フランスで「ウェブドキュメンタリー」という言葉を耳にするようになって数年が経つが、ここ最近になってようやく変化を見せ始めた。劇場公開やテレビ放映がすでに終わった既製のドキュメンタリーをオンデマンドで配信するのではなく、ネット配信のために企図されたドキュメンタリー作家の手によるドキュメンタリーの第一世代と呼べる作品群が創られ始めている。
フランスには通称CNC(Centre national du cinéma et de l’image animée)と呼ばれる映画の国立機関がある。映画の製作から配給まで様々な過程で支援を行うだけでなく、新作映画のレイティングや古い映画の保存・修復など、とにかく映画に関するありとあらゆる事を公的立場で行う機関だ。中でも映像製作への助成金交付制度は世界に類を見ない規模で行われていて、長編・短編劇場映画を中心に、テレビ向けのドラマ、ドキュメンタリー、アニメはもちろん、マルチメディア、デジタル映像、ゲームなどの新しい媒体も対象となっていて、ウェブドキュメンタリーもその一つだ。
こうした助成金制度による経済的な後押しも手伝って、これまで放映のみに目を向けていたテレビ局もウェブドキュメンタリーを製作するようになった。インターネットというメディアを使うことで、テレビ放送枠に合わせたフォーマットや長さから解放され、内容も動画だけでなく写真・グラフィック・アニメーション・テキストなどをふんだんに使用し、見る側がそれらを自由に選択できるインタラクティブな構成が多い。テレビ局の中でもフランス・ドイツの共同チャンネルARTEはWEBを重要なポジションと位置付けていて、取り上げるテーマもフォーマットもバラエティに富んでいてその力の入れようが伺える。
少し前の作品だが、フランス・ベルギーの原発労働者やチェルノブイリの問題についてのドキュメンタリーで知られるベルギーのアラン・ドゥ・アルー監督が、震災から1年後の日本で撮影した『Récits de Fukushima/福島の物語』というウェブドキュメンタリーが配信されている。この作品は8つの短編ポートレートで構成されていて、震災後の日本において人と違う意見を言う事がいかに難しいか、そしてその中で人々がどう生きているかを、大げさなドラマに仕立て上げることなく優しく静かな視点で捉えた作品だ。このようなドキュメンタリー作品が常時閲覧できることがウェブドキュメンタリーの魅力の一つでもある。
http://fukushima.arte.tv/#!/4883
少し違う形の作品として、映画館で上映される劇映画とウェブドキュメンタリーが同時に作られたクロスメディアの試みを挙げたいと思う。フランスで最も活躍する女性ドキュメンタリー作家の一人クレール・シモン監督のフィクション映画『Gare du Nord/北駅』で、今年9月に映画館で公開された。パリの北駅構内で出会う男女の愛情を描いたフィクションではあるが、映画の核となるのはこの二人ではなく、舞台となっている駅、そしてその駅に登場する人物達こそが主役とも言える作品だ。移民が多く住み治安が悪いとレッテルを貼られた郊外に向かう電車や、ロンドン・パリを往復するユーロスターの終始発点である北駅は、様々なルーツと文化を持った人々が交差する。そこではフランス社会が抱える全ての問題が垣間見られ、まさにフランスの縮図と言える。そのフィクション映画と補足しあうかのように、もう一つの違う形として同監督監修によるウェブドキュメンタリーが作られた。映画を作るためのロケハンで撮影された映像、本編では使われなかったラッシュ映像、北駅で録音された音声などを使って丁寧に作られた作品になっていて、ドキュメンタリーならではのインタビューも多く盛り込まれている。
http://gare-du-nord.nouvelles-ecritures.francetv.fr/
もう一つ最近の珍しい例として『Fort McMurray/フォート・マクマレー』(監督:David Dufresne)を挙げたいと思う。「ドキュメンタリー・ゲーム」なる新しいジャンルの作品で、世界でも屈指のオイルサンド産業の街、カナダのフォート・マクマレー地区を舞台にしている。地球上で最も重要なエネルギー計画の将来を決めるのはあなたです、というナレーションが冒頭で入るように、私達はWEB上でフォート・マクマレー地区に住む人々に出会い、石油の街に住む彼らの問題を共有していく。監督自ら「ドキュメンタリー・ゲーム」と名付けているが、ゲーマー、つまり観客である私達は、フォート・マクマレーの現実を体験し、石油会社の言い分に耳を傾け、エコロジストの訴えを聞き、そこに生きる人々の問題を自分の事として紐とき考察する。市議会の会議にバーチャルで出席し投票までできる参加型ドキュメンタリーで、ツイッターやFACEBOOKなどのソーシャルメディアを使って他の観客達と意見交換したり熱い議論を交わせるシステムも作られている。
作家の視点で作品を完結させるこれまでのドキュメンタリーとは違ったインタラクティブな形態のウェブドキュメンタリー。製作的な面ではまだまだ公的援助に頼らざるを得ず課題はいくつか残しているが、既成の文法にこだわらずに楽々と国境を越えてゆく自由なウェブドキュメンタリーの今後に注目したい。
【執筆者プロフィール】
高橋晶子(たかはし・しょうこ)
横浜出身。1994年よりフランス・パリ在住。映画を中心に文化・芸術分野におけるコーディネート・通訳・翻訳。1998年にパリの映画祭シネマ・デュ・レエルの日本ドキュメンタリー特集に学生ボランティアスタッフとして参加し、日本を代表するドキュメンタリー作家らのパリ珍道中!に同行した事がきっかけでドキュメンタリーに興味を持つ。エッセイ執筆中: http://www.caps-association.co.jp/author/takahashi/