【小特集★世界の映画祭】ヨーロッパのドキュメンタリー映画祭を訪ねて② 〜チェコ・イフラヴァ国際ドキュメンタリー映画祭(Ji.hlava)〜 text 中山和郎

上映前舞台挨拶の模様

ヨーロッパのドキュメンタリー映画祭を訪ねて②
〜チェコ・イフラヴァ国際ドキュメンタリー映画祭(Ji.hlava)〜

イフラヴァと聞いてどこの国の都市かわかる人は日本ではごく一握りではないでしょうか。

自分が初めて知ったのは、有志で上映委員会を立ち上げ、半ばボランティアで配給業務に関わっていたドキュメンタリー映画『チーズとうじ虫』が2006年にJi.hlavaで上映された時でした(本作は2005年山形国際ドキュメンタリー映画祭でアジア千波万波部門グランプリ[小川紳介賞]と国際批評家連盟賞を受賞、前回ご紹介したリスボン国際ドキュメンタリー映画祭[doclisboa]でも上映されました)。当時は東欧のチェコでも国際ドキュメンタリー映画祭があるのだと思っていた程度の印象でしたが、中・東欧では一番の規模を誇るドキュメンタリー映画祭として知られています。

空港からのアプローチ

ポルトガルに続き、イフラヴァもチェコ自体も今回が初めて。イフラヴァへは、デンマーク・コペンハーゲンからチェコの首都・プラハへ。飛行機だとプラハまでは実質1時間ほどの距離です(後述しますがバスでも行けます)。

プラハ空港から市内までは119番もしくは100番の市バスで向かうのが最安。終点の地下鉄の駅までいずれも20分程度。チケットはバス、地下鉄トラム共通券でシングルが24czk(チェココルナ:約100円)、90分乗り放題が32czk(約160円)で自分は後者のチケットを購入。すぐに来た199番に乗りこみ終点のNadrazi Veleslavin駅へ、そこから地下鉄Aラインで中心部へ。今回プラハには着いた日の午前中だけ。世界遺産のチェコ城と旧市庁舎の天文時計(現在改装工事中で時計塔の中には入れず[泣])を慌ただしく見て回り、中央駅近くのFlorencバスターミナルからお昼過ぎのバスに乗りイフラヴァに向かいました。

プラハからイフラヴァまではバスで2時間弱。チェコ2番目の都市、ブルノとのほぼ中間に位置し、北はドイツ・ドレスデンやベルリン、南はブルノを経由してスロバキアの首都プラチスラヴァやオーストリア・ウイーンにも続く幹線道路(E50)を通っていくため、かなりの交通量があります。到着したイフラヴァの停留所は比較的大きなバスターミナルでしたが、人はまばら。映画祭の看板があったので降車地が間違っていないと安堵し、ターミナルの売店兼カフェへ。コーヒーを注文するものの英語は全く通じず、こちらもチェコ語は理解できないのであれこれと指差しで注文。どんよりとした天気もあって、東欧独特の?雰囲気が感じられました。

イフラヴァバスターミナルの映画祭看板

街の様子

イフラヴァは人口5万人ほどの小さな街で、作曲家のグスタフ・マーラーが生まれ育った地だそうです。歴史建造物が数多く残る街で、日本ではもう見ることのないトロリーバスも健在です。街は紅葉が真っ盛りの時期で、気温はコペンハーゲンとあまり変わらず雪も積もっていませんが、湿気を感じます。イフラヴァには地元のアイスホッケーのプロチームがあり、滞在中、試合のあった日にはチームのユニフォームやマフラーをした人たちをたくさん目にしました。降り立ったバスターミナルの向かいにはホッケーの屋外練習場もあり、冬季スポーツが盛んなお国柄を垣間見ることができます。

物価はポルトガルよりもさらに安いです。パブで生ビールを1杯飲んで100円〜200円程度。食事を入れても全部で500〜600円で収まります。特にビールはドイツに近いこともあってか種類も多く、東京から参加されていたミニシアターのYさんに聞いたところ、ピルスナーの名前の由来でもあるPilzenのピルスナー(Pilsner)はチェコ発祥のようです。ピルスナーに代表されるように比較軽めで飲みやすいビールが多いですがKozel(闘牛らしき動物がビールでいっぱいのジョッキ持ったラベルで有名)の黒ビールはコカコーラのような飲み口で人気種類のようです。滞在中は映画祭事務局横のタイ(アジア風)レストランで大変お世話になりました。

会場は山形国際ドキュメンタリー映画祭と同じくほとんどが徒歩圏内(それも事務局から10分圏内!)で移動はとても便利。メイン会場のDKOは300席の劇場(DKO I)と、その上階に椅子400個は並べられる多目的ホール(DKO II)があり、その他、200席と60席の2スクリーンを持つ地元の映画館Dukla、多目的ホールのDelnicky Dum(300席)、DIOD(200席)、あとは主に英語字幕や同日通訳のないチェコ国内作品を上映していた劇場のHDJ(300席)が主だった会場として使われていました。

映画祭会場外での様子

プログラム

映画祭は2017年で21回目になりますが、もともとイフラヴァ出身であった現在の映画祭ディレクターが立ち上げた映画祭です。毎年10月の最終週に開催されていて、2017年は10月24日から29日までの6日間。前回ご紹介したdoclisboaの後半と日程と被っていますが、こちらにはかなりの関係者が来ている印象でした。

上映作品数はなんと291。Lisboaは10日間で244作品。日本の山形国際ドキュメンタリーでも実質7日間で161作品の上映なのでそのボリュームがわかると思います。

プログラムはインターナショナル・コンペティテョン的位置付けのOpus Bonum(15作品)をはじめとして28部門にも上ります。コンペティション部門は、上記opus Bonum以外に初長編監督作品のFirst lights(10作品)、中欧・東欧諸国作品を集めたBetween the Sea(9作品)、チェコ国内作品のコンペ部門のCzech Joy(コンペ外1作品を含め18作品)、実験的な映像作品を集めたFacinations(32作品)、チェコ国内の実験映像コンペ部門のFacinations : Exprmntl.cz(コンペ外13作品を含め33作品)、30分以内までの短編作品を集めたShort Joy(17作品)。さらに今年からは政治(7作品)、知識(7作品)、自然(6作品)の3つに関する”Testimony”(証言)をテーマにした新たなコンペ部門が創設されています(ただし公募はしていません)。

コンペ対象部門は、日本でも2017年に特別上映が行われていた生誕100年を迎えたジャン・ルーシュ(13作品)のほか、小川紳介(4作品)やマルセル・オフュルス(4作品)の特集上映、1930年代から2014年までの台湾のインディペンデント作品を集めた特集上映(25作品)、トランプ政権発足後の「米国の1年」特集(6作品)、チェコTVドキュメンタリー特集(26作品)等々、全日滞在してもカバーしきれないほどのプログラムが組まれていました。

毎年、特定のテーマを設けている訳ではないようですが、上映作品、特にコンペ部門に共通しているのは、ディレクター曰く、刺激的で触発されるような作品に対して門戸を開いていて、ドキュメンタリー手法を用いたフィクション作品やハイブリッドな作品なども選定受しているとのこと。前回紹介したdoclisboaの方向性をさらに突き進めたようなプログラム群で、この流れが現在のドキュメンタリー映画祭の上映作品の潮流といっていいかもしれません。

日本からはShort Joy部門に川口肇監督新作を始め3作品が出品されていましたが、残念ながら長編作品の出品はありませんでした。

マスタークラス(フレデリック・ワイズマンやワン・ビンのプロデューサーのオリビエ=ピエール・バルデ。
Ji.hlavaでは関連作品として「Hotline」が上映されていた)

インダストリー

Ji.hlavaのインダストリーは今回が17年目。登録料は他の映画祭と比べるとかなり安く、1月前までであれば(いわゆるEarly Birdで)35ユーロ、前日まででも70ユーロ(映画を学ぶ26歳以下の大学生ならたったの5ユーロ)で申込みできるため、ユーザーフエンドリーです。今年も1000人以上が登録していたようです。

インダストリープログラムは25〜28日に集中しており、やはりファンディングに関連するセッションが多い印象でした。特徴としてあげられるのが、東欧出身のプロデューサーや配給会社をサポートするイースト・シルバー・マーケット(East Silver Market)というマーケットを併設しており(今年で14回目)、映画祭上映作品のオンライン視聴や東欧作品の他の主要な国際映画祭への出品支援、さらにはSilver Eye Awardという独自の賞を設けてマーケットに出品された作品の中から長編、中編、短編で受賞作を選び、それぞれ1500ユーロの賞金が授与されています。ちなみに2017年の長編受賞作はオンライン上でのシリア及びイラク人の声やフッテージを集めて作品にしたオーストリア制作の”Sand and Blood”でした。インダストリー登録者は山形と同様パスだけで全上映作品鑑賞可能で、上記マーケットでのオンライン視聴ももちろん可能です。

あと、他の映画祭ではあまり見られない試みとしてあげられるのが、2010年から始まったフェスティバル・アイデンティティー(Festival Identity:以下FI)です。ドキュメンタリーに限らず世界各国で行われている映画祭関係者が集まり、実績のある国際映画祭のディレクター、プログラマーが講師を務める講義やグループ及びパネルディスカッションに加えて、1人あたりパワーポイント20シート×20秒=6分40秒の名物プレゼンテーション”PechaKucha”が行われます。そう、日本語の「ペチャクチャ」からきている名前で、前述のYさんも以前こちらに参加してプレゼンされたそうです。映画祭期間中に行われたSilver Eye Awardsの表彰イベントで参加者のPechaKuchaプレゼン見る機会がありましたが業界関係者にとてもいい機会になっていました。また、FIの参加者の代表が審査員となり映画祭ポスターコンペティションも行っています。登録料は120ユーロとやや高めですが、2泊分の宿泊が含まれ、全てのインダストリーイベントにも参加でき、映画祭関係者のネットワークづくりの貴重な機会にもなるので、映画祭を主催している身としても是非一度参加してみたいです。

世界各地の映画祭プレゼンの場PechaKucha(ペチャクチャ)

まとめ

何といって若い観客が多いのに驚きました。映画祭期間中は小さな街にたくさんの業界関係者やゲストが訪れ、現地の宿泊施設も足りなくなるため、来場者用に市内の体育館を解放し、マットレスだけを用意した寝袋持参の簡易宿泊施設(1泊400円!)を格安提供していました。自分が滞在中に泊まったところでは普段学生の研修施設として使っているところで、観光地ではないので街をあげて協力体制をとっている様子が伺えましたが、そんな体育館を解放するぐらい一般のお客さんがドキュメンタリー映画祭を見に来るのかと思っていましたが、街中でも寝袋と大きなバックパックを背負った観客をあちこちで目にし、さながら”音楽フェス”のような雰囲気が感じられました。

やはりそこにはドキュメンタリーに対する柔軟な考え方と観客へのアプローチをより意識している点が伺えます。前述したように、ドキュメンタリーの概念を揺るがす、いい意味で裏切るような作品に門戸を広げているとともに、通常の国内コンペ部門以外に、実験的作品の国内コンペ部門あるぐらいです。また会場ボランティアには学生をはじめとした若い世代がかなりの割合を占めており、観客との効果的な接点になっている点。そして、上映プログラム以外のライブ、DJパーティ、展示など関連イベントが30以上もありそれも実験的アートをモチーフにしたものが数多く企画されていました。ドキュメンタリーに少しでも引っかかれば何でもありといった主催者側のいい意味での柔軟さ、前向きな捉え方がプログラムにも反映されています。6日という国際映画祭では短めの開催期間にしている点もよりイベント感を高めているように思えました。

また一般の入場料もインダスリーと同様に良心的。日本より物価が安いので単純比較はできませんが、1回あたりの入場料が600円、フェスティバルパス(フリーパス)も用意されていて2日月前までに申し込めばなんと約1800円(1か月前〜映画祭当日でも約3600円)で購入できます。実際、そういった取り組みは動員にも表れていて、国内の話題作品の上映では400席のDKO IIでも満席立ち見で入れない回もあり、足を運んだほとんどの上映で7割以上の入りで満席だった上映も数多く見られました。

東欧の地方都市で行われているドキュメンタリー映画祭で、正直ややたかをくくっていたところがありましたが、想像以上に中身の詰まったプログラムで驚かされることが多かったです。もちろん日本の山形国際ドキュメンタリー映画祭も負けてはいませんが、地方でイベントを続けて行くことへのヒントにもなる映画祭でした。

シルバー・アイ・マーケットが選ぶベストドキュメンタリー

あとがき

今回、イフラヴァからコペンハーゲンには長距離バスを使って戻りました。

15時50分ごろ定刻より30分遅れでバスターミナルを出発、途中、プラハで乗り換えてまずはドイツ・ベルリンへ向かいました。ここで使ったのがチェコの旅行会社Student Agencyが運営する黄色がシンボルカラーのレギオジェット(RegioJet)のバス。Student Agencyは1993年、当時ブルノ工科大学の学生だったラジム・ジャンクラ(Radim Jančura)が立ち上げた会社で、2016年から運営する列車とバスの名前がレギオジェットに統一されています。特に長距離バスは格安にもかかわらず定評があり、驚いたのが車内のWIFI使用はもちろんのこと、乗務員がいてコーヒーなどの飲み物と新聞・雑誌が無料で提供されます。さらに飛行機のように前方座席にスクリーンが設置されていて映画や音楽を楽しむこともできます。遅れることは結構あるようなのですが、この値段でこれだけ快適であればいう文句はありません。

ベルリンからコペンハーゲンまでは今度はドイツのバス会社で、こちらも格安でよく使われている緑がシンボルカラーのフリックスバス(Flix Bus)。こちらはレギオジェットのような車内サービスはWIFI程度しかなく座席も狭いのでシンプルなのですが、この路線で面白いのが途中で海を渡るため、バスごとフェリーに乗り込みます。時間にして40〜50分ほどですがその間はバスから降ろされフェリー内での滞在を強いられます。当日は定刻の23:20に出発したものの強風のため国境近くの橋の前で1時間ほど停車、出発したと思ったら前のライトバンが強風に煽られ橋の上で横転、強風で激しく車内が揺れる中、事故処理でさらに2時間以上も間、橋の上で立ち往生し生きた心地がしませんでした。ようやくたどり着いたフェリーターミナルもものすごい風でしばらく欠航が続き1時間半ほどしてようやく乗船、結局5時間以上も遅れて到着しました。合計50ユーロ(6600円程度)、のべ21時間を超える長旅でしたが、お金に余裕のない体験重視の方しかオススメしません(苦笑)。

イフラヴァ市内を走るトロリーバス(映画祭ロゴ入りの特別仕様?)

【執筆者プロフィール】

中山和郎(なかやま・かずお)
1970年生まれ。2006年より「浦安ドキュメンタリーオフィス」代表として、ドキュメンタリーの配給・宣伝を開始。2015年にレーベルを「きろくびと」と改め、現在もドキュメンタリーを中心に様々な作品の配給・宣伝を手がけている。6月16、17日に「第7回うらやすドキュメンタリー映画祭」を開催。