【リレー連載】列島通信★大阪発「東京フィルメックス」で考えた text 江利川 憲

11月は映画祭の季節。関西でも「神戸100年映画祭」「大阪ヨーロッパ映画祭」「宝塚映画祭」などが開催された。私自身は、数年前からハマっている「東京フィルメックス」に足を延ばした。大阪発の通信とは言えないかもしれないが、人も映画も地域を超えて移動するものであり、今回はこの「東京フィルメックス」について書くことをお許しいただきたい。

『三姉妹〜雲南の子』©ALBUM Productions, Chinese Shadows

私が最も強い印象を受けたのは『三姉妹〜雲南の子』(香港・フランス)だった。あの『鉄西区』『鳳鳴—中国の記憶』『無言歌』のワン・ビン監督によるドキュメンタリー。中国雲南省東北部の高地に暮らす10歳・6歳・4歳の三姉妹を描く。なんと、母は家出、父は都会に出稼ぎに出ていて、三姉妹だけで生活しているのだ。近所に伯母家族が住んでいて、そこで食事はさせてもらえるようだが、なんだか肩身が狭そう。主人公は長女・英英(インイン)と言ってよく、家事全般、家畜の世話、妹たちの面倒を見と、ともかく黙々とよく働く。あまり笑わないし、泣かない。彼女がいつも着ている白いジャンパーの背中に、デザインとして「LOVELY DIARY」と刺繍されているのが、なんとも皮肉だ。

家の中は土間で、そこの囲炉裏で煮炊きをするため、三姉妹はいつも土と煤で薄汚れている。風呂はないらしく、小さな桶に湯を入れて手・足・顔を洗うだけ。また、英英は時間を見つけて妹たちの衣服についたシラミ(!)をつぶしてやるのが日課。英英自身、結核ではないかと思われるようなイヤな咳をしている。

映画の後半、父の帰還から三姉妹の運命に大きな変化がもたらされるのだが、それは映画を見ていただくとして(2013年公開予定)、ワン・ビンはこの貧しい中国の僻村の人々に密着して、何を描こうとしたのだろう。私は「生きる」ということだったのではないかと思う。

ただ生命をつなぐためだけのような営み。しかしそこには、生きることの原初の姿があるのではないか。少なくとも私は「明日からしっかり生きなければ」と思ったのであった。

いっぽう、「死」についてのドキュメンタリーとも言えるのが『ひろしま 石内都・遺されたものたち』(日本・アメリカ)だった。監督は『ANPO』のリンダ・ホーグランド。原爆犠牲者たちの遺品を撮影したシリーズ「ひろしま」を発表している写真家・石内都が、カナダ・バンクーバーのMOA(人類学博物館)で大規模な個展を開くまでの1年以上を追っている。

『ひろしま 石内都・遺されたものたち』©NHK / Things Left Behind, LLC 2012

その写真は、原爆で亡くなった人々が身につけていた服、下着、防空頭巾、靴などであり、焼け焦げや体液の痕なども生々しい。ただ同時に、ブラウスの柄やボタン、ドレスの生地、着物の配色などに、あの厳しい時代の中での精一杯のお洒落心が感じられ、まぎれもない生身の一人一人がそこに居たことを強く訴えかけてくる。

きのこ雲でもケロイドでもないそれらの被写体は、ありふれたアプローチではない「ひろしま」への通路であり、いまだに原爆=必要悪との認識が根強い北米の人々に見せるには、結果としてだが、戦略的にも深く考えられた企画展だったと思う。映画の中でも、写真の前に立ち尽くし、じっと見入っている来館者たちの姿が印象的だった。

ところで、ドキュメンタリーとフィクションの境界を越える、あるいは、そこに境界などない、という言説を最近よく耳にするが、そのことを考えさせる作品にも出会った。『庭師』(イラン/モフセン・マフマルバフ監督)、『メコンホテル』(タイ・イギリス・フランス/アピチャッポン・ウィーラセタクン監督)、『おだやかな日常』(日本・アメリカ/内田伸輝監督)の3本。

『庭師』は、約170年前にイランで創設された「バハイ教」をめぐる作品。監督の息子も撮影に参加している。宗教の本質に迫ろうとする父監督と、それを理性的・合理的に捉えようとする息子との行き違い。面白いテーマだが、小さなキャメラを手に走り回る監督と息子の映像もあり、全体にどこか芝居じみていて、公式カタログに《ドキュメンタリー》とあるのを目にするまで、私にはその認識すらなかった。

『メコンホテル』は、メコン川流域の小さなホテルで映画の撮影隊がリハーサルを行なっているという設定。アピチャッポン監督をはじめとするスタッフや俳優が、撮影の合間にさまざまな話をする。その日常会話、とりとめのないおしゃべりが、ドキュメンタリー的に捉えられている。だが、その画面の構図は充分に考え抜かれているようだし、切り取られている会話も、何気ないようでいて、よく計算して配置されているように感じられる。さてこれは、ドキュメンタリーなのかフィクションなのか? 私には、どちらとも言えない。アピチャッポンは、その問い自体を無化する地点に立っているのかもしれない。

『おだやかな日常』は、決定稿までに10稿を要したというから、明らかにフィクションであるが、撮影にあたっては「脚本は忘れて、自分が感じるままに演じてください」と監督から指示があったそうだ。前作『ふゆの獣』に通じる方法論だが、その即興演出が功を奏し、原発事故以後のおだやかに見えて不穏な日常を、確かなリアリティーをもって描き出していると思う。

『おだやかな日常』© odayaka film partners

乱暴な結論を言ってしまえば、ドキュメンタリーであれフィクションであれ、そこに「真実(と思われるもの)」が描かれていればいいのではないか。

その他、私のおすすめは『ティエダンのラブソング』(中国/ハオ・ジェ監督)、『エピローグ』(イスラエル/アミール・マノール監督)、『514号室』(イスラエル/シャロン・バルズィヴ監督)、『記憶が私を見る』(中国/ソン・ファン監督)といったところ。どこかで上映される機会がありましたら、チェックしてみてください。

※ 画像提供:東京フィルメックス事務局
※ 東京フィルメックスHP:http://filmex.net/2012/

【作品情報】

『三姉妹~雲南の子』 Three Sisters 
香港、フランス / 2012 / 153分 
監督:ワン・ビン
配給:ムヴィオラ
※2013年初夏、渋谷・シアタイメージフォーラムより順次公開予定

『ひろしま 石内都・遺されたものたち』 Things Left Behind
日本、アメリカ / 2012 / 80分 
監督:リンダ・ホーグランド
配給:NHKエンタープライズ
※ 2013年夏、神保町・岩波ホールより順次公開予定
 
『おだやかな日常』 Odayaka  
日本、アメリカ / 2012 / 102分 
監督:内田伸輝
配給:和エンタテインメント
※  12/22より東京・ユーロスペース/大阪・シネ・ヌーヴォーほかで公開

【執筆者情報】

江利川 憲(えりかわ・けん)
フリー編集者、市民映画館「シネ・ヌーヴォ」代表取締役、NPO法人「コミュニティシネマ大阪」理事。来年3月に開催される「第8回大阪アジアン映画祭」の準備が始まっている。予算が数百万減った中での取り組みになる。聞けば、東京国際映画祭も東京フィルメックスも予算減だったという。どちらを向いても、いい話はない。せめて今度の選挙で、いい風を吹かせたいのだが……。