【Report】全州国際映画祭で観たドキュメンタリー作品 text 岩鼻通明

OLYMPUS DIGITAL CAMERA今年も全州国際映画祭に参加してきた。4月24日の夜にソウルへ到着。翌25日は、あのヤン・イクチュン監督の『息もできない』の独立映画動員記録を塗り替えたという劇映画『チスル』(済州島方言で「じゃがいも」の意味)を鑑賞。韓国独立直後に軍事弾圧が行われた済州島の悲劇を描いた作品だが、日本人にはハードルが高いように感じられた。

夕方の高速バスで全州へ移動し、開幕レセプションに出席して、翌日から、ひたすら映画鑑賞に浸った。全州国際映画祭は、日本のゴールデンウイーク期間中に開催されるので、長期間の休みがとりやすいこともあって、もう10年以上も連続して毎年参加してきた。もっとも、最初の数年は韓国国内を旅したついでに立ち寄った程度で、しっかり見始めたのは2006年ころからだった。

この映画祭は、2000年に始まり、釜山やプチョンに比べると歴史は浅いが、8万人余りの観客を集める韓国第2の映画祭に成長した。今年の映画祭では、短編を含めて319本の作品が上映され、うち45本がワールド・プレミアとのことだった。

さて、今回に鑑賞することができた韓国ドキュメンタリー映画は6本で、全部で7作品が上映されたのだが、最終日は体調不良で1本の鑑賞(韓国の音楽系ドキュメンタリーであるチョン・ヨンテク監督作品『51+』)を断念した。それ以外に日本に関連する3本のドキュメンタリー作品を鑑賞することができたので、まとめて文末で紹介したい。

(なお、韓国とメキシコの合作映画であるイム・ウニ監督の『おばあちゃんマンボ』は、韓国からメキシコへ移民した女性監督が、一人暮らしのおばあちゃんを被写体に、いきなり娘から赤ん坊を預けられて困惑する姿を描いた作品だが、俳優を起用したフェイク・ドキュメンタリーとのことで、簡単に紹介するにとどめたい)

今回の映画祭で、最初に鑑賞した韓国ドキュメンタリーはパク・ムンチル監督の作品『マイ・プレイス』で、カナダへ移民した韓国人の一家が韓国に帰国した姿を描いた内容であり、とりわけ監督の妹が被写体の中心人物となっている。彼女だけが、韓国になじめず、シングルマザーになったことから、海外生活が長いにもかかわらず儒教的倫理観が抜けない父親との対立が深まるのだが、それが赤ちゃんの誕生と成長にともない、克服されていく表現は感動的であった。前稿でも紹介した山形大学人文学部編のブックレット「異郷と同胞 日本と韓国のマイノリティー」(http://www-h.yamagata-u.ac.jp/~matumoto/ydfl_s.htm)に収録された拙稿では、韓国人の海外移民の問題を取り上げたが、そのテーマではドキュメンタリーを含めて、数多くの映像が制作されてきた。それとは逆の視点で、海外から帰国した韓国人一家の姿を対象にした作品は、たいへん興味深いものがあった。ちなみに、この作品は韓国映画コンペ部門で、ドキュメンタリーとして唯一の観客賞を受賞した。

『my place』

『my place』

続いての鑑賞は『再生の週日』と題する韓国ドキュメンタリー作品で、かつて商業映画を監督し、今は大学の映画学科で教えるファン・ギュドク監督のセルフ・ドキュメンタリーだが、その学生に見せるのも恥ずかしくなるような、お粗末な出来で、ただ手作りの家をひたすら建てるだけのストーリーにすぎない。どうして、このような低次元の作品が映画祭上映に選ばれたのかは不明であるが、今回の映画祭は第1回以来の執行委員長が交代し、プログラマーも総替えになったようで、その影響が出たのかもしれない。監督の2007年の作品『永遠の魂』(韓国公開タイトルは『星の光の中へ』)はプチョン国際ファンタスティック映画祭の開幕作に選ばれたほどなのに、この体たらくは何ということなのだろうか。

そして、韓国ドキュメンタリーのパク・キヨン監督作品『カリボン』を鑑賞。カリボンは、ソウル市内南部の地名で、外国人労働者、とりわけ中国朝鮮族の人々が集住する地区であり、彼らの姿を淡々と描いた内容で、とくにストーリー性はない。2001年夏の訪韓時に、この地区を訪ね歩いたことがあったが、この地区に朝鮮族が住むようになって、10年余りが過ぎ、いわば日常的な風景になじんできたことを感じさせる映像だった。なお、監督の処女作である劇映画『モーテル・カクタス』は撮影監督にクリストファー・ドイルを起用した1997年の作品であるが、その特徴ある色調が懐かしく思い出された。

ちなみに、今年の全州映画祭の目玉企画である「デジタル三人三色」は、小林政弘監督、エドウィン監督、チャン・リュ監督と、日本になじみの深い3人の監督の競作となったが、この中でチャン・リュ監督の作品『風景』は、同じ場所に暮らすイスラム系労働者の姿を描いたもので、共通性を感じさせる内容であった。

次に韓国ドキュメンタリーのキム・ジゴン監督作品『おばあちゃん セメント庭園』を鑑賞。釜山の近郊住宅地が再開発で移転させられる光景を描いたもので、かつてソウルで繰り広げられたような激しい住民の抵抗運動などはみられず、淡々と老婆の日常を描いた内容であった。ラストでおばあちゃんの家と庭園が更地になったシーンには、監督の万感がこもっているように思われた。この作品の前編に相当する映画が、昨年の福岡インディペンデント映画祭で上映されたそうで、前編を見ていないと、理解しづらいところもあったようだ。

韓国ドキュメンタリーのペク・スンウ監督作品『天安艦プロジェクト』は、北朝鮮潜水艦の魚雷攻撃で軍事境界線付近の海上で沈没したとされる韓国海軍の哨戒艇「天安」の事件の真相を探り出そうとする内容で、多くの専門家による北朝鮮の魚雷攻撃を否定する証言から構成されている。この全州は全羅北道の道庁所在地で、全羅道は金大中元大統領の出身地であり、民主化勢力が伝統的に強固な地盤を有してきた背景から、このような作品が上映されたものと想定される。ただ、日本人観客として事件の真相は依然として不明であるように感じられた。

『語る建築:シティホール』は、かつて劇映画『子猫をお願い』で好評を得た女性監督チョン・ジェウンの手によるドキュメンタリー作品であり、昨年のJPM(チョンジュ・プロジェクト・マーケット)のドキュメンタリー・ピッチング部門のグランプリを受賞し、1年後の映画祭での上映となった。新しいソウル市庁舎の建築設計をめぐるストーリーで、構想が二転三転し、ようやくコンペで最終案が決定したものの、建築家と建設企業との間で生じた摩擦などを、関係者からのインタビューを通して、工事の進行状況を重ね合わせて描いた佳作だった。今度、ソウルを訪れた際には、新しい市庁舎をぜひ見学したくなった。

チョン・ジウン監督の舞台挨拶

チョン・ジウン監督の舞台挨拶

今回の映画祭で韓国ドキュメンタリー作品を観て、昨今の韓国で「民主化」という言葉がマイナスイメージとして用いられることがある、という報道を思い起こした。ドキュメンタリーにおいても、かつての運動圏映画にみられたような民主化運動を直接的に描いたような手法ではなく、一定の距離を置いて表現する作品が増えてきたように感じられる。『マイ・プレイス』にみられるように、家族の姿を客観的に描いたり、『カリボン』のように第三者的視点から淡々と描いたり、また『語る建築』の場合は巨大建築物を通して人々の混乱を描いたりといった視点の多様化を実感した。

さて、日本に関わるドキュメンタリーの1本は松江哲明監督作品『フラッシュバックメモリーズ3D』で、上映後に広場でのシネトークと出演者のGOMA氏のライブ・コンサートが行われた。GOMA氏の演奏するオーストラリアン・アボリジニの楽器ディジュリドゥが、スイスのアルプホルンのような細長い管楽器であり、この動きが3D映像で巧みに描かれており、この映画の魅力を堪能することができた。上映会場の観客は残念ながら、あまり多くはなかったが、夕暮れ時の映画祭広場には多くの人々が集まって熱気にあふれており、その中で監督トークとライブが行われたことは、すばらしい企画であったといえよう。映画史上最少予算の3D映画という松江監督の語りが印象に残った。GOMA氏のライブでは、アンコールの伴奏がiPhoneによるものであり、まさに21世紀的ライブであった。なお、この作品はコンペの対象外だったが、めでたくネット・パック賞(最優秀アジア映画賞)を受賞した。

『GOMA氏のライブ』

『GOMA氏のライブ』

ちなみに、この映画中のGOMA氏ライブの撮影は2011年10月で、前回の山形国際ドキュメンタリー映画祭の直前であった。上映時に気づいたのだが、実は前回の山形で、松江監督をお招きして、シンポジウムを実施した(http://blog.goo.ne.jp/imichiaki の拙ブログで概要を紹介)。その際に次回作についてもお聞きしたのだったが、その直後の東京国際映画祭で上映された『トーキョードリフター』への言及にとどまり、この作品の撮影を知ることができなかったのは残念だった。

それに加え、東日本大震災に関わる2本のドキュメンタリー映画を鑑賞する機会に恵まれたので、これらについても言及したい。『静かなる訪問者達』は、ベルギーの若手であるエロン・ヴァン・デストック監督によるドキュメンタリーで、監督夫人が日本人であったことから、いろいろと内幕をおうかがいすることができた。本来的には、いわゆる廃墟マニアを対象に描いた作品であり、撮影の過程で東日本大震災が起こったことから、震災の数か月後に被災地を訪問して撮影したとのことであった。浅間山の火山博物館や松本の朝鮮学校などの廃墟を舞台に、廃墟マニアの世界を描き出した視線はユニークである。ただ、エロチックな場面などが出てきたりと、日本で上映されれば、批判的な見解が出てくることは避けがたいかもしれない。

さらに、『水仙の花咲く桂島』は、山形国際ドキュメンタリー映画祭の常連であるアメリカ・シカゴ生まれのジョン・ジョスト監督の作品で、上映後のトークによれば(英語と韓国語のために聞き間違いが散見するかもしれない)、2011年の山形国際ドキュメンタリー映画祭に参加した際に、ゲスト同士の会話や震災特集上映などから刺激を受けて、その後ただちに東京へ戻り、通訳を同行して宮城県塩竈市の被災地へ向かって、1日半で撮影したものであるという。7名の被災者から、それぞれ10分づつインタビューした映像をまとめたもので、断舎利を説く老婆と津波に呑まれながらも生還した男性の語りは迫力に満ちていた。監督は2007年から2011年まで韓国ソウルの延世大学で教壇に立っていたそうで、タイトルの水仙の花咲く季節に再度の撮影に被災地を訪問して、ラスト・シーンにしてほしかったものである。

最後に、全州プロジェクト・マーケットに触れておきたい。この企画は今回で第5回を迎えたが、第1回の審査委員長はキネマ旬報社の掛尾良夫氏が務められた。この企画の中でも、全州プロジェクト・プロモーションは劇映画およびドキュメンタリー映画の双方で、これから制作にかかる作品のピッチングのプレゼンテーションが行われ、グランプリには映画祭から1千万ウォンのプレ・プロダクション経費、全州フィルム・コミッションから制作サポートとして50%割引クーポンが支給、全州IT&CTインダストリー・プロモーション・エージェンシーからポスト・プロダクションのサポートとして50%割引クーポンが支給、FURUMO DTからの支援として英語字幕のサポートが行われ、全州国際映画祭での上映権も与えられる。

また、観客賞として、全州IT&CTインダストリー・プロモーション・エージェンシーからポスト・プロダクションの支援金1千万ウォンが支給される。残念ながら、今回の受賞作は時間の関係でピッチングを聞くことはできなかったが、来年の映画祭での上映を期待したい。

松江哲明監督トーク

松江哲明監督トーク

 [付記]昨年の釜山国際映画祭についての拙文に続いて、佐藤寛朗さん、およびチョン・ジェウン監督の写真もご提供いただいたSARUさんから、今回も多大のご助言をいただいたことを明記して、感謝したい。

【全州映画祭公式HP】
2013年4月25日〜5月3日開催
http://eng.jiff.or.kr/ 

【執筆者プロフィール】
岩鼻 通明 いわはな・みちあき
1953年大阪府生まれ、山形大学農学部教授、専門分野は人文地理学、韓国渡航歴は50回余、日本の山岳信仰研究からスタートして、韓国の民俗文化研究を進めるうちに韓国映画の魅力にとりつかれる。著書『韓国・伝統文化のたび』ナカニシヤ出版、

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