【Review】「ひっくりかえる展」 text 成澤智美


アート集団「Chim↑Pom」がキュレーションする展覧会「ひっくりかえる展」。この展覧会には、世界を代表する4組のアーティヴィスト(アート+アクティヴィスト)とも呼べる者たちとそれに続く5組のグループの作品が一堂に会する。娯楽や消費されるアートとは一線を画す作品が集っている。

 展覧会をキュレーションするChim↑Pomは、エリイ、卯城竜太、林靖高、水野俊紀、岡田将孝、稲岡求によるアート集団である。「目の前の現実」が孕んだ問題や暗部に向き合い、全力で介入した社会的メッセージの強い作品で評価を得ている。その行為は時として過激で、テレビ番組や雑誌に取り上げられることも多いため、その存在を知っている人も多いだろう。最近では、3.11の数日後、渋谷駅の「明日の神話」に原発の風刺画を付け足したパフォーマンスが有名だ。Chim↑Pomは何をしでかすかわからない怖さと面白さの両面を持ったグループである。

 今回の展覧会にしても、Chim↑Pomが何をしでかそうとしているのかわからぬまま、ワタリウム美術館のエレベーターに乗り込んだ。2階から4階にわたる展示を下から上にのぼりつつ順々に回る。中核をなす「Chim↑Pom」、「JR」、「VOINA」、「Adbusters」の4組の作品に加え、「指差し作業員」を含む5組の作品が展示されている。この9組に共通するのは、Chim↑Pom と同じ地平に立つアーティヴィストたちであるという点である。

 アーティヴィスト、それは、アートを武器に、現代の不条理と戦う者たちである。私たちが生きる「今」の世界に対して直接的に介入することで生み出される作品は、彼らの活動の記録であるとともに、現代の社会的・政治的問題だけでなく、それに対する私たちの姿を映す鏡のようなものである。

 パリとN.Yを拠点に活動する「JR」の作品は、強く胸に迫るものがある。JRは弾圧や貧困、差別のもとで暮らす人々を撮影し、その写真を現地の人たちと壁に貼るプロジェクトを世界各地で展開している。JRたちが写真を壁に貼る様子と壁に貼られた写真を撮影した映像は、そこに生きる人間の強かさを感じるとともに、ニュースでは知ることのないそこにある問題のありのままの姿と、私にはどうしようもないように思える現実を見せつける。そして、「どうしようもないから何もしない」という私の無関心に近い態度をまざまざと感じさせるのである。これは、他のグループの作品にしても同じことが言える。もちろん、Chim↑Pomが大きく取り上げる「原発」の問題についても。アーティヴィストたちが、全力で社会や政治、権力という目に見えないものに介入しようとする姿、そして、そこから生み出される作品は、「無関心な自分」を浮き彫りにしてしまう。

 アーティヴィストは私たちが社会や政治に無関心であるように装うことに徹底的に反応し、手を変え品を変え、過激に声を上げる。アーティストたちがこれまでとは違った直接的な方法によって、現代社会や現実の生活、公共の場所に、リアルタイムでズカズカと土足で踏み込むようになってきたのである。この展覧会で扱われている多くの作品は、どこかそんな暴力性や攻撃性も感じられる。

 特に、ロシアの「VOINA(ヴォイナ)」というグループの作品はその極みであるといってもいいだろう。「VOINA」とはロシア語で「戦争」を意味し、ロシア政権や警察、資本家を敵視し、ハチャメチャな(時に逮捕者が出るほどの)パフォーマンスを見せてくれる。この展覧会で展示されている1枚の写真について触れたい。モスクワの生物博物館の展示室内で5組のカップルが集団性交している。そして「後継者のためのファックーメドベージェフの小熊!」と書かれた横断幕が警察官の恰好をした男たちによって掲げられる。これは、メドベージェフ当選の2日前に行われたパフォーマンスの一場面を写真に収めたものである。その内容もさることながら、公共の場でそのようなパフォーマンスを行うこと、そして、それが、VOINAが募った一般の市民によって行われたということがなによりも強い破壊力をもっている。どこか気持ち悪さとともに強烈に記憶に残るそれは、現実の秩序とアートの危ういライン上に乗っかっている。そんな内容とコンセプトに反し、VOINAは、全体をユーモラスな一場面として写真に収める。それは、作りこまれた映画の一場面みたいである。痛々しさや、単なる過激な行動に終始させない。それ故に、作品として見ることが可能になるのである。まさに、彼らは、アートを武器に戦争しているのである。

 最後に、この「ひっくりかえる展」は展覧会丸ごとを一つの作品にしようとするChim↑Pomの一貫した意図によって構成されている。この作品は、むやみに嫌悪感をあおったり、何かを啓発しようとしたりするものでは決してない。この作品の根底にあるものは、まぎれもなく「挑発」である。アーティヴィストたちの作品に対し、どう反応を示すか、それらをどう受け入れるのか。鑑賞者は、アートの側から試されているのである。この展覧会の作品がすべて好意的なものであるとは言えない。しかし、アーティヴィストたちが伝えるメッセージの集合は、私たちに強い希望と微かな勇気をも与えてくれる。今後、リアルタイムで変化し続けるアーティヴィストたちの姿から目を離すことはますますできなくなるだろう。

 

「ひっくりかえる展」
ワタリウム美術館 2012年4月1日~7月8日
公式サイト

【執筆者プロフィール】成澤智美 なりさわ・ともみ 1987年生まれ。立教大学大学院現代心理学研究科修士課程在籍(映像身体学)。主に現代美術のフィールドで活動中。ビデオアートの制作、執筆活動の傍ら、アートキュレーショングループ『FLOR』の一員として、展示やzineのディレクションを行っている。