場所が映画を揺さぶる、映画が眼差しを揺さぶる
見慣れた風景と出会いなおすためのヒント
茨城の貧農の暮らしを描いた長塚節の長編小説『土』(1910年)を原作として、そのテキストの朗読と、郊外化を経た現在の茨城を撮影した映像をかさねあわせることによって制作された映画『土瀝青 asphalt』(2013年)。本書はその公開を記念して編まれた論考・対談集である。『土瀝青』を観ることを出発点として、映画、ドキュメンタリー、アート、社会学、都市論など様々な分野で活躍する著者たちが、芸術と場所の関わり、そしてこれからの作家のあり方について論じる。巻末に『土瀝青』の朗読脚本を収録。
『土瀝青——場所が揺らす映画』
編者 木村裕之+佐々木友輔
判型 A6(文庫判)/全196頁
ISBN978-4-9905835-1-4 C0074
価格 1500円+税
初版発行 2014年11月1日
執筆者 石川初、鈴木並木、地理人(今和泉隆行)、永瀬恭一、南後由和、萩野亮、渡邉大輔、渡邉英徳、佐々木友輔
発行 トポフィル
■目次
Ⅰ 場所が揺らす
論考「百年後」 鈴木並木
対談「どこまでを明らかにし、どこまでを隠すのか
――デジタルアーカイブとドキュメンタリー」 渡邉英徳+佐々木友輔
論考「郊外の移動・リズム・ヘテロトピア」 南後由和
対談「続けることは見つけること
――場所と関わるためのヒント」 石川初+佐々木友輔
Ⅱ 映画が揺れる
論考「音/声/映像の中点に生まれるもの
佐々木友輔《土瀝青 ASPHALT》冒頭二分十六秒の構造」 永瀬恭一
対談「地図と映画――経験の変換」 地理人(今和泉隆行)+佐々木友輔
論考「土、瀝青、岩」 萩野亮
論考「現代映画と「情報風土」――『土瀝青 asphalt』小論」 渡邉大輔
Ⅲ 『土瀝青 asphalt』の設計図
論考「〈風景映画〉から〈場所映画〉へ」 佐々木友輔
附録「映画『土瀝青 asphalt』朗読脚本」 長塚節+佐々木友輔
★あわせて読みたい
【ゲスト連載】Camera-Eye Myth/郊外映画の風景論 image/text 佐々木友輔
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|刊行記念イベント
『土瀝青——場所が揺らす映画』書籍刊行記念上映・トークイベント
日時 2014年11月22日(土)
第一回 13:30 『土瀝青』 + トークA(石川初+佐々木友輔)
第二回 18:00 『土瀝青』 + トークB(沢山遼+佐々木友輔)
会場 イメージフォーラム・シネマテーク(http://www.imageforum.co.jp/cinematheque/)
料金 一般1000円、会員700円、書籍購入者および持参者500円
ウェブ http://qspds996.com/asphalt/
様々な分野で活躍する著者たちが、芸術と場所の関わり、そしてこれからの作家のあり方について論じた書籍『土瀝青——場所が揺らす映画』(トポフィル)。その刊行を記念して、映画『土瀝青 asphalt』の上映とゲストを交えたトークイベントをおこなう。『略称・連続射殺魔』や『初国知所之天皇』を嚆矢とする〈風景映画〉の系譜を引き継ぎ、その方法論を現在の日本を捉えるためにアップデート。個人による新しい映画制作のかたちがここに。
■トークゲスト
石川初 ISHIKAWA Hajime
1964年京都生まれ。ランドスケープ・デザイナーとして、景観計画や外部空間の設計に携わるとともに、GPS受信機や地図を使った様々なフィールドワークやイメージ表現、執筆活動を行っている。自称・地上絵師。主な著書に、『今和次郎『日本の民家』再訪』(共著、2013年日本建築学会著作賞)、『ランドスケールブック——地上へのまなざし』などがある。千葉大学特任准教授。早稲田大学、武蔵野美術大学にて非常勤講師。
沢山遼 SAWAYAMA Ryo
1982年生まれ。美術批評。主な論考に「描画/演奏――石田尚志論」(『組立―転回』2914年、組立)、「限界経験と絵画の拘束――香月泰男の シベリア」(『前夜/前線――Critical Archive vol.2』2014年、ユミコチバアソシエイツ)など。
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|佐々木友輔氏出演 関連イベント
映画のポケット Vol.56
イメージのグラインドコア――アヴァンギャルドとブロックバスター
日時 2014年10月26日(日) START 19:00
会場 阿佐ヶ谷 よるのひるね(http://members.jcom.home.ne.jp/yoruhiru/about_index.html)
主催 鈴木並木
詳細 http://emls.jugem.jp/?eid=520
映画に何を求めるか。ひとそれぞれ、千差万別あるでしょうが、わたしはある時期から、ただひたすら「速く」て「重い」映画を求めて映画館に通うようになりました。言わば「イメージのグラインドコア」です。どれだけVFX技術が進歩しても「遅い」映像しかつくれない作家もいるし、「世界最速」と言いたくなるような映画を自宅に籠ってたったひとりでつくる作家もいる……では、「速い」とはいったいどういうことなのでしょうか。実験映画からハリウッド大作までを眺めながら、「速く」て「重い」映画の条件とその魅力について語ります。
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トーク&DJイベント “AFTER HOURS”
映画のはじまりとおわり——本編は主題歌の予告編である
日時 2014年11月2日(日) OPEN 17:30/START 18:00(※調整中、変更可能性有り)
会場 VISUALAB
主催 KINEATTIC、鈴木並木、noirse
ウェブ http://www.kineattic.com/
※要予約。会場住所は上記サイト予約フォーム送信後にお知らせ致します。
どれだけ退屈な映画でも、グッとくるオープニング(あるいはエンディング)があればそれで良い。主題歌を見事に使いこなし、OPかEDだけが素晴らしい映画を「傑作」と呼んでしまって構わない。それがわたしの持論です。けれども実は、そんな条件を満たす映画は意外と少ない。むしろ、本編は良いのにOPやEDで躓いてしまう映画の何と多いことか! 監督の望まぬ軽薄なタイアップ曲であっても、エンドクレジットの後ろのほうに申し訳程度に流すのでは良くない。むしろ本編を喰うほどその主題歌を輝かせようとする映画こそをわたしは推したい——。OPとEDに特化した傑作映画(と音楽)を紹介します。