2年前、女優・林由美香との壮絶な関係をドキュメンタリー映画『監督失格』に描いた平野勝之。彼のフィルモグラフィーを遡る特集上映が今週末、渋谷・アップリンクで開催される。
映像作家・平野勝之の印象は、彼の作品と出会った時期によって大きく異なるのかもしれない。歴史のみを辿れば、80年代では「ぴあフィルムフェスティバルに連続入選を果たした鬼才」であり、90年代前半には型破りな「抜けないAV」を量産したAV監督であり、さらに90 年代後半の3部作『由美香』『流れ者図鑑』『白 -THE WHITE-』で、セルフ・ドキュメンタリーの極みを目指した映像作家、とも言える。この変化を貫くのは「ジャンルを問わない器用な表現者」として平野の姿なのか、それとも平野勝之臭(?)とも言うべき強烈な作家性なのか。その作家性がドキュメンタリー性を帯びる(ことが多い)のはなぜなのか?いずれにしても、普段なかなか並ぶ機会のない彼の作品群を縦軸で見る、絶好の機会である。
本稿は、平野作品を敬愛してやまない映像作家・佐藤健人が、友人の映像作家・安田哲と共に今回の特集の見どころを語った対談形式の寄稿です。なお文中に、一部過激な表現が頻出しますが、作品の性質上、ご了承のうえお読み下さい。(neoneo編集室・佐藤寛朗)
佐安対談 第一回『平野勝之鬼畜大特集』
安田「佐安対談の記念すべき第一回目なんですが、さて、何について語り合いましょうか?」
佐藤「それはもう決まってるでしょう。今回のテーマは平野勝之監督ですよ。なんてったって、8月17日からアップリンクで『平野勝之鬼畜大特集』が行われるんですから。これはもう、ほとんど事件ですよ。あんな鬼畜で不謹慎な作品がアップリンクで上映されるなんて」
安田「平野監督について語らせたら佐藤さんの右に出る者はいませんからね……。それじゃあ、僕は今回は聞き役に徹しさせてもらいます」
佐藤「何言ってるんですか。安田さんも散々僕と一緒に平野作品を見てきた(※1)じゃないですか。一緒に頼みますよ」
こんなにヤバい作品があるッ!!
安田「『鬼畜大特集』のラインナップには見ていない作品も多いので、僕がとやかくいうのもアレかな、と思いまして……。ちなみに、上映作品の中で気になっているのは『水戸拷問2狂気の選択【完全版】』(97)ですね」
佐藤「あまりに悲惨な内容の為、ビデ倫(※2)から許可が下りなかったヤツですね。いくつかのシーンをカットして、構成も若干変えて『不完全版』として発売・流通した作品です。『完全版』は本邦初公開という事で、間違いなく、『鬼畜大特集』の目玉の一つですね」
安田「『不完全版』は観ました。都内を走るワゴン車の中で、ウンコとゲロにまみれながら様々な拷問が繰り広げられていくという……。開始早々、平野監督が「君だけに苦しい思いをさせるわけにはいかない」と、まず自分の手を十字に切ってさらにその上からタバコの火を押し付ける。ここで音楽が流れてタイトルが出るんですが、それが妙にカッコ良くって……」
佐藤「平野監督はどの作品もタイトルの出し方にこだわっています。『水戸拷問不完全版』(97)のタイトルは、その二年後に制作された映画『白ーthe whiteー』(※3)(99)にも繋がる、とても秀逸な出し方をしています」
安田「で、女優の紺野霧子(※4)にナイフを渡す。「さあ、お前も自傷しろ」と。でも、彼女は自分を傷つけるなんて出来ない。代わりに井口昇(※5)の尻を切ると、井口さんがぶち切れる。あんな怒った井口さん、この作品でしか見られませんよね。その後も、浣腸して町中で脱糞させようとしたりするんだけど、浣腸慣れし過ぎてて、うまくいかなかったり、ミミズを食べさせようとしても、嫌がって発狂しちゃったり。基本的に霧子さんは何にも出来なくて、現場がどんどんピリピリしてくる。平野監督がとにかくイラついて、顔面をビンタしまくる。最後は、ほとんど放心状態の彼女に花火を噴射。すると、それまでグッタリしていた彼女が花火を浴びせられた途端に「アチーッ!!」って叫んで飛び跳ねるんですよね。なんか、もう、見てられなかったですね。『不完全版』でもかなりの衝撃を受けたんで、『完全版』ではこれ以上に一体何が行われていたんだろうか?と不安で仕方がありません。」
佐藤「『完全版』には、車が行き交う交差点の真ん中に立たせるという危険なプレイがあるんですが、この間見た『立候補』(※5)という映画でマック赤坂が交差点の真ん中で選挙演説(というか、歌と踊りのパフォーマンス)をするシーンがあって、『水戸拷問2狂気の選択』へのオマージュなのかな?と思いました」
安田「んな訳ないでしょうが。」
佐藤「それから、警察が登場するんです。車の中を見て、ボロボロになって泣いている女の子がいる。それなのに「君たちオウム真理教じゃないよね?菊池直子じゃないよね?」って確認だけして帰っちゃうんです。リンチの現場に警察がやって来たのに、見て見ぬ振りして帰っちゃったのが映像に記録されている訳です。栃木リンチ殺人事件とか神戸大学院生リンチ殺人事件を思い出しましたよ。こういう警察の怠慢が、重大な事件を見過ごしちゃうんだな、と」
安田「『水戸拷問2狂気の選択』(97)と同時上映の『水戸拷問 大江戸引き廻し』(92)の方もこんなに悲惨な内容なのでしょうか?」
佐藤「『大江戸引き廻し』(92)はもうちょっとポップですよ。ハンバーガー10個を無理矢理食べさせる予定が、意外と平気で平らげちゃったりだとか。クイズに間違えると男優にウンコが降り掛かるというオカシナ仕掛けもあったりで、結構笑えるんです。『水戸拷問』ってただの拷問ビデオじゃないんですよ。車の窓からゲロを吐くところを、別の車で並走しながら撮影したりしていて、そのカット割りはアクション映画さながら。考えられた構成とスピード感あふれる編集であっという間に見せられてしまうんです。」
安田「『鬼畜大特集』のもう一つの目玉はやはり『ザ・タブー2(自力出産ドキュメント)』(94)ですよね。『ザ・タブー』(92)に出演した甲月季実子とタカシ君というフィスト失神ファックをこなす変態カップルの出産までを記録したドキュメントです。これもビデ倫から審査拒否を喰らって、お蔵入りになってしまったという……。まあ、これもまたトンデモナイ作品でして……」
佐藤「出産を扱ったアダルトビデオって、この他にもあるんですよ。代々木忠監督(※6)の『ザ・ドキュメント出産』と、豊田薫監督(※7)の『臨月美女のSEX ・出産 畑山夏樹』ってのが。そんな中で『ザ・タブー2』が発禁になったのは、やはり内容が不謹慎過ぎたからだと思います。とにかく主演のカップルがどうしようもないヤツらで。親になるという自覚が全くない。ビデオTHEワールド(94年2月号)誌上で平野監督自身がこの作品について「生命をナメている。クルクルパァーだ」と書いているけど、まったくその通り」
安田「担当していた産婆さんが途中で逃げちゃうんですよね。お産に向けた準備を何一つしない彼女に呆れ返って。それで、医療関係者の一人も立ち会わない、文字通りの自力出産になる」
佐藤「呆れ返ったというより、こんなヤバいヤツらの面倒は見られないという感覚だったのだろうと思います。そんな、どうしようもない彼らのドキュメントでも、出産シーンは図らずも感動してしまうんですよ。ハラハラして、手にあせ握って、無事生まれたらやっぱり感動してしまう。『わくわく不倫講座』の平野監督の結婚式の二次会シーンでこの夫婦が赤ちゃんを抱いて登場するんですが、「あ、元気に育ってるんだな」って安心しました」
平野監督にエロいモノを撮ろうなんて考えはない
安田「一作目の『ザ・タブー』も凄まじい内容でした。『ザ・タブー2』と同じ変態カップルがメインなんだけど、杉山正弘(※8)、原達也(※9)、井口昇(※10)といった平野作品おなじみのメンバーが例によってウンコまみれになり、男同士でフェラしたり、口内射精してゲロ吐いたり。挙げ句の果てには、数日間かけてスタッフたち(男)がバケツに溜め込んだウンコを頭からかぶったりと、もう訳が分からない……。まともな神経の持ち主なら見ていられない描写の連続……」
佐藤「平野監督にとって、ウンコっていうのはアクションの1つなんですよ。西部劇にガンアクションあるように、任侠映画に殺人があるように、平野作品にはアクションとしてウンコがある。『秘め撮り奥様倶楽部』というデモ田中(※11)の離婚問題を扱った作品があるんですが、その最後に何故かデモ田中がスタッフたち(男)からウンコを浴びることになる。さすがにデモさんも拒否するんです。「何でそんなことしなくちゃいけないんですか。理由を教えて下さいよ」と。すると、平野監督はこう答えるんです。「わーッ!!がーッ!!って感じが足りないから」」
安田「つまり、インパクトが欲しいんだという訳ですね。その為のウンコをなんだ、と。決してエロの為ではない。平野監督のウンコに対する考えがよくわかるシーンですね。」
佐藤「そもそも、平野監督にエロいモノを撮ろうなんて考えはないですから。あるのは「どれだけ面白いものが作れるか」って事だけ。ただそれだけの為に気が狂いそうなほど突っ走ってるんです。『水戸拷問』とか『ザ・タブー』とか見るとトンデモナイ変態だと勘違いする人もいるかもしれないけど、平野監督の性癖は至ってノーマル。平野監督はAV監督じゃないんですよ。正真正銘の映像作家です。作家性の強いAV監督って、例えば、カンパニー松尾監督(※12)とか高槻彰監督(※13)とかインジャン古河監督(※14)とかいるけど、その誰もがアダルトビデオはエロいモノという前提を守った上で表現している。平野監督にはその前提が無いんです。でも、間違いなくアダルトビデオでしかできないことをやっていた。こんな映像作家はもう二度と現れないと断言出来ます」
安田「ウンゲロ系のハードな作風のものはどれも90年代に撮られていますよね。2000年代になってからは、『セックスフレンズ 釈八恵』『癒したい女たち』といった、人間模様を描いた作風へと変化していっている気がします。「鬼畜大特集」で上映される『meet agein デヴィ』『プライバシーゼロ 秘密ライフ』もそうですし」
佐藤「その辺りについてももっと詳しく語りたかったんだけど、既にこの対談記事、指定の文字数を大幅にオーバーしちゃってるんで……。第二回も平野監督についてでいいかな?」
安田「じゃ、僕は次回も聞き役に徹しさせてもらいます」
(続く)
【注釈】
※1 佐藤と安田は定期的に「平野勝之作品鑑賞会」を行っており、名作・傑作からコアな作品まで、これまでに20本以上の作品を一緒に鑑賞している。
※2 「日本ビデオ倫理協会」の略称。当時の唯一のアダルトビデオ審査団体だった。2008年、審査業務を終了。
※3 「由美香」「流れ者図鑑」に続く平野勝之監督の北海道3部作完結編。1999年劇場公開。
※4 『水戸拷問2』の主演女優。途中で気が狂って「お父さんー!!」と叫んだり、婚約者の名前を叫んだり(「ピー」音処理)。正直、あんまり可愛くないのだが、見ているうちに可哀想で感情移入してしまうのか、だんだんと可愛く見えてくるから不思議。
※5 マック赤坂をはじめ、泡沫候補者の選挙活動を追ったドキュメンタリー映画。2013年劇場公開。傑作です。
※6 70歳を越えた今でも現役の監督。監督作品に『ザ・面接』シリーズ、『ドキュメント ザ・オナニー』等がある。半生を追ったドキュメンタリー『YOYOCHU SEXと代々木忠の世界』が2011年に公開された。
※7 AV監督。96年、ビデ倫を通さない自主規制のメーカー「ビデワイルドサイド」を創設。当時では異例の肛門がバッチリ見えるきわどい描写のスカトロ作品を数多く制作。『臨月美女のSEX ・出産 畑山夏樹』も無審査・自主規制で発売。
※8 役者。AV監督サンダー杉山として盗撮モノを監督していた時期もある。『愛のむきだし』(園子温監督)の元ネタになった人物。
※9 バンド「蛆虫」のリーダー。AVライター。90年代の平野勝之作品に多く出演。http://www.youtube.com/watch?v=pFZK32HUNjI
※10 『片腕マシンガール』や『電人ザボーガー』等で知られる映画監督。アダルトビデオでは、『検便』『美少女便器ウンチのいけにえ』等、主にスカトロものを監督。
※11 96年頃、宇宙企画のADとしてアダルトビデオ業界に入る。監督、男優、撮影などをマルチにこなす。役者としても『ダンプねえちゃんとホルモン大王』(藤原章監督)や井口昇監督作品に出演。存在感のある演技で異彩を放っている。
※12 誰もが認める日本一のハメ撮り監督。代表作『テレクラキャノンボール』シリーズ、『私を女優にして下さい』シリーズなど。
※13 平野監督が所属していたシネマユニット・ガスの社長。最も過小評価されているAV監督第2位(第1位は矢野敏夫監督)。
※14 『ザーメン死亡遊戯』『毒虫』など、ブッ飛んだ企画とセンス溢れる編集でカッコ良くておもしろいAVを制作。2007年AV監督引退宣言をしたが、その後も名義を出さずに監督業を続けているらしい……。
【上映情報】
『80-90年代平野勝之鬼畜大特集上映』
【日時】8/17(土)~8/23(金) 連日20:20〜
【料金】一律¥1,500 ※8/17(土)、8/18(日)のみ特別料金¥2,000
【会場】UPLINK X tel. 03-6825-5503
※予約受付終了日あり 詳しくは会場にお問合わせください。
【対談者紹介】
佐藤健人(さとう たけと)
映像作家。代表作『赤塚溜池公園川鵜撲殺事件』(よなご映像フェスティバル2012準グランプリ)など。
安田哲(やすだ さとる)
映像作家。代表作『ババアのロック』(イメージフォーラムフェスティバル2009寺山修司賞、第一回三軒茶屋映像カーニバル審査員特別賞)など