【Report】90歳のジョナス・メカスを追いかけて 第3回(最終回)~ロンドン編~ text 小山さなえ

 ~新作『ある幸せな男の人生の未公開シーン/Out-Takes from the Life of a Happy Man』

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ロンドンの中心部、ハイド・パークとケンジントン公園の中間にある、現代美術ファンに人気の「サーペンタイン・ギャラリー」でジョナス・メカスの新作映画の上映を含めた個展が開催された。(2012年12月5日-2013年1月27日)※ロンドンではこの後も、英国映画協会/BFI(British Film Institute)によるメカスの特集上映&トークイベントが展開された。

パリのポンピドゥー美術館で11月末から始まったジョナス・メカスの回顧上映を1本でも多く観るべく、私は東京での仕事が終わった翌朝には飛行機に飛び乗り、到着した夜からメカスの映画漬けだったが、もうひとつ楽しみにしていたのが、2か月前に予約したロンドンにおけるメカスの個展のオープニングイベントだった。当日の朝、パリから高速鉄道ユーロスターに乗り、私自身、学生の頃を過ごした大好きなロンドンに約2時間半後に到着。

毎冬、ハイド・パークには移動遊園地のアトラクションとクリスマス・マーケットの出店が立ち並び、多くの人出で賑わう。珍しく暖かい日が続いていたパリと異なり、ロンドンは変わらず寒かったが、公園の緑とサーペンタイン湖の白鳥たちが美しく、自然と足取りも軽くなる。

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(左)公園の中にひっそりとあるサーペンタイン・ギャラリー 右)ハイド・パークのサーベンタイン湖

1934年に建てられたティー・パビリオンを改築した、サーペンタイン・ギャラリーは、まさか現代美術が展示されているとは一見思えない、平屋の一軒家のような作りで、公園を散歩中にふらっと入って見てみようという気になる親しみ易さがある。展覧会の企画は非常にレベルが高く、これが無料なのだから、イギリス人が本当に羨ましい。

ジョナス・メカスにとってロンドンで初めてとなる個展のタイトルは、『ある幸せな男の人生の未公開シーン/Out-Takes from the Life of a Happy Man』。今回の個展において、どのようなテーマで、どの作品を見せるべきか、相当悩んだようだが、今回のテーマに辿り着いた理由をメカスはこう語っている。(以下、ジョナス・メカス著、サーペンタイン・ギャラリー出版の個展カタログ“Jonas Mekas”より引用)

「自分は運命によって、旧世紀のあらゆる過酷な状況を経験したが、同時に、長く生きる人生を与えられたことで、その忌々しい記憶は時とともに消え、美しい記憶だけが残った―自分を取り巻く、豊かで美しい世界、良き仲間と家族たち。自分の人生や作品を熟視した時、私の目には、仲間たちとの楽しく幸せな時間だけが映っていた。(中略)そのように考えた結果、私はかつての自分を支え、正気を保たせてくれ、生きることや仕事を続ける理由を与えてくれた仲間たちとの日々や記憶に捧げるような展示にしたいと考えた。自分の人生が幸せであるよう天使たちが守ってくれていたように感じる、そんな瞬間を私に授けてくれた、全ての人たちに―。」

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My Two Families 2012 Jonas Mekas Installation view, Jonas Mekas Serpentine Gallery, London © 2012 Jerry Hardman-Jones

最初の部屋を入ると奥の壁一面に、16㎜のフィルムを引き延ばしてプリントした人物写真が縦4枚×横20枚、計80枚にわたって掲げられていた。『ふたつの家族/My two families 2012』と題し、彼の本当の家族と、彼が共に生きてきた芸術家仲間たちの写真が掲げられている。ナム・ジュン・パイク、アンディ・ウォーホール、サルバドール・ダリ、ジョージ・マチューナスほか、日本からは吉増剛造氏の名も。作品解説で「私は常に、このふたつの家族の間を、行きつ戻りつして生きてきた」とある。彼が結婚したのは、50代を過ぎた晩年。それまで彼の貧しい生活や創作活動を支えたのは多くの芸術仲間たちで、その面々が鮮やかに映し出された本作は、メカスに脳裏に映る仲間たちとの過去の美しい記憶をそのまま具現化しているようだった。

同じ部屋の右壁では、『ワールドトレードセンター、俳句2010/ WTC Haikus 2010』を投影上映。彼がソーホーで暮らしていた頃、散歩中や家族を撮影している際に、いつも映っていたワールドトレードセンターの一瞬の姿を集めた映像。それは、メカスを含め、ソーホーで暮らしていた住民、皆の幸せな記憶の一部のように、いつまでもループ上映されていた。

左壁には、1971年6月に同郷の芸術家ジョージ・マチューナスが、彼のスタジオがあったアパートの地下で親しい友人たちを招いて開いた食事会『DUMPLING PARTY 2012』の様子を展示。ジョン・レノンが当時、手に入れたばかりのポラロイドカメラで撮影した写真も並ぶ。オノ・ヨーコ、アンディ・ウォーホールなどの仲間が集まり、楽しそうに話し、笑う様子を見ていると、当時の芸術家仲間の共同体が彼らにとって心安らぐ場所であったことがよく分かる。

Dumpling Party

DUMPLING PARTY 2012 Jonas Mekas Installation view, Jonas Mekas Serpentine Gallery, London © 2012 Jerry Hardman-Jones

左隣の部屋へ進むと、共に過酷な運命を生きてきた、弟アドルファスとの日々を象徴する展示。まず1945年~1949年にかけ、ドイツの難民キャンプを転々とした頃に彼らが撮影したモノクロ写真や、NYに渡ったのち、再びドイツ時代に強制労働を強いられた難民収容キャンプを訪ね歩き、撮影した映像を展示した『ドイツ時代への追億2012/REMINISCENCES FROM GERMANY 2012』。当時の壮絶な日々を記した『メカスの難民日記』を読んだ後だと、写真や映像には映らない彼らの辛く厳しい日々に思いを巡らせてしまう。

次の部屋は、彼が詩人として発表した詩集セメニシュケイの牧歌/SEMENISKIU IDILES 2012の詩と、その後、ふるさとリトアニア/セメニシュケイ村に帰郷した際に撮影した写真、そして各国で翻訳された彼の詩集を展示。(村田郁夫氏の訳による『セメニシュケイの牧歌』日本版詩集も並んでいた。)

また、『ペトラルカへ/TO PETRARCA』と題したスペースでは、同名の彼の実験的な著作本に用いた新聞や雑誌の記事の切り抜きや、手書きのメモやイラストを展示。

To Petrarca

To Petrarca 2009. Installation view, Jonas Mekas Serpentine Gallery, London. © 2012 Jerry Hardman-Jones

Lavender Piece

LAVENDER PIECE 2012 / Bolex cameras owned by Mekas Installation view, Jonas Mekas Serpentine Gallery, London. © 2012 Jerry Hardman-Jones

また歴代のボレックスカメラ5台もショーケースで展示。その奥では、モニターを積み上げ、過去の旅や友達、家族との映像の断片をランダムにモニターに映し出す『ラベンダーピース/LAVENDER PIECE 2012』と題されたインスタレーションが待ち受け、彼の人生の様々な瞬間を一気に見ている感じで不思議な感覚に襲われた。そして、待望の新作を上映している最も大きな部屋へ。








Out-takes from the Life of a Happy Man 2012. Installation view, Jonas Mekas Serpentine Gallery, London. © 2012 Jerry Hardman-Jones

Out-takes from the Life of a Happy Man 2012. Installation view, Jonas Mekas Serpentine Gallery, London. © 2012 Jerry Hardman-Jones

『ある幸せな男の人生の未公開シーン』と題されたその作品は、彼が過去発表した作品にどうしても収まらなかったフィルムを(タイトル通り「未公開シーン」)を中心に1本にまとめた作品。しかし、いつもと異なるのは、全編を貫く彼のトーンがどこか悲しげなのだ。幸せそうな若き頃や家族、仲間、故郷での映像が紡がれる中で、「365日プロジェクト」で吐露したような、過去の辛かった日々や仲間の自殺などについての言及も挿入され、時折、フィルムの編集を年季の入った小さな編集機を使って、丁寧に手作業で行う自分の後姿を淡々と映し出すのだが、見ていると、とても切なくなってくる。作品に収録しなかった映像。単なるカットシーンだけではなく、時として、人とシェアしたくなかった映像や思いがそこにはあったのではないか。実は今回の作品制作は、彼には決して楽しいだけの作業ではなかったのかもしれない。もう彼はこの作品を最後に映画制作をやめるのではないかと思わせる作品で、その悲しげなトーンは私を一気に不安にさせた。

その嫌な予感を払しょくすべく、観終わると、複数の展示が続く次の広い部屋へ移動。まずは『ファースト・フォーティ/THE FIRST FORTY』と題された映像。解説には、「2007年の『365日プロジェクト』を始める前、2006年最後の40日をフィルムダイアリーとして撮っていた」とある。それが今回の作品らしい。次に2009年のNYを撮影した40点の写真を展示した『NYに愛を込めて2009/TO NEW YORK WITH LOVE 2009』。彼の解説の言葉がとてもいい。

「1949年にNYに降り立った時、私はそれまでの強制労働収容所や難民キャンプで過ごした日々によって、心身ともボロボロになっていた。そんな私の正気を保たせてくれ、救ってくれたのがNYだった。NYの人々、ストリート、サウンド、エネルギーは私を包み込み、私は抗うことなく(その環境を)受け入れることができたのだった。」

反対側の壁には、『ロンドンの映画製作者たちに愛を込めて/TO LONDON FILM-MAKERS WITH LOVE』というタイトルの作品の展示。1970年代のロンドンで開催された重要な独立系映画祭“International Underground Film Festival”“International Independent Avant-garde Film Festival”、ふたつの映画祭に参加したメカスが、当時愛用のボレックスで撮影したフィルムを写真に引き伸ばし展示していた。新しい映像の世界に魅せられた人々の熱気が伝わってくるようなワクワクするような写真。その横では、当時のアヴァンギャルド映画作家たちの台頭を象徴する短いポートレート映像集『BIRTH OF A NATION』がモニター上映されていた。

そして、NYに来て最初に住んだブルックリンのウィリアムスバーグ(今ではNYのトレンド発信地として有名)の複数の写真が展示され、『煉獄のイメージ/ IMAGES FROM PUGATORIO 2012』と題されていた。解説で「私たちは(自分と弟)はこの時代を移行期-我々の煉獄(Purgatorio)と位置付けた。」ダンテ(神曲)に出てくる「煉獄」は天国と地獄の間にある。明るい未来が予期されているが、当時の彼らが抱いていた先が見えない不安、それを端的に表した作品題だ。

ANTHOLOGY FILM ARCHIVES BANNER 1970 LABORATORIUM ANTHOLOGY 2001 Installation view, Jonas Mekas Serpentine Gallery, London. © 2012 Jerry Hardman-Jones

ANTHOLOGY FILM ARCHIVES BANNER 1970 LABORATORIUM ANTHOLOGY 2001 Installation view, Jonas Mekas Serpentine Gallery, London. © 2012 Jerry Hardman-Jones

そして最後の部屋。そこでは、彼が1964年に創設し、ライフワークでもあるアンソロジー・フィルム・アーカイブ(以下AFA)に関する展示がされ、ジェローム・ヒルがデザインした最初の旗、そして、そのAFAの黄金時代1990年~2000年に訪ねてきた多くの著名な映画作家たちが登場する『ラボラトリアム・アンソロジー/Laboratorium Anthology 2001』を上映されていた。

 以上、メカス初の個展の全容をざっと紹介してみたが、個人的な感想としては、新作はさておき、残念ながら、どこか統一感がなく、雑多な印象をぬぐえなかった。作品ひとつひとつは素晴らしいのだが、メカス特有の瞬時に鑑賞者に訴えかけるような、瞬発力のある作品はなく、静かにそこで昔を懐かしんでいるような作品が多かった。今回の個展の中心にあった核となる作品は「彼の人生のアウトテイク」を集めたという新作映画だった。会場中にあの新作のナレーションの音声を流せば、それらがこの雑多な過去の作品やメカスの思い出をまとめ上げ、この個展は鑑賞者に訴えかけるような、もっと違ったものになったと思う。

一方で、「全ては映画の中に語られているから、私は何もいうことはない」という言葉を彼はよく使うが、その言葉が象徴するように、彼の最もパーソナルな部分をテーマにした今回の個展より、彼の映画を1本観た方が、より深く彼のことが分かるような気がした。セルフプロデュースに長けている彼は、やはり自分以外の誰かが企画した個展では、真価を発揮できないのかもしれない。

最後に、この会期中、ジョナス・メカスは自ら招待客に対して、音楽イベントを主催した。当日ぶっつけ本番で、色んな国から集まった音楽家(イギリスの映画監督、マイク・フィグスも参加)による多国籍バンドと、メカスのポエトリー・リーディングのような唄のコラボを披露。ギューギューに人が集まった中を、ダンサーも転がり踊りまくる、熱い夜。

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(写真:メカス主催のライブの様子。右端:自分の出番以外は、2時間立ちっぱなしで撮影するメカス)

このライブの最中、メカスは自分のパフォーマンス以外は、ずっと真剣な面持ちでビデオを片手に立ちっぱなしで撮影。90歳とは思えない凄い体力。約2時間のライブが終わり、疲労困憊のメカスに話しかけた。「ぜひ、日本にもまた来てください」というと「ああ、日本にはたくさんの友達がいるからね」と静かに笑った。その後、息子のセバスチャンとも話すと、メカスは意欲的に新作を制作中とのこと。「あー、よかった!またこの夢の続きが見られる……」と安堵。帰り道、12月のロンドンの夜は冷たい雨が降り、暗く寒かったけれど、どこか心は温かく、ひとりほくそ笑みながらハイド・パークを後にしたのだった。

※当日の夜のイベントの音声だけ、サーベンタイン・ギャラリーが提供しています。http://www.serpentinegallery.org/2012/12/jonas_mekas_and_friends.html

 【関連記事】
90歳のジョナス・メカスを追いかけて 第1回(全3回)~パリ・前編~
http://webneo.org/archives/9012
90歳のジョナス・メカスを追いかけて 第1回(全2回)~パリ・後編~
http://webneo.org/archives/10094

【執筆者紹介】

小山さなえ(こやま・さなえ)
1978年生まれ。慶応義塾大学卒業後、(株)リクルートで広告営業等を経て、映画配給会社で映画バイヤー等を数年経験後、フリーランスで国内外の映画祭広報・コーディネート・アテンド・翻訳、通訳業などに携わる。海外放浪癖あり。
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