【Report】釜山国際映画祭で韓国ドキュメンタリー映画を見た text 岩鼻通明

釜山映画祭のメイン会場『映画の殿堂』4000人を収容する(撮影:岩鼻通明)

10月7日の夜に釜山に着き、12日まで釜山国際映画祭で韓国映画を中心に鑑賞した。

最初にこの映画祭に参加したのは、2003年の山形国際ドキュメンタリー映画祭(以下では山ドキュと略す)で、キム・ドンホ執行委員長にお会いできたのが縁となった。この年は山ドキュ開幕前に釜山国際映画祭は終わっており、キム・ドンホ委員長とドキュメンタリー部門のプログラム・ディレクターであるホン・ヒョスク氏が山形にお越しになった。

ある夜に香味庵(夜10時からオープンする山ドキュの交流会場)で「私は韓国人です」と話しておられた方に韓国語で話しかけたら、なんと、その方がキム・ドンホ委員長だった。その年の12月に韓国に3週間ほど滞在した折に、当時はソウル市立博物館の脇にあった映画祭ソウル事務所におうかがいした縁で、翌2004年10月に初めて釜山国際映画祭に参加することができた。

もっとも、それ以降は山形と釜山の日程が完全に重なる形で実施されているために、山ドキュの開催年には釜山に行くことができなくなってしまった。噂では、この日程の重複は欧米からの遠来の映画人が山形と釜山の双方の映画祭を体験できるようにとの配慮らしい。

さて、今回の映画祭では、6本の韓国ドキュメンタリーが上映されたが、そのうちの5本を鑑賞することができた。ただ、映画祭の後半からの参加であったために、監督のGVがある回での鑑賞はできなかったので、質疑応答を聞くことができなかったのは残念だった。

最初に鑑賞したのは、コンペの対象外である『カン船長』(ウォン・ホヨン監督)で、身体障害者の漁船の船長を主人公に描いた作品だった。主人公は港(おそらくは釜山港)の荷役労働者だったが、クレーンの事故で両足を失ったことから、故郷(おそらくは釜山近郊の慶尚南道の沿岸)で漁船の船長となった。これまで漁業を扱ったドキュメンタリーを見たことがなかったので、網をあげて大量の魚介類が漁獲されるシーンや、港の魚市場のシーンなどは日本と共通する部分も多い中で、韓国人の魚介類の好みも示されていて、新鮮な表現に感じられた。

ただ、主人公は活動できない部分も多いことから、野球に熱意を抱いていた息子を後継者として漁業に巻き込んでしまったことを大いに後悔していた。バッティングセンターでの打撃を見た限りでは、さほどの才能ではないようにみえたのではあるのだが・・・。

昨秋の山ドキュにあわせて刊行した、フィルムライブラリーを紹介する山形大学人文学部編のブックレット『異郷と同胞 日本と韓国のマイノリティー』(http://www-h.yamagata-u.ac.jp/~matumoto/ydfl_s.htm)に収録された拙稿で、障碍者を描いた韓国ドキュメンタリー作品を取り上げたのであったが、この作品は、その系譜につながる良質のドキュメンタリーといえよう。
 
ついで、カン・ソクピル監督の作品『踊る森』を鑑賞。昨年春の全州国際映画祭のドキュメンタリー・ピッチングで、監督夫人のホン・ヒョンスク氏(この作品のプロデューサー)が発表して、グランプリを受賞した。上述のブックレットで、彼女の作品『境界都市』を紹介した写真が、まさにその時のものである。全州国際映画祭の全州プロジェクト・マーケットは、2009年から始まり、これから制作する映画について監督ないしプロデューサーがプレゼンを行って、審査の結果、優秀作品には制作ファンドが贈られるという企画であり、ドキュメンタリー・ピッチングのグランプリには、500万ウォン(約35万円)が贈られる。

『踊る森』

それから1年半後に完成して上映された作品は、まさに韓国ドキュメンタリーの王道をいく内容といえる。ソウル市内の森を開発から守るべく、住民たちが一致団結する物語で、子供たちが森で遊ぶ場面や、開発業者の工事を体をはって阻止しようとする住民たちの姿は迫力がある。

昨春の全州で、この作品のプレゼンを見た時には、おもしろい作品になりそうだと感じたのだが、仕上がった作品には、いまひとつ伝統的描写を超えるものが感じられなかった。ベテラン監督によるオーソドックスなドキュメンタリーではあるのだが、いささか革新的な要素には欠けるように思われた。

『不安』

その一方で、韓国のアパレル業界を描いたドキュメンタリー『不安』(ミン・ファンギ監督)は若い力に満ちていて、興味をひかれるものがあった。ベンチャー企業として、アパレル会社を数人の若者で立ち上げて、倒産の危機に瀕したりしながら、成功へと至る過程を数年にわたり追い続けた映像に圧倒された。

とりわけ、伝統的な家内工業的縫製工場で製品が加工される描写などは、韓国のベンチャー・ビジネスと在来工業との結合から、新たなファッション文化が生み出されていることを知った。ソウルの東大門市場で販売されるニュー・ファッションは、周囲に散在する古くからの縫製工場で生産されているのであり、そのデザインはベンチャー・ビジネスにゆだねられているのが現代のソウルの商工業コンプレックスの実態なのである。

さらに、ドキュメンタリー映画『蜘蛛の土地』(英語タイトルは『義務の旅』)を鑑賞。2009年の山ドキュで上映された『アメリカ通り』で小川紳介賞を獲得したキム・ドンリョン監督ともう一人のパク・キョンテ監督の共同作品だ。釜山国際映画祭やKOFIC(韓国映画振興委員会)およびDMZ韓国国際ドキュメンタリー映画祭などから、いくつものファンドを受けて制作したものだが、はっきり言ってファンドをもらって好きなようにつくってしまった悪しき事例と言わざるをえない。

前半は詩的に描かれ、後半にようやく語りが入ってくるのだが、2時間20分はいかにも長きにすぎ、映画祭上映時には半分あたり以降で退席者が続出した。2時間以内に編集することは十分可能であるように思えたので、これも監督たちのミスリードであろう。テーマは前作『アメリカ通り』を踏襲したもので、その説明も前半では不十分なのだから、観客の関心をひきつけられないのは当然かもしれない。

その『アメリカ通り』は、2009年の山ドキュでは、上映時よりも、サブで監督インタビューを担当した際のほうが、スリリングな経験をしたことが印象深い(http://www.yidff.jp/interviews/2009/09i060.html)。インタビューが終わりかけた頃に、私の「撮影はたいへんだったのでしょうか?」という質問で監督のスイッチが入り、滔々と話し始めたことがいまだに鮮明に思い出される。

『アメリカ通り』は、いわば現役の基地村(米軍基地に隣接する飲食街)で働く女性たちを主人公とした作品だったが、今回の作品は老いた女性たちが主役で、その分、しっかり時間をかけて撮影が行われてはいるのだが、いささか焦点がぼやけてしまった感は否めない。

冒頭の風景に金網で区切られた空間が映し出されるので、軍事境界線の付近だとはわかるのではあるが、ラストでようやく近代化されたパジュ(軍事境界線のすぐ南側にあり、イムジン江を渡ると板門店に至る)の町の姿が描かれて初めて、撮影場所が明らかになるのは遅きにすぎるのではなかろうか。

『ウェラン トレイ』

さて、映画祭で最後に鑑賞したのはドキュメンタリー映画『ウェラン トレイ』だった。2005年の山ドキュで上映された日韓共同ドキュメンタリー『あんにょん・サヨナラ』の 共同監督であるキム・テイル監督の作品だ。先のキム・ドンリョン監督作品と対照的で、素手でカンボジアの農村に一家4人で入り込み(たぶん、カメラマンは同行)、撮影を決行したものだ。どうやら、現地に入ってから、撮影を承諾してくれるホスト・ファミリーを探し出したらしい。

近代化が急速に進んでいるカンボジアで、農村の草葺屋根に住み、焼畑農業を営む一家の暮らしをリアルに描いた内容は、いましか撮れない内容であるといえ、すばらしい仕上がりといえよう。この一家の両親は近代化された集落の屋敷に住んでおり、そこには間もなく電気が届くのだそうで、伝統的農業に加えて、外国人観光客を象に乗せてガイドすることで生計を営む一家の生活が近代化する日はほど遠くないと思われる。

監督はカンボジア人の一家の生活のみならず、自らの家族の姿もさりげなく撮影していて、監督の長男が「この父親の息子であるのはたいへんだ」とぼやく場面や監督夫人が、なにげに釜山映画祭のTシャツを着ているところなどはおもしろかった。

なお、最初の『カン船長』は、ドキュメンタリー・ショーケース部門での上映であったが、残りの4作品はいずれもコンペ部門の10作品に含まれるものであった。

結果として、メセナ賞に選ばれた2作品のうちのひとつが『不安』であり、メセナ賞のスペシャル・メンションを受けたのが『ウェラン トレイ』であった。私見からしても、伝統的な表現よりもむしろ、企画や着想の斬新さが評価されたものと思われ、順当な結果であったといえよう。以上で、今年の釜山国際映画祭での韓国ドキュメンタリー映画鑑賞記を終えたい。

『映画の殿堂』に隣接する巨大な『新世界百貨店』。ドキュメンタリー映画の多くは、併設のシネコン『CGVシネマ』にて上映された。

【編者注】2012釜山映画祭におけるドキュメンタリー映画

短編及びアニメーション、ドキュメンタリーを扱う「ワイドアングル」部門 で計26本を上映。最優秀作品に賞金1000万ウォン(約100万円)が贈られる『BIFFメセナ賞』対象のコンペティションは10作品。日本からは『100万回生きたねこ』(小谷忠典監督・12月公開)が選出。他にはソーラブ・サーランギ監督(『ビラルの世界』)の新作『CHER…the No-Man’s Island』など。

一方、ショーケース部門では想田和弘監督『演劇1』『演劇2』(公開中)、河瀨直美監督『塵』(公開準備中)、ワン・ビン監督『三姉妹〜雲南の子』(11/24 東京フィルメックスにて上映)、イマード・ブルナート監督『壊された5つのカメラ』(公開中)など16作品が上映された。

※釜山映画祭公式サイト: http://www.biff.kr/structure/eng/default.asp(韓国語・英語)

 

【執筆者プロフィール】

岩鼻 通明 いわはな・みちあき

1953年大阪府生まれ、山形大学農学部教授、専門分野は人文地理学、韓国渡航歴は50回余、日本の山岳信仰研究からスタートして、韓国の民俗文化研究を進めるうちに韓国映画の魅力にとりつかれる。著書『韓国・伝統文化のたび』ナカニシヤ出版、2008年など。