【Review】僕らはみんな中毒だーー『あまくない砂糖の話』(デイモン・ガモー監督)text 落合尚之

© 2014 Madman Production Company Pty Ltd, Old Mates Productions Pty Ltd, Screen Australia ALL RIGHTS RESERVED

映画とは結局のところ見世物だ。

3Dや4DXを駆使した娯楽大作は言うに及ばず、高尚な哲学や深遠な思想に裏打ちされた芸術映画でも、何かしら見世物として面白いと感じさせる要素がそこになければ、人を惹きつけることは出来ないし、そして結局人の心に何かを残すことも出来ないだろう。ドキュメンタリー映画もまた然り。日本では見る人の少ないマイナーなジャンルの中で、一般層にまで浸透しヒット作となった幾つかの作品を思い出す。古いものだと『ゆきゆきて、神軍』※1や、少し前のもので『ボウリング・フォー・コロンバイン』※2など。どちらも非常にシリアスな問題を扱った作品だが、主題の深刻さ以前に、登場人物の破天荒さや突撃取材のセンセーショナルさが、まず観客の目を捉えるだろう。そこに漂うある種の下世話さや俗悪さ。もちろん観客は戦争や銃社会について真面目に考察すべくそれらの作品を見るだろうが、それと同時に心のどこかでワクワクしながら見世物的ないかがわしさを楽しんでいることを、多くの人は否定しないはずだ。

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さて、砂糖と人間の医学的、社会的な関わりを検証するこの映画、『あまくない砂糖の話』。
この作品は見世物として面白いだろうか?

オーストラリアの俳優兼映画監督、デイモン・ガモーは、パートナーが第一子を妊娠したことをきっかけに、食の安全について確たる知見を持ちたいと考えるようになる。何を子供に食べさせてよくて、何を食べさせてはいけないか? 特に気になる砂糖の健康への影響を検証するため、彼は自ら被験体となり、1日当たりスプーン40杯分の砂糖(オーストラリアの成人が1日に消費するとされる砂糖の平均量)を60日間摂取し続ける実験を開始する。スプーン1杯を約4グラムとし、1日で160グラムを摂る計算だ。並行して取材を進めるにつれ、健康食と銘打たれた商品にさえ大量の砂糖が含まれているという加工食品の実態や、砂糖漬けの食生活がいかに文明を蝕んでいるかが明らかになっていく。体だけでなく心にまで影響を及ぼす砂糖の魔力。デイモンは無事に60日間の実験を乗り切ることが出来るのか……?

食と健康、食と社会、あるいは食と文明という身近で大きな問題を、監督自らの身体を通して、等身大の視点で見渡していこうとするこの作品の試みは、至って真面目で真っ当なものだ。一方で作品は、非常にポップでカラフルな装いを身にまとう。そのカラフルさはもちろん、けばけばしい色で飾られたケーキや砂糖菓子、スーパーの棚に並ぶ膨大な量の食品パッケージ、巨大なビルボードで繰り広げられる眩いばかりの菓子や飲料の広告などといったイメージに由来する。それらの映像のバックに流れる 「Just Can’t Get Enough」※3の軽快な歌声。定期的な健康診断の際や体型の変化を見せるため、デイモンは度々カメラの前で裸になるが、彼はいつも鮮やかな黄色のブリーフを履いている。糖類にはどんな種類のものがあり、それらがどのように人間の体の中で形を変え、影響を及ぼしていくかといった科学の分野の話題が、コミカルで楽しいCG映像で分かりやすく解説される(字幕で追うにはやや早口だが)。ハリウッドでも活躍する大物スターのカメオ出演が観客を驚かせ、最後にはプレスリー風の派手な衣装に身を包みミスター・シュガーとなったデイモンが、美女ダンサーたちを従えて歌い踊る。

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食の安全、健康は誰にとっても重要な問題だし、誰もが身近に潜む危険に気が付くべきだ。だからこそ作者は、誰にでも分かりやすく親しみやすい語り口で伝えようと工夫を凝らす。デイモン自身の言葉によると、ポップな色彩にあふれた映像は、食品業界が子供の心を捉えようとするCM映像の手法を逆説的に引用したものであり、また子どもが見ても退屈しないように一つのシーンを2分以内に収めるよう気を配った、とのこと。※4 未来を担う子供達にこそ、この真実を伝えたいという思いがあるからだ。見た目の派手さに反して全てが知的にコントロールされていることは、誰にでもすぐに見て取れるはずだ。また彼は製作中、座右の銘として「人々に真実を告げたければ彼らを笑わせよ、さもなくば彼らは君を殺すだろう」というオスカー・ワイルドの言葉を壁に貼っていたという。※5 一貫したユーモアのセンスが作品に見られるのはそのためだ。

伝えるべき問題があり、伝えるべき相手がいる。だから伝えるために適切な方法を考え、それを一つ一つ形にしていく。デイモン・ガモーのアプローチは極めて実直であり誠実だ。自らの健康を害する恐れのある実験をやり通し、現代社会に潜む危険をあぶり出し、しかしその危険を生み出している者たちを声高に糾弾しようとはしない。あくまで穏やかに、全てをユーモアに包んで観客の前に差し出すのだ。ちょっぴりシニカルで時にいたずらっぽく、でも笑った目元はとても優しいこの人物に対して、個人的には好意以外の気持ちを持ち得ない。

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だがしかし……。

傾聴すべき内容を語っており、その語り口も周到で、作者は信頼に値する人物だと信じられる……にも拘らず、映画ならではの面白さ、見世物として人を惹きつけるチャームがあるかと問われたら、強く肯くには一瞬の躊躇いを覚える…… 奥歯に物の挟まったような言い方になるが、正直な感想を言えばそうなってしまう。実直さ、知的さ、品の良さ。それらはこの映画の美点でもあるけれど、反面足枷になっているようにも思われる。

つまり、ちょっとお行儀が良すぎる気がするのだ。

同じように食べ物を通じて現代社会の歪みに目を向けたドキュメンタリー作品として『スーパーサイズ・ミー』※6がある。作者自身が被験体となって同じものを大量に食べ続ける実験に挑む、という趣向自体が今作と共通で、『あまくない砂糖の話』のチラシには『スーパーサイズ・ミー』の作者、モーガン・スパーロックが推薦の言葉を寄せてもいる。両者は当然比較の対象になるが、見世物らしさという点においては先行作品である『スーパーサイズ~』の方に分があるだろう。

『スーパーサイズ・ミー』におけるマクドナルドの商品だけを30日間食べ続けるという実験は、一見非常にネタっぽい、例えばネットに無数に上がっているバカバカしさを競い合う投稿動画のような試みだ。尻に挿したロケット花火に点火して空を飛べるか実験する。視聴者はバカじゃねえのと笑いながらそれを見る。『スーパーサイズ~』を見るときの感覚はそれとほぼ等しい。手持ちのビデオカメラによるラフな映像も、投稿動画的な雰囲気を醸し出す。モーガンが実験3日目で早くもスーパーサイズのポテトを食べ切れず、駐車場で嘔吐してしまう姿を見て、吐くに決まってるよ、バカだなと、我々は眉をひそめながらも笑ってしまう。実験が終盤に入るとモーガンは傍目にもそれと分かるほど酷く体調を崩し、医師にもう止めろ、死んでしまうぞと警告される。命のかかった深刻な局面で、こちらも息を飲んで見守ることになるのだが、しかし心のどこかでは残酷にもこの状況を面白がっている。命がかかった見世物ほど面白いものはないからだ。モーガン自身も涙目になり「分かった、もう止める」と言い出すが、カットが変わると次の日もモーガンは相変わらずしんどそうにマックを食べ続けているのだ。その姿を見て我々は、本当にバカだなあと、呆れるのを通り越して感心してしまう。そして同時に、この人かっこいいなと思わずにはいられないのだ。

マックを30日間食べ続けるなど、実験するまでもなく体に悪いとことは分かり切っている。『スーパーサイズ~』の試みは科学的検証以上に、儲け至上主義のために体に悪いことが明らかな食べ物を売り続け、選ぶのは客の方だと開き直るファーストフード業界への批判にこそ主眼があり、実験自体が皮肉を込めたパフォーマンスだ。医者に止められた時点で結果は出ている。それ以上続けるのは科学のためではなく、おそらく意地や負けん気のためなのだが、結果の分かり切った実験の予定調和から一歩踏み出すその姿を目撃するとき、我々の心にある種の感動が生まれる。想定外の事態に立ち会う驚き、それが「見世物らしさ」の本質としてあるのではないかと思う。

実験の結果がやらずとも見えているという点では『あまくない砂糖の話』も同様だ。1日160グラムの砂糖を毎日摂り続けるなどということが体に悪いことは、試すまでもなく分かっている。デイモンは実験し、そして予想通り、砂糖の摂りすぎが心身の不調を招くことを確認する。実験の結果を綺麗にまとめて並べて見せて、証明終了。思った通り危なかったよ、みんなも気をつけよう。

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そう、思った通りなのだ。そこにはこちらの想像を超えてくるような驚きはない。

モーガンの実験が単なる実験を超えて文明批評のパフォーマンス(見世物)になっているのに対して、デイモンの実験は最後まで本来の意味における実験の域に留まり続ける。もちろん、具体的に砂糖がどのように人体と生活に悪影響を及ぼすか、詳細な情報を得られるのはこの映画の効能だ。天然の果物だけで作ったスムージーに、濃縮され限度を超えた糖分が含まれているという事実は、世に言う「健康的」がどれほどあやふやなことなのかを教えてくれる。こうした知見に触れられることに新鮮な驚きを感じるという人も当然いるだろうし、映画を見終わった後、観客は否応なく自分の食習慣の見直しを迫られるだろう。それがその人の生活を変えるなら、映画は十分その役割を果たしたことになる。一見の価値ある作品であることは間違いない。

だが手際よく陳列された知識や情報の集成よりも、映画に求められるのは体験だと思う。映画という形で見せる以上は、単なるお勉強だけで終わらない、あっと驚くような体験をさせて欲しいのだ。予定調和を覆すワンアクションがもたらす驚き、即ち映画の見世物性。堅実で無茶をしないデイモンのスタイルにはそれが乏しく、ゆえにそこまでの感情の揺れをもたらしてはくれない。

ちなみにモーガンが『スーパーサイズ~』実験中の30日間にマックの商品から摂取した砂糖の総量は13キログラム=ティースプーン3250杯分に相当し、デイモンの実験の81日分に当たる。1日当たりの摂取量はティースプーン54杯分。砂糖に特化した実験をしていながら、砂糖の摂取量でデイモンはモーガンに負けているのだ。もちろん1日3食マックしか食べないという人が現実にはまずいないのに対し、オーストラリアでは1日160グラムの砂糖を摂るのが平均的なことだという違いはある。どちらがより現実的な危機に触れているのかということは考えてみるべきだ。後出しならばもっと突飛なことを、などと言うのも悪しきセンセーショナリズムではあるだろう。それでもなお、何かもう一つ突き抜けたアクションを作中で見せて欲しかったと願うことは、観客の強欲だろうか?

砂糖に中毒性があるように、映画の刺激にも中毒性がある。

プレスリーの扮装くらいの見世物感では、Just Can’t Get Enough なのだ。

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※1『ゆきゆきて、神軍』原一男監督/1987年
※2『ボウリング・フォー・コロンバイン』マイケル・ムーア監督/2002年
※3「Just Can’t Get Enough」デペッシュ・モード/1981年
※4※5 coco独占試写会における監督ティーチインでの発言/2016年3月1日 アキバシアター
※6『スーパーサイズ・ミー』モーガン・スパーロック監督/2004年

【映画情報】

『あまくない砂糖の話』
(2015年/102分/オーストラリア/5.1ch/16:9シネマスコープ)

原題:THAT SUGAR FILM
監督・脚本:デイモン・ガモー
出演:デイモン・ガモー スティーブン・フライ『BONES -骨は語る-』 
            イザベル・ルーカス『トランスフォーマー/リベンジ』
配給: アンプラグド
公式サイト amakunai-sugar.com

3月19日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開

【執筆者プロフィール】

落合尚之(おちあい・なおゆき)
漫画家。代表作は『黒い羊は迷わない』『罪と罰 A Falsified Romance』など。
『ことばの映画館』創刊メンバー。
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