【Review】がんを楽しむ〜『いのちを楽しむ 容子とがんの2年間』text 青木ポンチ

『いのちを楽しむ』より©ビデオプレス

日本人の死因のトップ3と言われる「がん」。ほか二つの「心臓病」「脳卒中」を引き離し、メディアなどでも盛んに取り上げられ、語らえる機会の多い、特別な病気だ。確率的にはありふれているのに、とりわけ難病で、不幸なイメージがつきまとう。

私の父親も、直接の死因は食道がんだった。発覚した時には余命2〜3か月という、ドラマでよくあるような展開。実際にはわずか1か月だったのだが、その間に何か特別なことがあったわけではなく、ただ急速に衰えて、死んだ。

がんは特別な病気のように捉えていたフシがあるが、ある日突然、誰かのもとに現れ、「闘う」など何かアクションを起こすゆとりもなく、ただ命を奪っていく、そんな印象が残った。地震や津波と、さして変わらないものに思えた。

このたび、私のもとに届いた作品のタイトルは『いのちを楽しむ』。
いわゆる「闘病記」といわれるジャンルのものは、私はどちらかというと苦手だ。死ぬのが辛いとか見ていて悲しいとかではなく、どこか「病気と闘うこと=感動」という図式に抵抗感があるからだと思う。「そんな単純じゃねえよな」と、見る前からタカをくくってしまう自分がいるのだ。

だが本作の主人公は、がんと「闘わない」。がんと「立ち向かう」「向き合う」というのも微妙に違う。「見つめる」「寄り添う」に近い。結果として「慈しむ」、そして「楽しむ」という境地に達している、といった印象だ。

カメラは、「余命2年」を宣告された渡辺容子さんの、亡くなるまでの2年を淡々と追っている。確実に「死」というエンディングが待っているのがわかっていて、そこに向かってカメラを回すのもただごとではないし、何より、それを許可した、むしろ望んだ容子さん自身もただものではない。そしてちょっぴり、あこがれた。

自分ではラストまで見届けられないのが残念だが、「死に至る記録」は誰もが興味があるし、「ウケる」。人生のラストで、自分を主人公にした物語を世に遺してもいいんじゃないか。そんなお茶目な山っ気も、容子さんにはたしかにあったと思う。

だがやはり、「死」は一筋縄ではない。いのちを楽しみ、がんを面白がっているふうな容子さんだが、もうひとつの主人公であるがんは、主演女優の容子さんに容赦なく「痛み」「苦しみ」をもプレゼントする。

物語後半、カメラはレンズをそむけることなく、容子さんの「確実に弱っていく姿」を捉える。「痛い」「つらい」とはひと言も発しない容子さんだからこそ、苦しみが静かに迫ってくる。だがそんな「苦しみのギフト」さえも、楽しんでいるように見える。

容子さんは「活動する人」だ。がん発病後も、震災があれば反原発デモに参加するし、みずからの病気も、映像記録以外に著書を記したり講演に出向いたりと、積極的な表現活動を惜しまない。

そして、肉親は妹さんのみだが、活動を通じてつながった仲間たちが、自然と容子さんを支えている。容子さんの最後の「わがまま」を、みんなで共有し、楽しんでいるように見える。誰もがかように見事な「おひとりさま」にはなれないかもしれないが、「生きかた」がそのまま「死にかた」につながった、幸せな例に思える。

そう、闘病記とは違うが、本作は「渡辺容子」という作品のラストを飾る、一世一代の活動の記録であることは間違いない。人の苦しみも喜びも、自分の苦しみも喜びも、みな分け隔てなく寄り添い、共感する。その一方で大所高所からもみずからを俯瞰し、冷静に事象を見据える、そんなディレクターの視点も忘れない。あたたかくも、クール。だからこそ、本作はあたかも「監督=渡辺容子」のように感じてしまうのだ。

メッセージ…というと容子さんは嫌いそうだが、あるとすればそのこと、「自分が人生の主人公になる」ではないだろうか。環境や立場は違えど、それぞれの人生は、自分が主人公のはず。まずは、そう生きてきたかどうか。

そして、いちばん肝心な人生の終幕で、いきなり他人にいのちを丸投げするのではなく、ほかの誰も味わえない自分だけの苦しみも喜びも、ラストの瞬間まで噛みしめて生きているか。存分に噛みしめている様子の容子さんを見ると、うらやましくもあり、あこがれもする。

作中で、「がんは豊かな死に方」的な表現があった。腎臓病や脳卒中と比べても、個人差はあるが痛みは少ないし、それにいきなり死ぬようなケースは少なく、「余命何年」というような人生を噛みしめる猶予期間がある。特効薬はなくても、治療の選択肢は幅広い。
容子さんはがんに選ばれ、がんを楽しんで死ぬことを選んだ。自分も、がんで死ぬのも悪くないな、と思えた。

『いのちを楽しむ』より©ビデオプレス

『いのちを楽しむ』より©ビデオプレス

【作品情報】
『 いのちを楽しむ 容子とがんの2年間 』
2013年/日本/102分/カラー/4:3/DV-CAM 

制作著作:ビデオプレス 取材・構成:松原明 佐々木有美 
宣伝協力:ウッキー・プロダクション(猿田) デザイン:渡辺純

◎文科省選定(青年向き・成人向き)
◎日本映画ペンクラブ推薦

公開中 

渋谷:シアター・イメージフォーラム(〜6/28)連日11:00〜
大阪:シネ・ヌーヴォーX 時間は要問合せ TEL 06-6582-1416

※6/15(土)舞台挨拶&「ランチトーク」、6/16(日)は「ランチトーク」あり
※公式ホームページ:http://www.inochiyoko.com/

【執筆者プロフィール】
青木ポンチ あおき・ぽんち
1972年生まれ。東京都出身。「株式会社スタジオポケット」所属のライター・編集者。『週刊ザテレビジョン』誌などで映画レビューを執筆。ほかエンタメ全般、社会問題、自己啓発など幅広い分野で執筆中。ブログ:http://ameblo.jp/studiopocket/

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