【Review】センセーショナリズムから遠く離れて 人間に寄り添うこと『61 ha 絆』text 杉本穂高

メディアがマイノリティを描くときには特段の神経を使う。いや、それを生業としているプロだけでなく僕ら一般人でさえも普段日常的にマイノリティの方々と接する際にも僕らはどう接するべきか悩むことは多々ある。

このドキュメンタリー映画『61ha 絆』は瀬戸内海の孤島にある国立ハンセン病療養所、大島青松園に暮らす1組の夫婦を追った作品だ。

この作品は、ハンセン病にまつわる重い歴史や差別よりも、ハンセン病と認定され10代でこの療養所に「収容」された東條高さんと東條康江さん夫婦の愛ある生活にフォーカスを当てている。

瀬戸内海に浮かぶ孤島である大島。香川県の高松市に属するこの小さな島は面積1万平方メートルにも満たないこの小さな島にはハンセン病療養所、大島青松園がある。1909年(明治42年)に設立されたこの療養所にはらい予防法が廃止された今でも100近くの人が入居している。

この療養所に暮らす夫婦、東條高さん(78歳)と東條康江さん(75歳)はそれぞれ10代の時にこの療養所に連れて来られ、それ以来何十年もこの島で暮らしている。

夫の高さんは、農業を趣味としていて、トマトやキュウリなど様々な野菜を育てている。妻の康江さんの趣味は短歌を詠むこと。普段の生活で感じることを歌にして詠むのだ。それから2人にはカラオケという共通の趣味もある。

リハビリや転倒防止のための足の指のワセリンなど、日常生活における些細な苦労もにじみ出るが、それよりも印象的なのは2人の愛ある生活だ。失明して義眼を着用している康江さんをいつもやさしくエスコートする高さん。料理をするのも高さんだ。そんな高さんへの感謝の気持ちを康江さんは折に触れて歌にして伝える。

東條さん夫妻はこの療養所で出会い、協力しあいながら生きてきた。康江さんが目が見えないということもあるが、2人はいつも仲睦まじく寄り添って出かけるのだ。

冒頭、2人がカラオケの練習をしているシーンから始まるこの映画。一番の見所となるのは熊本の療養所で開催されるカラオケ交歓会だ。高さんも康江さんもオシャレに決めてこの晴れ舞台で歌を披露する。高さんは白のスーツをパリッと着こなし、康江さんは化粧してもらうことに喜びを感じる。

二人の記念写真の嬉しそうな顔はこの映画の中でもハイライトの1つだろう。

化粧をし、オシャレになって喜び、夫と晴れの舞台に手を振るその姿は、ハンセン病がどうとかいうメッセージは特に無い。ここに映っている人は、僕らと特に変わるところのない普通の人間だという感覚を強くさせる。
ここに映っているのはただただ人間である。

マイノリティを扱う作品に、無意識にまたは意識的に観客は「何か」を期待する。それはたとえば被差別部落問題であれば、いかに部落出身であることが社会の中でうける差別の激烈さであったりするだろう。LGBT(同性愛者、両性愛者、性転換者をまとめた呼称)であれば、彼ら/彼女らがいかに世間で好奇の目の中で生きているかということであったり、「普通」と違うことへの葛藤であったりと、そういう世間一般の人間の持たない悩みや苦しみが描かれていることを期待してしまう。

 マイノリティの物語には、普通の人生にはない強度を観客は期待してしまう。大抵の作品はそうした強度を充てにして制作されているのも事実だ。

この作品は、ハンセン病患者の「隔離場所」であった島を舞台にしていながら、そうした強度の誘惑に負けずに2人のささやかな日常を描き続ける。差別や隔離の歴史に全く触れていない訳ではないが、それらは背景要因として登場するに留まり、歌とカラオケと農作業とやさしいエスコートの姿の方が重要なものとして捉えられている。

そうした僕らと何ら変わることのない人々が事実として療養所に隔離され、差別受けていた。そのことを声高にこの映画は叫ばず、2人の愛を遠巻きに見つめる。そうした2人の「普通さ」がむしろ隔離政策と差別に苦しんだきた人々の悲劇を逆説的に伝える。

抑圧されたマイノリティの問題を社会に好奇の目によるセンセーショナリズムに頼らずどう伝えていくべきか。この映画の抑制された静かな語り口は一つの答えになり得るのではないだろうか。

※写真はすべて ©2011年「61ha絆」製作委員会

【作品情報】

『61ha(ヘクタール) 絆』
2011年/カラー/16:9/ステレオ/97分

監督・脚本:野澤和之(『ハルコ』『マリアのへそ』)
プロデューサー:中村孝
脚本協力:さらだたまこ
撮影:堀田泰寛(J.S.C.)
音楽:KAZZ 
製作・配給:インタナシヨナル映画株式会社
公式サイト:http://www.impc.jp/61ha/

【上映情報】

11/24(土)より渋谷・アップリンクにて上映

【執筆者プロフィール】

杉本穂高 すぎもと・ほたか
ブロガー。映画、テレビ、オンデマンドなど、映像というオールドメディアのビジネスがインターネットの発展とともにどう変わっていくかを日々追いかけています。映画レビュー、映像ビジネスモデル、著作権に関する記事多数。言論サイトBLOGOSにも参加中。

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