【Interview】『レッドマリア それでも女は生きていく』キョンスン監督 聞き手=水上賢治

011 b韓国で300万人以上を動員する大ヒットとなり、日本でも大きな話題を呼んだ『牛の鈴音』の制作者のサポートを受け、韓国の女性ドキュメンタリスト、キョンスン監督が作り上げた『レッド・マリア それでも女は生きていく』。全体の構成力や映像力の弱さやなど本作は、作品として荒さが目立つのは確か。でも、その一方で、監督自身が明確にテーマとしている女性の“労働”について投げかける問いはひじょうに多い。韓国・日本・フィリピンの社会の片隅で生きる現代女性たちの無視できない声を記録している。今を生きる女性たちと向き合った日々をキョンスン監督に訊いた。
(取材・構成 水上賢治)

 ――今回の作品では、いろいろな立場にいる働く女性たちと対話を重ねています。この“女性”と“労働”についての問題に目を向けたきっかけはどこにあったのでしょう。

キョンスン 
2006年に発表した『ショッキング・ファミリー』は、いまだに韓国に根強く存在する家父長制度について批判をこめて描いた作品でした。この作品を日本で上映した際、こんな意見がたくさん出たんです。“(この作品に登場する)自立を求めて生きる韓国の女性たちがとてもうらやましい”と。この感想は、私にとって意外でした。と言うのも、私はそれまでテレビのニュースや新聞の記事から伝わってくる情報から、日本では女性の社会的立場がきちんと確立されていて、労働面の男女格差もないだろうとてっきり思っていたんです。

でも、話を聞くと、どうもそうではないらしい(笑)。家父長制度もまだ残っており、主婦業への理解もあまり高くなく、要職につく女性の数も少ない。子供ができて働きたくても働けない状況になる女性もいっぱいいるという。こういう話を聞いて私は思いました。“日本では掃除機や洗濯機、炊飯器などの性能が進歩して改良されていただけで、女性をめぐる労働環境はあまり改善されていなかったんだ”って。そのとき、同時にこうも思ったんです。“もしかしたら、女性の労働環境というのは豊かな国でも貧しい国でもあまりかわらないのかもしれない”と。この疑問が作品の出発点になりました。

――それがあって自国である韓国と日本、さらにフィリピンへと範囲が広がった。

キョンスン そうですね。日本でそういった経験をしたあと、韓国に戻ったときに今までよりもより強く感じることがありました。それは、東南アジアから多くの女性が(韓国に)働きにきている現状です。でも、私自身はまったくと言っていいほど東南アジアについて知らない。そんな自分に愕然とするとともに反省して、東南アジアの女性についてもっと“知りたい”と強く思いました。その東南アジアの中でも、フィリピンは海外での出稼ぎが国策として進められている。それで思い切ってフィリピンに渡って、1年ほど現地で実際に暮らして文化や国情を自分の中でつかんで、そこから女性たちの撮影取材を始めました。

redmaria_main                 『レッドマリア それでも女は生きていく』より

――50年を経て、真相を語り出すフィリピンの戦時性暴力被害者のリターさん、16歳で父のいない娘を産んだフィリピンのセックス・ワーカー、クロットさん、突然解雇を言い渡された非正規雇用の労働者、ジョンヒさん、企業で働くことではなくホームレスの生活を選択した市村さん、大企業の不当解雇と断固として闘う派遣労働者の佐藤さん、介護施設で働く在日三世のスンジャさんなど、最終的に家事労働者から性労働者、非正規労働者、移住労働者、介護労働者、そして戦時性暴力被害者まで年代も置かれた環境、仕事内容も違う女性を取材する形になりました。

キョンスン 自分でもここまで広がるとは予想していませんでした。日本の市村さんは新聞の記事を見てアポイントをとりましたが、ほかはほぼ取材をする中で出会った人たちです。偶然の巡りあわせというか縁というか、ほんとうに出会いに恵まれました。

――中でも、フィリピンのセックス・ワーカーである女性と、日本軍から性的暴力を受けた老女を取材できたのは大きかったのではないでしょうか? 

キョンスン そうですね。はじめは女性の労働に関して取材を進めていったわけですが、戦時性暴力被害者のリターさんに出会って、もうひとつ世界が広がったと思います。戦時中、性的暴力の被害を受けた彼女は日本軍だけではなく、周囲の人間、特に男性から蔑んだ目でみられた。自分は何も悪くないのに。この男性が女性に課す性の倫理は、たとえば子供が出来たら当然、仕事を辞めて家に入るといった働く女性に対する見方などとどこか根底でつながっている気がします。そこに気づかせてくれたのは紛れもなくリターさんでした。

――日本の市村さんもひじょうに大きくクローズアップされています。これは監督自身、どこか感化されたところがあったのでしょうか?

キョンスン 今、私たちが生きる資本主義社会では食べ物など消費できないものは簡単に捨てられてしまうほどものが溢れている。富むものはさらに富み、一方で貧しいものは住む家さえないほどの格差が生じる。単純な話でないことは承知の上ですが、シンプルに考えたら、食べ物も仕事も皆でシェアすればさほど問題は起きないわけです。

市村さんはそれを自ら実践している人。彼女のこの考え方に私は大いに賛同します。私は労働というのは必ずしも賃金を得るものではないと思っています。家事もボランティアも労働で、もっと言えば生きていくため、暮らしていくためにやることすべてが労働だと考えています。ですから、お金を儲ける労働を1番上に見るのはどうかなと。実際、今、韓国では月給の高い人ほど実生活に満足感を得ない人が増えている。いくらお金を手にしたところで幸福度が上がるわけではないことに現代人はそろそろ気づかなくてはいけないのではないでしょうか。

redmaria_sub_2                  『レッドマリア それでも女は生きていく』より

――個人的には、この世の中がいかに競争社会になっているかがわかる作品でした。正しくは“男性の”としなくてはいけないですね。どう考えても男性が作り上げた社会のシステムですから。

キョンスン
 その競争社会に対して、一石を投じる気持ちがあったのは確か。私自身はもうさかのぼると小学生のころから、勉強にしろ、何にしろ競争させられるのが嫌いで、いつも一歩ひいているところがありました。学校だとクラスにいくつかの仲良しグループが出来ますよね。でも、その中でも争い事が起きますから、どこにも属さないようにしていたぐらいです(笑)。

もちろん一対一で向き合って、互いを尊重した上で切磋琢磨することは大切だと思います。ただ、個人と個人にしても、企業と企業にしても互いを省みず、意味のない己のプライドや権力、そしてお金のためにやみくもに競い合うのは対立しか生まれないと思います。ただ、一種の競争でもある映画祭で、自分の作品が受賞することはうれしいんですけどね(笑)

――日本もそうなのですが、韓国の映画界もどこか男性社会だったりするのではないでしょうか?

キョンスン 日本もそうだと思うのですが、韓国の映画界もいわゆる商業映画とインディペンデント映画に大きく分かれて。メジャーと言える商業映画は、やはり男性監督中心です。でも、インディペンデント映画、とりわけ私がフィールドとしているドキュメンタリー映画界に関して言うと女性監督がひじょうに多い。だから、私自身は男性中心の世界だからゆえの居心地の悪さを感じたり、何か差別的な被害を受けたりしたことは特にありません。前の質問と合わせて考えますと、お金を中心にまわっているところにはやっぱり男性が中心にいますね(笑)。

――では、映画を見ていて、男性に都合のいいことばかり描かれていると思ったりすることはないですか?

キョンスン 男が、女がというよりやはり映画は何を描いているかが大切ですから、あまりそういった目線で作品を見ていないです。私自身も“女性だから”といった意識を持って作品を作っていないですし。私自身がドキュメンタリーという映画で作っていきたいと思っているのは、たとえば男性が好む価値観や文化もあれば、女性も好む価値観や文化もある。そこを見つめる作品とでも言ったらいいでしょうか。人と人の相互理解が深まる作品を模索していきたいと思っています。
013b【監督プロフィール】

キョンスン  Kyung Soon
ドキュメンタリー映画監督。1999年、フィルム制作会社「レッドスノーマン」設立。『ダンディライアン』(99)、『パトリオットゲーム』(01)などマイノリティの視点を大切にした作品が高い評価を受けている。3年の年月をかけて制作された『ショッキング・ファミリー』(06)では、韓国社会の中で揺れ動く家族の在り方と、自立を求めて新しい価値観に挑戦する女たちの生き方を、自分の家族を素材に作品化した。済州島で海軍基地建設をめぐって揺れ動くカンジョン村を8人の監督の一人として記録したオムニバス・ドキュメンタリー『Jam Docuカンジョン』(11)にも参加。「キョンスン」は、苗字を使わない運動として名前のみで活動している。

 【作品情報】

『レッドマリア それでも女は生きていく』
(2011年/韓国/HD/98分)

監督・撮影:キョンスン
プロデューサー:コ・ヨンジェ(『牛の鈴音』)
制作:レッド・スノーマン、レッドマリア制作委員会
出演:佐藤昌子、いちむらみさこ、リタ、モニカ、スンジャほか
配給協力:シグロ、働く女性の全国センター
配給:スリーピン

上映中(〜11/22) 
渋谷 シアターイメージフォーラムにて 11:00~/21:00~
大阪 
第七藝術劇場 近日公開

公式サイト:http://www.redmaria.jp/

【聞き手プロフィール】

水上賢治 みずかみ・けんじ
映画ライター。「ぴあ映画生活」、ガイド誌「月刊スカパー!」などで執筆中。

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