【Review】ランズマンとワイズマンの共通点〜『SHOAH』『ソビブル、1943年10月14日午後4時』『不正義の果て』連続上映に寄せて〜text 山石幸雄

『SHOAH』© Les Films Aleph

2月に渋谷のシアター・イメージフォーラムで行われたクロード・ランズマンの連続上映は快挙であった。

長らく見ることができなかった『SHOAH(ショア)』の再上映をはじめ、これまで日本未公開の『ソビブル、1943年10月14日午後4時』と『不正義の果て』を上映してくれるのが、何よりもありがたい。

クロード・ランズマン監督は『SHOAH』の印象が強く、ホロコーストの監督という認識が大方の見方であるが、ランズマンはすでに8本の作品を発表している。その中では、イスラエルに関心を示している「なぜイスラエルか」や「ツァハル(イスラエル国防軍)」などの作品がある。なぜそれほどイスラエルにこだわるのか。ランズマンの全貌を知るには全作品を見ない限り難しいかもしれない。

今回上映された『SHOAH』『ソビブル』『不正義の果て』はともにナチスドイツのホロコーストに関して今まで明らかにされていなかった「絶滅収容所」の実態。「絶滅収容所」はアウシュヴィッツだけだと思っていたぼくにとっては衝撃的だった。ヘウムノ、トレブリンカ、マイダネク、ベウゼッツ、ソビボルなど今まで聞いたことのない地名も「絶滅収容所」だったのだ。

『ソビブル』では、それまでユダヤ人が全く抵抗しなかったと思われていた物語を覆し「ソビブル絶滅収容所」では、まるで映画『大脱走』のようにドイツの将校を殺害し、600人のうち、脱出成功者は400人。その半分は死亡したという脱出劇を指揮したソ連軍のユダヤ人将校、アレクサンドル・ペチェルスキーの存在を知らされる。ペチェルスキーはすでに亡くなっているが、脱走に成功したイエフダ・レルネルの証言が貴重で、自身がドイツの将校を殺害した様子を事細かに話すイエフダの迫真性に圧倒される。

しかし、何といっても最も凄い衝撃を受けたのが『不正義の果て』である。この映画は、ナチスの高官・アドルフ・アイヒマンの「模範収容所」があったテレージエンシュタットの真実を知るユダヤ人の長老・ベンヤミン・ムルメルシュタインへのランズマンのインタビューを基につくられている。アイヒマンに関して、最もよく知っているムルメルシュタインの毒舌はユーモアを交えて話しているので後味は悪くないが、その内容は辛辣きわまりない。

アイヒマンはテレージエンシュタットの収容所を「模範収容所」として喧伝されたが、その実態は偽りのゲットーである「絶滅収容所」という衝撃的な事実をムルメルシュタインは語っている。ムルメルシュタインの舌鋒は「絶滅収容所」だけにとどまらず、哲学者ハンナ・アーレントの「アイヒマンの裁判レポート」にまで及ぶ。ムルメルシュタインはアーレントが「アイヒマン裁判」で「アイヒマンは凡庸な役人にすぎなかった」という論理を全面否定し「アイヒマンが凡庸などというのは笑わせる」と一喝し、アイヒマンを「邪悪で残忍な反ユダヤ的な悪魔だ」と断定している。また、ランズマンは「ハンナ・アーレント」(マルガレート・フォン・トロッタ監督)すら見ないと言っている。

先日、改訂版が刊行された「ドキュメンタリー映画史」(エリック・バーナウ著)でクロード・ランズマンは『SHOAH』について触れているだけで、他の作品については論じられていない。

しかし、クロード・ランズマンの全貌は分からなくても、ランズマンの映画的手法は際立ってユニークなものだ。

『不正義の果て』において、ランズマンの作風は最も顕著に表われている。ファーストシーン。ボフショヴィツの駅にランズマンが現れる。列車が通過する中、ランズマンはレポーターとして映画を進行させ、自ら原稿を読むというユニークな手法がとられている。アラン・レネの『夜と霧』のようなホロコーストの死体の映像を流すこともしない。ランズマンは昔、ホロコーストがあった場所で原稿を読む。さらに、ナチスの「絶滅収容所」から逃れて生存しているユダヤ人たちに徹底的にインタビューをする。その姿は突撃レポーターのように相手を追いつめていくマイケル・ムーアよりも綿密な調査で本音に迫る大島渚のテレビ・ドキュメンタリー『巨人軍』(72)を思わずにいられない。

『不正義の果て』© 2013 SYNECDOCHE – LE PACTE – DOR FILM – FRANCE 3 CINÉMA – LES FILMS ALEPH

また「ドキュメンタリー映画史」ではクロード・ランズマンよりもフレデリック・ワイズマンに多くのページが割かれている。

フレデリック・ワイズマンの作風はクロード・ランズマンとは真逆で、ダイレクトシネマといわれる、映画音楽がなく、自然音のみ、字幕もなければナレーションもない。取り上げる題材は多岐にわたり、特に精神障害者を扱った『チチカット・フォーリーズ』(67)はあまりに過激な内容のため長らく一般公開されなかった傑作だ。

ランズマンとワイズマンという作風の違う映画作家に、意外なことにある共通点がある。

それはコメディーのセンスである。

もちろん『チチカット・フォーリーズ』に笑いの要素は見い出せないが、ワイズマンの作品の中で際立ってファルス(笑劇)が感じられるのが『DV』(2001)と『DV 2』(02)である。『DV 2』はDV(ドメスティック・バイオレンス)を描いた映画だが、DVを提訴した原告の女性が提訴を取り下げようとする。しかし、裁判官はなぜか絶対に提訴を取り下げるのを認めない。それはアメリカ民主主義の姿勢を示すものだと思うが、裁判官の顔がグルーチョ・マルクスに似ていることもあって、アテネフランセ文化センターの気難しい観客も大爆笑であった。

しかし、『DV』と『DV 2』だけでワイズマンがコメディー監督だと思うのはあまりにも早計であったと調べてみたら「映画監督のお気に入り&ベスト映画」(エスクアイア・マガジン)にフレデリック・ワイズマンがアンケートに答えて驚いた。オールタイムベストテンのうち6本がコメディーであった。その中で特筆すべきことは、マルクス兄弟の作品がベスト3に入っていたことである。ベストワンは『マルクス一番乗り』(37)、2位が『オペラは踊る』(35)、そして3位は『吾輩はカモである』(33)である。

クロード・ランズマンもワイズマンと同じようにコメディーの要素が強い。ただ、ワイズマンがファルスであるとするならば、ランズマンはサタイア(風刺)的要素が強いと思っている。

『SHOAH』に関しては、コメディー的要素を見つけることができなかったが「ソビブル」でユダヤ人たちの悲鳴や叫び声をカモフラージュさせるために出てきたガチョウの大群にサタイアの真骨頂を見ることができる。また「不正義の果て」ではアイヒマンの最も近い人物としてインタビューを受けるベンヤミン・ムルメルシュタインのキャラクターにサタイアを感じる。そのキャラクターはウディ・アレンの早口とビートたけしの「インサルト・ユーモア(悪口のギャグ)」を思わせ、イメージフォーラムでは、ぼくだけの笑い声が鳴り響いた。

花田清輝は「新編映画的思考」で、しつこいほど、ヘンリー・コーネリアスの『嵐の中の青春(原題は I am camera)』(57)について言及している。今ではイーリングコメディーの傑作「嵐の中の青春」を探し出した先見の明にも驚くが「新編映画的思考」が出版された1962年に『嵐の中の青春』という劇映画からシュールドキュメンタリーに批評が飛躍していくさまは、花田のシュールレアリストとしての資質が表われていた。

『嵐の中の青春』の原作はクリストファー・イシャーウッド。イシャーウッドの原作をジョン・V・ドルーテンが戯曲化し、ジョン・コリアが脚本を書いている。花田は『嵐の中の青春』について、こう述べている。「嘘っぱちなはなしを描くばあいにはドキュメンタリーの手法で—事実を描くばあいには、ファンタスティックな方法で行くべきだ」と書き「アレクサンダー・マッケンドリックやヘンリー・コーネリアスには、相当、シュルドキュメンタリストとしての素質があるようである」と結論づけている。ということは、フレデリック・ワイズマンやクロード・ランズマンにコメディーの資質があるかもしれない。

また、小林信彦の「われわれはなぜ映画館にいるのか」でもクリストファー・イシャーウッドについての記述がある。「映画におけるテリー・サザーン」の『ラブド・ワン』(67)論である。『ラブド・ワン』はトニー・リチャードソン監督、原作・イヴリン・ウォー、脚色がテリー・サザーンとクリストファー・イシャーウッドである。『ラブド・ワン』でテリー・サザーンはファルスの部分を受け持ち、クリストファー・イシャーウッドはサタイアの部分を受け持って作ったと思われる。また『ソビブル』のラストもすごかった。ライズマンのナレーションによって「絶滅収容所」に移送される国と人数をあげていく、いつまでも終わらないライズマンの「声の怖さ」こそ、単なる怒りを超えた強烈なサタイアにまで達している。

【映画情報】

アウシュヴィッツ強制収容所解放から70年
ホロコーストの“記憶”を“記録”した傑作ドキュメンタリー3本!

 『SHOAH ショア』
(1985年/フランス/カラー/567分/全4部)
『ソビブル、1943年10月14日午後4時』
(2001年/フランス/カラー/98分)
 『不正義の果て』
(2013年/フランス、オーストリア/カラー/218分)

いずれも監督:クロード・ランズマン  配給:マーメイドフィルム

【上映情報】

「SHOAHショア」東京・関西でアンコール上映開始!

■東京・渋谷シアター・イメージフォーラム TEL:03-5766-0114
4月11日(土)-4月24日(金)2週間限定
【上映時間】連日 
10:10 第1部/13:00 第2部/15:20 第3部/18:15 第4部
【料金】
一般1,800円 シニア1,200円 会員1,100円 学生900円
ショア通し券4,500円 ※ご購入日のみ有効
※「2.14(土)—3.6(金)3週間限定公開!」の表示のある特別鑑賞券はご利用いただけます。

■大阪シネ・ヌーヴォX TEL:06-6582-1416
4月18日(土)-5月15日(金)4週間限定 
【上映時間】
4/18-4/24   16:00- 第1部/19:00- 第2部 
4/25-5/1      16:00- 第3部/ 19:00-   第4部
5/2  -5/8     13:30-    第1部 / 16:30-   第2部
5/9 -5/15     16:30-   第3部/ 19:20- 第4部
【料金】
1プロ1700円、シニア1100円、会員1000円、学生900円

4プロセット券4000円

■京都・立誠シネマ TEL080-3770-0818
4月18日(土)-4月26日(日)
【上映時間】

4/18(土)20(月)22(水)24(金)12:00〜第1部、15:00〜第2部
4/19(日)21(火)23(木)12:00〜第3部、14:50〜第4部
4/25(土)11:00〜第3部
4/26(日)11:00〜第4部
【料金】 
1プロ 一般:1,500円 / 学生・シニア:1,200円 / 会員:1,000円

4プロ券 4,000円
★先売り4回券(4,000円)ただいま販売中

京都みなみ会館では
『ソビブル、1943年10月14日午後4時』『不正義の果て』を上映!

京都・みなみ会館 075-661-3993 
4月25日(土)—5月8日(金)
【上映時間】
4/25(土)-5/1(金)

10:00『ソビブル、1943年10月14日午後4時』
12:05『不正義の果て』
5/2(土)4(月)7(木)
11:30『ソビブル、1943年10月14日午後4時』
5/3(日)5(火)6(水)8(金)
10:00『不正義の果て』
【料金】
一般1700円、大学生1400円、シニア1100円、会員1200円、小中高1000円
★前売り1,400円 絶賛販売中
★同志社上映(4/16)立誠シネマ半券提示で割引あり

名古屋シネマテークでは、全作品を上映!
名古屋シネマテーク 052-733-3959
4月18日(土)-5月1日(金)
【上映時間】連日13:00〜
詳細は名古屋シネマテークのサイトをご参照ください
http://cineaste.jp
【料金】
当日券(1プログラム券のみ)

一般 1700円/大学生 1500円/中高予 1200円/シニア 1100円
会員 1300円/学生・シニア会員 1000円

その他劇場:公式サイトをご覧下さい
http://mermaidfilms.co.jp/70/

【執筆者プロフィール】

山石幸雄(やまいし・ゆきお)
1959年東京生まれ。会社勤務のかたわら、札幌の映画ファン雑誌「RAYON」で映画評を執筆しています。苦手な映画は怪獣映画でまだ「ゴジラ」を見ていない。洋画より邦画を好み、ドキュメンタリーは羽田澄子。他に戦前の映画、アイドル映画、やくざ映画、ピンク映画が守備範囲。好きな監督は石田民三、川島雄三、中島貞夫、吉行由実。好きな女優は橋本愛、能年玲奈、二階堂ふみ。他ジャンルでは大森靖子、大谷翔平の大ファン。

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