アジア有数の歴史をもつ映画祭にも忍び寄る“中国政府”の影——
北京から広州に移り住んだ「中国インディペンデント映画祭」代表による
上映作品見たままレポート!
この数年、北京で暮らしていたのだが、北京の環境の悪さに嫌気がさし、今年から広州へ転居して来た。環境の悪さというのはPM2.5に代表される環境汚染もあるが、映画を取り巻く環境もかなり悪化しており、これまでこのワールドワイドNOWでも紹介してきたように、検閲を受けていない映画の上映に対する締め付けがますます厳しくなり、イベントも行えない状況である。その点、広州はこれまで自主上映などがあまり行われてこなかったせいもあるが、上映に圧力がかかったという話も聞かない。実際、昨年私が日本映画を5本携えて中国8都市で上映イベントを行ったとき、広州でも上映したのだが、その時も何ら妨害を受けることもなく、多くの観客が集まって大変盛り上がった。今年広州に移ってきたのも、今後広州で上映活動を行えないかという考えが念頭にあってのことだ。
中国南部の広東省にある広州は、人口1300万人を有する北京、上海に次ぐ中国で3番目の都市である。香港にも近く、また付近には深センなど人口の多い都市がいくつもある。昔から商業が盛んな地域で、世界中に散らばる華僑の多くもこの辺りの出身だし、改革開放政策が始まってからは中国経済を牽引する役割を担ってきた。ただ、文化的なことへの関心は低いと多くの広州人が自認するように、都市の規模のわりには芸術に携わる人もイベントも少ない。映画も近年広州ではほとんど作られていないし、映画祭も存在しない。昨年末から今年初めにかけて、広州市内の美術館でドキュメンタリー映画の上映企画があり、私も会場に足を運んだことがあったのだが、無料上映でありながらゲストのいない回はほとんど観客が入っていなかった。同じ企画を北京で行ったときは多くの観客が集まったのに、広州ではこんなにも少ないのかと驚いた。もちろん、これだけの人口がいるのだから、やり方次第で今後興味をもつ人は増えてくるだろうし、上映の機会が増えてくればその輪を広げられるのではないかと思っている。
香港が近いというのは広州の魅力のひとつである。車で3時間足らずで着くし、最近ではボーダーを越える手続きも簡素化されているため、人の往来はますます盛んになっている。広州から少し足を伸ばせば、政治的圧力から開放された香港へ行けるとあって、大陸側の人々は良い時代になったと感じているようだ。その一方で、香港人たちの心境は複雑だ。特に香港に対する中国共産党の影響力がどんどん増し、人も大勢入ってくるようになった今、自由が制限されるのではないかという不安は大きい。
さて、そんな香港で3月24日から4月7日まで香港国際映画祭が開催された。今年で38回目というアジア有数の歴史をもつ映画祭である。15日間という長い開催期間中に200を超えるプログラムが上映された。せっかく近くに住んでいるので、私も通ってみた。この映画祭では香港スターを宣伝に起用していたり、オープニングやクロージングの上映で間もなく公開される香港映画を大々的に取り上げるなど、地元の商業映画を盛り上げたいという意図は強く感じられるが、全体的なプログラムとしては新鋭の作家から巨匠までバランスよく集めているという印象を受けた。
そんな中で印象的だったのは、中国では上映できない作品が少なからずあったことである。香港の映画産業は今や資本も市場も大陸側に依存しなくては成り立たなくなっており、商売のことを考えれば中国政府との間に波風を立てたくないはずである。実際、中国市場を意識して中国政府のご機嫌を取ろうとしているような映画祭も海外にはいくつかある。でも香港国際映画祭はそうではないようだ。
例えばフィクションのコンペ部門で唯一中国から選ばれていた趙大勇監督の『鬼日子』は、一人っ子政策に伴う強制的な堕胎手術に触れていて、中国では検閲を通り得ない作品である。また、艾未未監督の『艾未未的上訴』は、2011年に彼が脱税容疑を名目に逮捕されてから裁判に至るまでの過程を自ら記録したドキュメンタリーで、いかに逮捕や裁判が不当で不正であるかを訴えたものだ。艾未未は中国では今も当局から行動を制限されているほどの人物であり、中国のメディアは彼の名前さえ載せようとはしないが、香港国際映画祭はあえて当局が真っ青になるようなこの作品を選んでいる。私も観に行ったが、500人弱が入る会場は満員で、緊張感と異様な熱気に満ちていた。香港人は、こんな中国政府が自分たちの日常にどんどん入り込もうとしているのかと、危機感を持って映画を観ていたようだ。
もちろん、香港の市民だってただ指をくわえて今の状況を見ているわけではない。日本で報じられているかどうかわからないが、香港では頻繁に数万人規模のデモ行進が行われていて、報道の自由や教育制度を守ろうとしている。今回「香港パノラマ部門」で上映されたドキュメンタリー映画『Lessons In Dissent 』は、そんなデモを組織する学生たちを撮ったものだ。監督はMatthew Torneというイギリス人で、黃之鋒という学生運動のリーダーたちに密着して、彼らが2012年前後に行った中国共産党による洗脳教育に反対する活動を紹介している。通常この映画祭ではどの作品も2回しか上映しないのだが、この作品は追加の無料上映も行われた。どの回も満員で、学生らしき若い観客でいっぱいだった。映像は時に天安門事件の映像も混ぜこみ、扇動的な音楽が流れるなか黃之鋒がアジっていて、それを観て熱くなった観客も多かったことだろう。
私が『Lessons In Dissent』を観た回では、その後同じ会場で『The Square』というエジプト映画も上映された。2011年にタハリール広場で始まった大統領辞任を要求するデモから、その後の選挙やデモ隊弾圧、そして2013年の政変までの一連の流れを、デモに参加していた数名の人物を中心に撮影したドキュメンタリーだ。この作品は通常上映のほかに学生を対象とした上映会も行われており、映画祭がこうした作品に力を入れていることがわかる。民主化デモというテーマといい、映画のタイトルといい、中国政府の関係者が見たらきっとイライラすることだろう。
個人的には『艾未未的上訴』や『Lessons In Dissent』は、一方的に自分たちの言い分を述べているだけで、映画としては物足りなく感じた。それでも、こうした作品が香港で上映され、そこに若い観客が多く集まってくる姿には、少しホッとする。台湾もそうだが、社会に不安が蔓延する中で若い人たちが政治に積極的に関わろうとしている姿は、非常に健全に見える。
もちろん香港国際映画祭がこうした作品ばかりを上映しているわけではなく、多数ある作品の中にこうしたものも含まれているに過ぎないが、このような作品は他の作品に比べて観客が多く、注目度は高い。香港の人々はこうした映画を必要としているのかもしれない。いつまでもこうした映画が上映できる香港であってほしいものだと思う。
【第38回香港国際映画祭(第38届香港國際電影節)】
2014年3月24日(火)-4月7日(月)
※ドキュメンタリー・コンペティション部門あり 審査員:想田和弘、Lee Daw-Ming(国立台北芸術大学教授/監督)、Angie Chen(監督)
グランプリ:『My Name is Salt』(スイス・インド) 監督:Farida Pacha
審査員賞:『最後のハンダハン』(中国) 監督:グー・タオ(顧桃)
スペシャル・メンション:『Meat and Milk』(仏) 監督:ベルナール・ブロッシュ(Bernard Bloch)
【執筆者プロフィール】
中山大樹(なかやまひろき) 中国インディペンデント映画祭代表
2008年から東京で中国インディペンデント映画祭をはじめ、現在は2年に一度のペースで開催している。2010年からは活動の拠点を中国に移し、北京、天津を経て現在は広州在住。中国では日本映画の上映も行っている。