【Review】夢なるものの本質性——『夢は牛のお医者さん』 text 皆川ちか

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では、夢を叶えるために、具体的にはどうすればいいのだろう。

クラスメートの牛たちとの別れの後で、獣医師になるという夢を明確に彼女が抱いて以降は、その実際的な方法が描かれていく。彼女は中学校に進学すると、自分の夢を家族に明かす。親元を離れて高校に進学し、3年間テレビを観ることを自分に禁止する。大学受験のチャンスは一度と、自らに課す。自分をぎりぎりの状況に追い込む。この間、彼女は自分に向けられるカメラに対して語らない。カメラもまた、彼女から積極的に言葉を引き出そうとしない。むしろ遠巻きに見守っている。

本作品がフィクションか再現ドラマ形式だったなら、この期間をこそ饒舌に、感動的に描くはずだ。夢を叶えるために頑張る女の子の姿として。美談として。けれど本作品はフィクションでも再現ドラマ形式でもなく、リアルタイムドキュメンタリーなので、この期間は比較的、さらりと扱われている。ここで私たちは期せずして気がつく。夢を叶えるために努力をする姿は、画にならないということに。

もしや、緊張感で全身を武装してぴりぴりしている彼女に対して、長年追い続けてきた愛着関係があるからこそ、作り手は気遣い、そっとしていたのかもしれない。その代わり、この期間は彼女の父親へカメラを向けることにしたのかもしれない。

結果的に、その構成は非常に功を奏している。

「滑り止めに、私立を受けておけ、と話したこともあったんだけどね……」

彼女が大学入学試験を受けている間、校舎の外で待っている父親はカメラにそう語る。

かつて娘から夢を打ち明けられた当初、父は危うんだ。「牛のお医者さんになるには体力がいるし、なにより学力がいる」と、カメラに率直に語っていた。言葉にはしていないけれど、経済的な負担も言外に匂わせて。

あらゆる面から考えて、娘の夢の不可能性を、父はだれよりも知っていた。だから、懸命に努力し続ける娘に協力を惜しまなかった。

本作の縦軸が「夢」とするなら、横軸は「家族」だろう。二つの軸ががっちりと組み合わされて、家族の協力と理解は夢の実現に不可欠なものとして、説得力をもって響いてくる。

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「感動的な物語」の枠に収めるには、この作品は、夢なるものの本質が強く迫りすぎている。

夢を叶えるために努力する姿は、画にならない。

画になるのは、夢の叶った瞬間だけだ。

そのとおり。彼女の夢が叶う瞬間は、多くの夢を扱った物語と同様、本作のクライマックスとして扱われている。彼女の表情がぱっと弾けて、ほころぶ。周囲の人びとも喜ぶ。感動的な寿ぎの光景だ。美しく、気持ちがいい。私たちが見たいのは、こういう画なのだということを、改めて痛感する。

そして、夢が叶っても「物語」は終わらない。

愛と同じで夢は、勝ち得たその後が肝心だ。絶えず水をあげなければ、たちまち凋んでしまう。維持するためには努力がいる。努力、また努力だ。そう、努力は夢にずっとついてまわる。叶ったからといって、安心も油断もできない。

それは、夢を叶えた人ならば、だれもが知ってることだろう。

必要なのは、祈りでも願いでもない。周囲の協力と、弛まぬ努力。画にならない、見やすくない、美しくない、気持ちよくない、できることなら避けたい、遠ざけたいもの。努力。

それに耐えられる人こそが、夢を抱くに値する。

叶う、叶わない以前の、夢なるものの本質性。この題名が示すとおり、本作品にはそれがありありと明かされている。

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【執筆者プロフィール】

皆川ちか(みながわ ちか) 

新潟県出身、東京在住。『韓流旋風』でコラム連載中。別名義でWEB小説マガジン「fleur(フルール)」(http://mf-fleur.jp/)で小説を執筆。文庫本『私があなたを好きな理由』(メディアファクトリー)発売中。

 

【作品情報】

 『夢は牛のお医者さん』
(2014年/86分/HDCAM/カラー)

監督:時田美昭
プロデューサー:坂上明和
ナレーション:横山由依(AKB48)

協力:日本テレビ「NNNドキュメント」
後援:新潟県
推薦:公益社団法人 日本獣医師会
製作著作:TeNYテレビ新潟
配給宣伝協力:ウッキー・プロダクション

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公開状況(2014年5月4日現在)

東京・ポレポレ東中野ほか、全国で公開中

※他地域も多数検討中。自主上映貸出展開も予定しています

▼【北海道】札幌シアターキノ:7/5~
▼【北海道】苫小牧シネマトーラス:7/12~
▼【青森】フォーラム八戸:6/28~
▼【岩手】みやこシネマリーン:6/7~
▼【岩手】フォーラム盛岡:6/28~
▼【宮城】フォーラム仙台:6/28~
▼【山形】フォーラム山形:6/28~
▼【福島】フォーラム福島
▼【新潟】十日町シネマパラダイス:7月アンコール予定(再映)
▼【新潟】シネ・ウインド:7/19~(再映)
▼【新潟】高田世界館:4/29~(再映)
▼【神奈川】横浜シネマジャック&ベティ:4/26~
▼【静岡】浜松シネマイーラ:夏休み期間
▼【愛知】名古屋シネマスコーレ:5/3~
▼【京都】京都シネマ:5/10~
▼【大阪】大阪第七藝術劇場:5/3~
▼【兵庫】神戸アートビレッジセンター:6/7(土)~20(金)[火休] 10:40
▼【広島】横川シネマ:6/7~
▼【大分】シネマ5:5/24~
▼【鹿児島】ガーデンズシネマ:8/2~