【News】5/31公開★「原爆」を生きぬいた人たち、 そして、生きることができなかった人たちの物語――『美しいひと』

日本、韓国、オランダ――
あの「原爆」を生きぬいた人たち、そして、生きることができなかった人たちの物語

「美しいひと」というタイトルは、一見、原爆をテーマにしたドキュメンタリー作品にふさわしくないように思われます。爆風で傷つき、火災で焼けこげた肉体は、およそ「美しい」という言葉とはかけ離れています。また、たとえ生き残っても「被爆者」と呼ばれ続けた生存者たちのその後の苦しみは、「美しい」などという言葉で形容できるものではありません。

しかし、それでも私は、この作品を「美しいひと」と名付けたいと思いました。その背景には、「悲劇を悲劇のまま終わらせたくない」という思いがあります。

本作の出演者のひとり、龍智江子さん(83歳)は、原爆投下直後の長崎で、その姿を写真に撮られました。足もとには、黒く焼け焦げた母・サダさんのご遺体があります。後にその写真は、原爆の悲劇を伝える貴重な一枚として、世界中の人々の目に触れられることとなりました。

凄惨な写真は、私たちに、原爆の恐ろしさを教えてくれます。しかし、忘れてはならないことは、その写真に写された姿が、彼女たちの人生のすべてではないということです。無惨な姿で最期を遂げた母・サダさんにも、若く美しい娘の時代がありました。やがて結婚し、母となり、女性としての充実した日々があったでしょう。彼女の人生は、無惨な姿で原爆のおぞましさを伝えるためにあったのではありません。生き残った娘・智江子さんにも、その後の人生がありました。原爆で肉親を失い、被爆による後遺症と闘いながらも、戦後を懸命に生き、働き、やがて新たな家族をつくりました。

原爆を生き抜いた人、そして、悔しくも、生きることができなかった人。苦しい境遇に見舞われながら、それでも、時代を繋いでくれた彼らの存在は、現代に生きる私たちにとって、宝物のように思えます。与えられた自分の生命を精一杯生きた彼らを、戦争犠牲者や被爆者という、悲しい存在としてだけで終わらせたくない、そんな思いから、本作を「美しいひと」と名付けました。


1945年8月、アメリカによって日本に、ふたつの原子爆弾が投下されました。ひとつは広島、ひとつは長崎に――。

あのきのこ雲の下にいた人たちがどのように命を奪われ、どのように傷つき、どれだけの被害があったのか、その悲惨な歴史の一片は、今日まで多くの芸術作品によって語り継がれ、表現されています。

しかし、原爆が落とされたその瞬間の出来事に注目する作品は数多くあっても、生き残った人々の“その後の人生”に触れるものはあまり多くはありません。とくに実在の人物に迫る“記録映像”は、被爆者に対する根深い差別や、社会的無理解などがあり、プライバシー保護の観点から、残すことが難しかったと言えます。

原爆を体験した人たちには、原爆の後にも、長い長い人生がありました。ある人は、家族を失って天涯孤独となり、生活の糧を得るために必死で働きました。ある人は悲惨な光景のトラウマに苦しみながら、辛い記憶とともに戦後を生きていました。

70歳代から90歳代を迎えた彼らの命のともしびは、今、最後の力を振り絞って燃えています。終戦から70年近くが経った今だからこそ残せる記録、そして、残しておかなければならない記憶があります。あの惨禍を生き抜いた人々の現在の姿に光を当て、命の輝きをみつめることは、なお様々な問題を抱える現代の私たちに、大きな希望と、励ましを与えてくれるに違いありません。

そしてまた、生き残った彼らの存在から、死者たちの姿も浮かび上がってきます。“生き延びた人たち”の存在、そして、“生きていて欲しかった人たち”の不在を通して、戦争とは何か、人間とは何か、人類にとって普遍のテーマに迫ります。

――東志津(監督)

|公開情報

美しいひと

監督/東志津 プロデューサー/野口 香織
整音/永峯 康弘 音楽/横内 丙午 題字/赤松 陽構造
制作協力/ヒポコミュニケーションズ いせフィルム
製作/株式会社一隅社 S.Aプロダクション
公式サイト http://utsukushiihito.jimdo.com/
★2014年5月31日より新宿K’sシネマでロードショー

|監督プロフィール

東 志津  Shizu Azuma
1975年大阪府生まれ。大学卒業後、映像の世界へ。企業PRビデオ、CMなど、商業映像の制作を経て、2003年よりドキュメンタリーの制作を開始。2003年『ある中国残留婦人 栗原貞子さんの日々』にて、地方の時代映像祭市民・自治体部門奨励賞受賞。

2006年、いせフィルム入社、記録映画作家・伊勢真一氏に師事。2007年、長編ドキュメンタリー映画『花の夢—ある中国残留婦人—』を発表。ポレポレ東中野はじめ、全国のミニシアターにて公開、国内外の映画祭でも上映された。2007年山形国際ドキュメンタリー映画祭“ニュードッグスジャパン”招待。あいち国際女性映画祭にて愛知県興行協会賞受賞。ヘルシンキ国際ドキュメンタリー映画祭招待。2007年度キネマ旬報文化映画部門第9位。2009年より一年間、文化庁新進芸術家海外派遣制度にて渡仏。パリに滞在し、フランス国立フィルムセンター(CNC)を拠点に戦前、戦中の記録フィルを研究。著書に『「中国残留婦人」を知っていますか』(岩波書店/岩波ジュニア新書)。