——ここは都内某所にある隠れ家風のドキュメンタリー酒場「neoneo」。古今東西の名作や珍作を肴に、夜な夜な話の花が咲く映画バーだ。ドアが開いて、汗だくの若い男が勢いよく入ってくる。
客 こんばんはー、今日も暑いですね〜。ラム・コーク1杯!
マスター はい、いらっしゃい。ラム・コークね。あんた酒呑みだから、別名も知ってるよね?
客 もちろん。「キューバ・リバー」でしょ。
マ ご名答。キューバ・リバーは英語読みで、スペイン語だとクーバ・リブレ、「自由なキューバ」って意味。ヘミングウェイはこのカクテルを「キューバとアメリカの美しい私生児」と呼んでいたらしいね。
客 へぇー。川のリバーかと思ってました。それはそうと、今日の映画は?
マ ちょうどよかった。キューバものがひとつ入ったよ。『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ☆アディオス』。監督はルーシー・ウォーカー。
客 『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』、なつかしいなぁ。実家に父の持ってたポスターが飾ってありました。
マ なんと! もしかして、見たことない? ヴィム・ヴェンダースの『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』(1999年)。
客 日本公開が2000年、自分はまだ小学生でした。あとからレンタルで見たんだっけかな。
マ そうかあ、もう20年近く前だもんなあ。まあともかく、おじいちゃんになった往年のキューバのミュージシャンたちが再結集してアムステルダムやニューヨークの大舞台を飾る姿に、みんなが喝采したもんだよ。ミニシアター文化も、いまとはまた違った形で盛んだった時期だし。
客 シネマライズの観客動員数、歴代4位なんですね(*1)。『アメリ』『トレインスポッティング』『ムトゥ 踊るマハラジャ』の次って、そんなにヒットしたんだ。……で、あれの続篇ってわけですか。前作の時点でも、ミュージシャンのみなさん、かなり高齢でしたよね?
マ そうだね。コンパイ・セグンド(1907年生)、ルベーン・ゴンサレス(1919年生)、イブライム・フェレール(1927年生)、オマーラ・ポルトゥオンド(1930年生)、日本風に言えば、みんなすでに年金がもらえる歳だった。今回の『アディオス』は、彼らをはじめとしたメンバーたちの、最後のツアーに向けての“その後”の話であると同時に、過去に向かってさかのぼっていくものでもあるんだ。
客 あれ、そのへんって、前作でもわりと印象的なエピソードだった気がしますけど。靴磨きして暮らしてたイブライムをライ・クーダーが発見したとか、ルベーンはもう何年もピアノに触ってなかった、だとか。
マ 発見、ね……。それ言ったらキューバという島も、1492年にコロンブスによって「発見」されたわけだけど。前作のライ・クーダーは、消息不明のブルースマンを発見する役を引き受けたような気分でいたのはたしかだよね。前作のDVDを借りてきてあるから、ちょっとそっちを見てみようか。
(30分経過)
客 あれ、意外とライ・クーダーが出しゃばってるなあ。息子と一緒にサイドカーつきのバイクでハバナの街の中を走るこんなドヤ顔の映像、すっかり忘れてました。
マ 目利きのミュージシャンであるライ・クーダーと、ビッグ・ネームのヴェンダース。ヒットの要因として、このブランド効果は大きかっただろうからね。全部がふたりの功績なんだろうと、無意識のうちに誘導されてしまったひとも多かったんじゃないかな。
客 あらためて見直すと、もうブエナ・ビスタの彼らが有名であることが前提になっているというか、“ごぞんじ感”があって、とまどっちゃいますね。
マ CDアルバム『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』がまず1997年に出ていて、そのヒットがあってこその映画ではあるけど、もともとキューバ国外ではほとんど知られていなかった音楽家たちの映画なんだから、興奮してはしゃぎまくるライ・クーダーよりも、そっちをもっと見せてくれてもよかった気はする。
客 『アディオス』が過去に向かってさかのぼっていく、っていうのは、あのご老人たちの若い頃の話も聞けるってことですよね?
マ それももちろんだけど、もっと射程は長いし、範囲も広い。キューバがどういうふうに成り立った国なのか。あのミュージシャンたちが音楽活動していた環境は、どんなものだったのか。なぜ1940年代、50年代にキューバ音楽が特異な隆盛を極めたのか。
客 やっぱりラテンのひとたちは生まれつきリズム感がいいし、そこにアメリカからジャズがやってきて……。
マ そう単純な話でもないと思うなあ。じゃあ、そのひとたちが話してるのは、何語?ってことになるし、ほら、ここのギターのフレーズのスピード感なんて、あきらかにスペインのフラメンコから来たものでしょう。それに、さっき映ってた、ラウーって弦楽器。あれはウードっていう、アラビアの琵琶に由来してるって言ってたね。
客 アラビア琵琶。意外と言いにくいな。スペインとアラビア、またずいぶん、縁遠い感じしますけど。
マ そのへんの話は長くなるから、実家から世界史の教科書でも送ってもらったらいいよ。それはそうと、ミュージシャンたちが発見……いや、音楽にふたたび戻ってきた経緯の話ね。前作でもちらっと出てきてたけど、より丁寧に肉付けされてる。いちばん大きいのは、キューバ音楽の最盛期、つまりご老人たちがまだ若手だったり中堅だったりした時代ね、その頃の映像や写真や資料がとにかくふんだんに見られること。ハバナの街の様子もね。
客 そういえば前作では、そうしたアーカイヴっぽい要素は少なかったかも。なるほど、こういう時代や場所で生きてきたひとたちなんだって見て納得してからだと、歳月を経てからの再会のありがたみが、ぐっと沁みてくるなあ。
マ そういうこと。じゃあどうして、一線で活躍していた彼らが、音楽から離れたんだっけ。
客 キューバ革命ですかね。たぶん、資本主義的な音楽は打倒すべし、的な?
マ もちろんそれは大きな要素でしょう。音楽をやめて靴磨きをしていたイブライム・フェレールの逸話は有名だけど、『アディオス』では、人民芸術家って風情で革命後も歌い続けたオマーラ・ポルトゥオンドの回想が聞けるよ。中国や北朝鮮にもツアーしに行った話とか。……そうそう、オマーラといえば、ライ・クーダーが彼女のことを、アメリカのジャズ歌手の名前を引き合いに出して、「キューバのサラ・ヴォーン」ってたとえるのを、フアン・デ・マルコス・ゴンサレスが訂正するのね。「いや、サラ・ヴォーンがアメリカのオマーラだ」って。
客 このフアンさん、前作にも出てませんでしたっけ。
マ うん。長いこと、このバンドの音楽監督だったからね。前作を見ただけでは、それほどの重要人物には感じられなかったけど、『アディオス』では発言も多くて、自然と彼のポジションが見て取れる。
客 人数も多いし、我の強そうなひとたちばかりだし、お年寄りだから健康にも気をつかわなきゃだし、このバンドを束ねて海外ツアーするの、たいへんだろうなあ。
マ 『アディオス』で語られてる、そのへんの裏事情がまた面白いんだ。オマーラとエリアデス・オチョアは自分のバンドの活動で忙しいから、まずはルベーンとイブライムが英国に行ってライヴをやって反応を見て、そのあと、たまたま全員のスケジュールが合うことがわかって実現したのが、前作にも登場したアムステルダムでのコンサートだった、とかね。「ヴェンダースが関わり出したのはこのへんからだった」という証言もある(笑)。
客 “その後”の話っていうのは、やっぱりメンバーが亡くなっていくってことですよね? さみしいなあ。
マ それもあるけれど、そうそう切ない話ばかりでもない。彼らの最後のツアーに添える、花束みたいな映画だよ。ところで、ここ数年で、アメリカとキューバの関係が劇的に変化したことは知ってるでしょ。
客 そうでした、そうでした。まさかの急接近。
マ 陳腐な表現だけど、アメリカとキューバはずっと、近くて遠い国だったから、革命とそれにまつわる国交断絶をきっかけに、親子やきょうだいで別れて住むようになってしまって、何十年も会えないひとたちがたくさんいる。『アディオス』では、そうしたひとたちの再会も描かれているよ。そして、繰り返しになるけれど、それがどういう意味を持つかが、見てわかるように周到につくってある。それともうひとつ、バンドと意外な人物との出会いもある。ここもなかなかほろっとさせるんだけど、その時点からさらに時間がたっちゃったもんだから、いま現在の状況下で見ると、また微妙な気分だけども。
客 話を聞いていると、今度の『アディオス』はたっぷり時間をかけて取材されているようだし、恵まれた環境でつくられたみたいですね。
マ と言いたいところだけど、けっこうゴタゴタしてたらしいよ。ここ(*2)を読むと、2017年のサンダンス映画祭でのプレミア上映が予定されていたのが、直前で配給会社が「まだ完成してないので」って言い出して出品を取り下げたなんて書いてある。ま、そのへんのトラブルはまったく感じさせないし、続篇につきものの出涸らし感は一切ない。むしろ、ヴェンダースの前作を軽々と超えてると思う。あれの続きなんでしょ、とか、残り物なんじゃないの、なんて見くびったらもったいない。
客 いやいや、これだけ聞かされたら、見に行きますよ!
マ レヴューだから、どうしてもそういう〆になるよね。このDVDも貸してあげるから、キューバに興味が湧いたら見てみてよ。
客 『低開発の記憶−メモリアス−』と『Chico & Rita』……知らないなあ。
マ 『低開発の記憶』は1968年のキューバ映画で、監督はトマス・グティエレス・アレア。1953年にローマの映画実験センターを卒業したらしいから、増村保造ともどこかですれ違っていたかもね。それはともかく、革命直後のブルジョワジーの生活が見られる映画。金持ちはみんな国外に脱出していく時期に、ハバナに残って退廃的な生活を送る男が主人公。
客 あんまり勇ましくないですね。革命した国の映画のイメージとは違ってて。もう1本は、アニメですね?
マ そう。『チコとリタ』、フェルナンド・トルエバ、ハビエル・マリスカル、トーノ・エランドの3人が監督。1940年代から50年代のハバナとニューヨークが舞台で、ピアニストと歌手の恋物語。実在のミュージシャンもたくさん出てくるし、当時のハバナの風景や両国の関係も見ごたえがあるよ。あ、こっちは輸入盤のDVDしか出てないから、がんばって英語字幕読んでね。
客 え、なんか急に酔いが醒めたな……まずは『アディオス』見てみます。
*1 https://eiga.com/news/20160108/1/
映画.com ニュース「ミニシアターブームの火付け役「シネマライズ」閉館」
2016年1月8日付
*2 https://www.indiewire.com/2017/06/lucy-walker-the-buena-vista-social-club-sequel-adios-broad-green-1201838862/
IndieWire “Anatomy of a Disaster: Inside the ‘Buena Vista Social Club’ Sequel That Became a Fiasco”
2017年6月21日付
【作品情報】
『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ☆アディオス』
(2017/イギリス/カラー/110分)
監督 ルーシー・ウォーカー
製作総指揮 ヴィム・ヴェンダース他
配給 ギャガ
© 2017 Broad Green Pictures LLC
公式サイト:http://gaga.ne.jp/buenavista-adios/
7月20日、TOHOシネマズ シャンテ他、全国順次公開!
【筆者プロフィール】
鈴木並木(すずき・なみき)
1973年、栃木県生まれ。2016年より、普通に読める日本語の雑誌「トラベシア」を刊行しています。6月に第3号が出ました。今号のテーマは「おかあさん」。