【Review】漆黒の幻想、そして時の流れ――『黒の牛』 text 井河澤智子

 なんという漆黒、なんという純白。
 漂い全てを覆いつくす霧。
 長い時間をあらわすものは、山火事によって里に降りて来た者の肉体のみ。
 全ての変化は明らかにはされず、しかしゆったりと変わってゆく。大きな円環のように。

 禅に伝わる「十牛図」から着想を得て、蔦哲一朗監督が8年もの月日をかけて製作した渾身の作品である。
 十牛図とは何をあらわすのか。十牛図は、禅宗の修行過程を象徴的に描いた十枚の絵と、その詩文・解説からなる一連の図像である。牛は 「心」や「真理」、あるいは「仏性」を象徴し、それを探し、捕まえ、飼いならし、そして超越していく修行者(牧童として描かれる)の精神的な歩みが、十段階に分けて表現されている。 この図に沿って、物語は進んでいく。
 山火事によって住む場所を失った少年(かつて定住生活をせず狩猟によって暮らしていた、山窩だろうか?)が「十牛図」における牧童である。山を下り、老婆に出会い、少しづつ里の暮らしに慣れていく。やがて老婆は亡くなり、また一人ぼっちになった彼は、美しく黒く光る牛を見つける。
 争い、手に入れ、飼い慣らし、愛で、そして労役の友となる。

 狩猟民を演じるのは台湾の名優リー・カンション。彼を説明する上で、もはや「ツァイ・ミンリャン」の名前は要らないだろう。
 ここのところ、ツァイ・ミンリャン作品以外にアメリカ資本の作品や日本の作品にも出演するなど、活動の幅を広げ、多彩な面を見せてくれるようになった彼だが、まさか子ども時代から老いて無になるまでを一人で演じこなすとは驚いた。老婆と暮らしている様、里の踊りに混じって踊る様など愛くるしさすら感じられるほどである。
 基本的にロングショットが多いこの作品で、リー・カンションの顔がアップになると、時の流れが感じられるような気がする。彼は言葉を発することはないが、その身体性が語りかけてくるのだ。
 反面、彼と出会う禅僧(田中泯)が印象的な言葉をつぶやく。言葉を発さない彼の代わりのように。そして、牛の使い道についての助言も行う。牛の使い道とは、ひいては彼自身を導くものである。
 狩猟民は「名前」を持たない。というより、ただの「存在」。ここが「十牛図」と一つ重なる点かもしれない。名前をつけてしまうと、「その者」としての記号づけがなされてしまうのだ。住む場所を失い、自分は何者かであるかも失った彼は、牛を得ることによって初めて「自己」を得るのだが、実はその「自己」も仮初に過ぎない。牛を得て、飼い慣らす過程で、牛と自己が一体化していくのだ。十牛図でいうと、牛を捕え、争うことは、自分を飼い慣らすためのものでもあるのだ。禅僧は、それを見据えていたのだろうか。
 牛と争い、牛を得て、川で丁寧に牛を洗う彼の姿。

 飼い慣らした牛は貸出先で死ぬ。牛の鼻輪といくばくかの金を渡し、馬喰は去っていく。
 孤独な生活がまた始まる。その頃には狩猟民もかなり歳をとっていると思われる。
 彼は、あたかも牛がそこにいるかのような、しかしいないことを受け入れてもいるような変わらぬ表情で、毎日の暮らしを営んでいく。既に彼は、牛と一体化してしまったのかもしれない。また、長い年月が経つ。

 彼が消えゆく描写は不謹慎なユーモアに満ちているのだが、彼が霧の彼方に呑まれていったのち、挿入される描写─70mmフィルムで撮影したと思われる─これは「円環の始まり」なのではないだろうか。遠く、火の手が上がる。爆発とも思える大きさで、火の手が上がる。
「十牛図」は、修行者の悟りに至る行程を、「到達すべき頂点」ではなく、「還るべき原点」として描く。はじめとおわりが円環を描いているのである。
 火の手と牛。「黒の牛」も、火の手から始まった。また、新たな物語が始まる。もしくは、繰り返す。

 なんというスケールの大きな作品であろう。
 そして、何も押しつけるものがない。
 純粋なまでの黒。そして、純粋なまでの白。激しいコントラストながら、ただそっとそこにある、なんという無欲な作品だろう。
 美しい徳島の自然と芸能を織り交ぜながら、水墨画のような光景と、ただそこにある人々の営みの中にある「仏性」を描き出した作品であった。

 さて、劇場を出て世を生きよう。

【映画情報】

『黒の牛』
(2024年/日本=台湾=アメリカ/スタンダード&シネマスコープ/5.1chサラウンド/白黒&カラー/114分)


監督/脚本/編集:蔦 哲一朗
プロデューサー:市山尚三、エリック・ニアリ、黄インイク、アレックス・ロー
撮影監督:青木 穣
脚本:久保寺晃一、上田眞之、熊野桂太
美術:部谷京子
衣装:大塚 満
音楽:坂本龍一
キャスト:リー・カンション、ふくよ(牛)、田中泯、須森隆文、ケイタケイ

公式サイト:https://alfazbetmovie.com/kuronoushi/

画像は ©NIKO NIKO FILM / MOOLIN FILMS / CINEMA INUTILE / CINERIC CREATIVE / FOURIER FILMS

ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿 K`s cinema他 全国公開中

【著者プロフィール】

井河澤智子(いかざわ・ともこ)
茨城県出身。図書館情報大学大学院情報メディア研究科博士前期課程修了。大学図書館司書、某巨大博物館シアターナビゲーターなどを経て、映画を観る活動を始める。
現在はドラッグストア勤務。映画を観る時間の捻出に困っている。