲得している。

監督自身もまた大のストーン・ローゼズファンであり、15年ぶりの復活劇をだれよりも喜んでいる1人である。シェイン・メドウズ監督は、映画の深堀りよりもファンとして喜びを分かち合うことを選択した。ストーン・ローゼズの復活を祝福するためにカメラを回しているのだから、それに水を差す情報など必要ない。

その姿勢に肩すかしを食らう観客もいるかもしれない。しかしこの潔さこそがこの映画の一番の魅力だろう。この復活劇を心行くまで楽しんでほしいという監督の気持ちがよく伝わる。素晴らしいパフォーマンスがあり、それをファンが全力で受け止める。それ以上に余計なものなどいらない。おそらくこのドキュメンタリー映画を見たい観客の多くはストーン・ローゼズのファンだろう。ならばそのファンに悲しいシーンを見せる必要などないのだ。

SUB10b© Channel Four Television Corporation, BMSW Ltd. and Warp 1989 Ltd. 2013

少し話がそれるかもしれないが、宇多田ヒカルさんが一部週刊誌の記者の執拗な取材に対して悲しい想いをTwitterで吐露していたことが話題になった。

http://www.j-cast.com/tv/2013/09/18184080.html

これに対してネット音楽ニュースサイト「ナタリー」の編集長大山卓也氏は次のようなコメントをTwitterに残していた。

ナタリーに矜持みたいなもんがあるとしたら宇多田ヒカルを悲しませるようなことはしないっていうそれだけ。ゴミみたいなあいつらとは違う場所に立っていたいし、下品なことをしてPV稼ぐくらいなら潰したほうがいい。大山卓也 (@takuya) 

ナタリーは基本的にバッドニュースやゴシップを掲載しない方針を取っている。コミックナタリーの編集長、唐木元氏はこれをなぜかと問われ、アーティストとファンが喜ばないからだ、と言った。ナタリーはエンタメ系ネットニュースメディアとして高い支持を得ているが、その理由はこうしたポリシーによるものだろう。このナタリーの編集方針とメドウズ監督のこの映画に対する姿勢はどこか共通しているように思う。ナタリーはファンとアーティストのために情報を発信している。この映画もまず誰よりもストーン・ローゼーズとそのファンのために作られている。

参照: 宇多田ヒカルさんの受難とナタリーの魂(YAMDAS Project)
http://d.hatena.ne.jp/yomoyomo/20130919/natalie 

これはストーン・ローゼズファンの、ファンによる、ファンのための映画だ。難しい理屈は何もないし、特別なアジェンダ設定もない。あるのは素直な喜びと情熱だ。しかし、それだけで十分にこの映画は感動的だ。

それと日本のファンはエンドクレジットになっても席を立たないように。


【上映情報】

 『ザ・ストーン・ローゼズ:メイド・オブ・ストーン』
2013年/イギリス/原題『The Stone Roses/Made Of Stone』/カラー&モノクロ/96分

監督:シェイン・メドウ(『THIS IS ENGLAND』)
製作:マーク・ハーヴァート
出演:ザ・ストーン・ローゼズ(イアン・ブラウン、ジョン・スクワイア、レニ、マニ)他
提供:キングレコード
配給・宣伝:ビーズインターナショナル 
© Channel Four Television Corporation, BMSW Ltd. and Warp 1989 Ltd. 2013

10月19日(土)より、TOHOシネマズ渋谷ほか全国順次公開
公式サイト:http://www.tsrmos.com/

【執筆者プロフィール】
杉本穂高(すぎもと・ほたか)
ブロガー。映画、テレビ、オンデマンドなど、映像というオールドメディアのビジネスがインターネットの発展とともにどう変わっていくかを日々追いかけています。映画レビュー、映像ビジネスモデル、著作権に関する記事多数。言論サイトBLOGOSにも参加中。

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