【Review】「アイドルになりたい」想いの裏側にあるもの――『世界でいちばん悲しいオーディション』text 宮﨑千尋

 

努力だけではどうにもならないことがある。受験、就職、恋愛、そんな挫折を味わった経験が誰しもあるのではないか。この映画は「アイドルになりたい」24人の少女たちがまさしく、努力だけではどうにもならない、でも、努力しなければアイドルにはなれない、そんな現実にぶち当たり涙を流す、激闘の記録だ。

20183月、福岡からフェリーで1時間の離島・壱岐島を舞台にオーディションが行われた。BiSH BiS GANG PARADE EMPiRE、4つのアイドルグループが所属する株式会社WACK(以下WACK)開催のこのオーディションは、2千人の応募者の中から厳選された24名、全員が18歳という参加者の中から、合格した者だけがWACKでアイドル活動をスタートできる。少女達は、個人情報の流出を避けるため仮名を与えられる。ニコニコ生放送で24時間、生活全てが視聴者の目に晒されオーディションの対象となる厳しい合宿生活は一週間続く。実際にWACKでアイドルとして活躍しているモモコグミカンパニー(BiSH)、 パン ・ ルナリーフィ(BiS)、 ペリ ・ ウブ(BiS)、キャン・GP・マイカ(GANG PARADE)らも講師として合宿に参加している。グループに入ってくるかもしれない候補者達に対する思いや、アイドルとしての彼女達の価値観がきけるのは本作ならではだろう。

WACK代表取締役の渡辺淳之介さん(以下渡辺さん)は言う。「この合宿ではポイントを競ってもらう。大切なのは24人の中で自分がどれだけ目立つかだ。感動を与える形で目立て」と。ポイントが与えられる機会は、毎日の早朝マラソン、デスソースという超激辛ソース入りの食事への挑戦、スクワット対決や人生ゲーム対決などだ。合宿中も自分たちが芸能人になったつもりで過ごすようにと言われるが、エンターテインメントの世界で生きたことなどないド素人な少女達の、生温い態度に渡辺さんはブチ切れる。「お客さんがいてこそ成り立っている商売、自分が客だったら今のお前達を応援したいと思うか?」しかしそんな風に言われても、少女達には響かない。少女達がその過酷さをはじめて肌に感じるのが、落とされる現実を目の当たりにした時だ。ポイントと合わせ、渡辺さんの独断評価により不要だとみなされた者は、容赦なく候補者の資格を奪われ、島を去らなければならない。落ちた者は涙し、後悔し、中には逆切れしたり、落ちた自分を必死に慰めたりする者も出てくる。「自分のキャラを作ってまで変えたほうがいいのか?」というある落選者の問いに渡辺さんは辛らつに言い放つ。「うじうじとかわいそうな自分に酔っているだけ。残りたいなら自分が変わる努力をしろ」。一方で、後悔し帰りたくないと土下座する者に、「後悔がなかったら人は成長できない。絶対成長できると思うよ」と激励を送る場面もある。

本作について、「11人の感情の沸点を基点に構成し、地を這ってでも夢に向かう人間のひたむきさを描きました」と岩淵弘樹監督はHPでコメントしている。少女達の胸中は、要所要所のインタビューにより浮き彫りにされる。アイドルを目指す彼女たちの多くに共通するのが変わりたいという願い。「いじめられ学校に行けなくなった」、「いつも学校の端っこにいて自分をなかなか出せない」中には「ここに来るまでは死のうと思っていた」という者もいる。アイドルになったらどうなると思う?という問いに対し「強くなると思う」、「変わると思う。つらいことも楽しいことも100倍増えると思う」、「人生を変えるチャンスは今しかない」など少女達の誰もが、アイドルとしての自分の未来に夢を描く。

スタッフから「この子達と仕事したいとは思わない」と言われるほどだった少女達が変わっていく。当初は避けていたはずのデスソース入りの食事にダッシュし、自分からもらいに行く者が出てくる。現役アイドルメンバーと候補者とがグループになり行われる練習はかなりハードなはずだが、「身体が追いついていかない。でも、楽しい!」と笑顔を見せる者もいる。私たち観客も少女達の変化や懸命さに微笑ましくなってくる。しかし残酷にも、一気に大半の者を落とすと渡辺さんが宣言する。しかも、一回のライブパフォーマンスでないと思った者は全員落とすという。

少女達は「今日落とされちゃうかもしれない」という恐怖におびえ、残された者は「よかった。絶対落ちると思った」と安堵する。そこには、頑張ったから評価される世界でもない、芸能界の縮図のようなものが垣間見える。そして全力でやったのに評価されない、ちょっと超えてもまだ足りない葛藤や苦しさ、心の叫びが、落選者達の言葉によって心に刺さる。私たちの日常にも転がるそんな理不尽との葛藤に、胸をえぐられるようだ。

自分らしさとは、という問いに対するペリ ・ ウブ(BiS)の答えが印象的である。「プライベートとペリ・ウブは別物の人間。でも、自分らしさを追求してペリ・ウブがある。どんどんペリ・ウブらしくなることで、どんどん自分らしくなっていく」その答えは当初、渡辺さんが24人の候補者たちに放ったダメ出しの言葉――「ありのままの自分でいいなんて思わないで。ありのままの自分を覚醒させた自分が、ステージに立つ自分だから」――を思い出させる。

合宿オーディションはやがて、濃密な一週間のラストに向かっていく。ニコニコ生放送の視聴者に向け、残された候補者達一人ひとりが自分の思いをぶつけていくシーンでは、カメラと目を合わすことすらできなかった少女も、真っすぐカメラを見つめメッセージを送る。「努力ってこういうことなんだって、ようやくわかった」とこれまでを振り返る者、「私はアイドルになりたいです」涙をあふれさせ頭を下げる者など様々だ。もちろん、オーディションには合否の結果が伴う。本作では落選者達のさまざまな今後についても触れられている。幼稚園教諭になる覚悟を決めたという者、来る前のアルバイト生活に戻るという者、生まれ変わった自分で、次もオーディションを受けたいと決意を新たにする者もいる。

WACKのオーディションは1度落ちても再挑戦できる。また、このオーディションが全てではない。アイドルになってもなれなくても、少女達の人生は続いていく。

本作を鑑賞後、現実って残酷だと思った。なぜなら、落とされた少女達の顔は、エンドロールではすでに数人思い出せるくらいだったからだ。しかし、しっかりと思い出せる少女達もいる。前に進もうと努力するその言葉や、表情が鮮明に浮かぶ。映画公開後の20193月にも新たなオーディションが開催されるという。そこでもまた、きっと多くの物語が生まれることだろう。

【作品情報】

『世界でいちばん悲しいオーディション』
( 2018/日本/カラー/98分)

監督・撮影・編集:岩淵弘樹 
プロデューサー:渡辺淳之介 
撮影:バクシーシ山下 西光祐輔 白鳥勇輝 エリザベス宮地 
出演:オーディション候補生、モモコグミカンパニー(BiSH)、パン・ルナリーフィ(BiS)
ペリ・ウブ(BiS)、キャン・GP・マイカ(GANG PARADE)BiSHBiSGANG PARADEEMPiRE
配給:松竹メディア事業部 ©WACK INC.
公式HPhttp://sekakana-movie.jp

2019111()よりテアトル新宿ほか、全国順次公開

【著者プロフィール】

宮﨑 千尋(みやざき ちひろ)
静岡県出身、東京都在住。平成元年生まれのライター。
趣味は人間観察。食いしん坊。天然物のたい焼きをこよなく愛しています。映画好き、映画館という空間が大好き。世界中の映画館に行って、それぞれの国の言語で映画を観るのが夢の1つです。2019年は映画の音声ガイド制作に挑戦します!