1984年、撮影許可を求めるが“まだ早い”と断られる
16年後、“準備が整った”と突然連絡がくる
そして5年後、世界で初めてベールに包まれた伝説の修道院の全貌が明らかになった
「大いなる沈黙へ」は構想から21年の歳月を費やして製作され、長らく日本公開が待たれていた異色のドキュメンタリーである。フランスアルプス山脈に建つ グランド・シャルトルーズ修道院は、カトリック教会の中でも厳しい戒律で知られるカルトジオ会の男子修道院である。
修道士たちは、毎日を祈りに捧げ、一生を清貧のうちに生きる。自給自足、藁のベッドとストーブのある小さな房で過ごし、小さなブリキの箱が唯一の持ちものだ。会話は日曜の昼食後、散歩の時間にだけ許され、俗世間から完全に隔絶された孤独のなか、何世紀にもわたって変わらない決められた生活を送る――。これまで修道士たちを実際に記録した映像はなかった。1960年に2人のジャーナリストが内部に入ることを許され撮影したものがあるが、修道士は映さないという条件のもとでの撮影であった。
ドイツ人監督、フィリップ・グレーニングは1984年に撮影を申し込み、ひたすら返答を待つ。そして16年後のある日、突然、扉が開かれた。彼は修道会との約束に従い、礼拝の聖歌のほかに音楽をつけず、ナレーションもつけず、照明も使わず、ただ一人カメラを携えて6カ月間を修道士とともに暮らした。なにも加えることなく、あるがままを映すことにより、自然光だけで撮影された美しい映像がより深く心にしみいり、未知なる時間、清澄な空気が心も身体も包みこむ。
音がないからこそ、聴こえてくるものがある
言葉がないからこそ、見えてくるものがある
中世からの石造りの聖堂、回廊――。冬から春へ、ゆるやかにめぐる季節、くりかえされる祈りと務め、修道士たちの澄んだまなざし、空のうつろう青の色、雲、 ふりしきる雪、火、窓辺の明かり――。この世の喧騒からとおく離れ、まったく異なる 時間が流れてゆく。中世から朗唱されてきた聖歌のように。質朴な家具にさしこむ日の光、訪れる人と去りゆく人、生と死、闇と影、ろうそくの灯、星々、月、太陽、 風にゆれる木々、氷、水滴、水紋、清冽な川の流れ、かたい土を耕し、芽吹く 緑、はじけるように咲くクロッカス、日のぬくもり、労働と休息、聖なる言葉、鐘の音、 はるかなる山々――。この作品は修道院を撮影したというよりむしろ、映像が修道院そのものとなったと言える。
今日の社会のように、かたちや結果に価値をおくのではなく、内なる精神に意味を求める日々、この沈黙にみちた、深い瞑想のような映画には、進歩、発展、テクノロジーのもとで、道を見失った現代社会に対する痛烈な批判と、今日の物質文明を原点から見直そうとする思いが根底にある。森羅万象、瞬間がこの上なく尊く、観る者はこの2時間49分をとおして、かけがえのない経験をすることだろう。
監督は、西ドイツ出身のフィリップ・グレーニング。最新作「警察官の妻」(日本 公開未定)では2013年ヴェネチア国際映画祭審査員特別賞を受賞した。長 編監督作5本目となる本作は、修道院から撮影の許可が出てから約2年間の 準備期間の後、2002年の春と夏にかけての約4カ月、2003年の冬の2カ月ですべての撮影を終了した。グレーニングはこの貴重な記録映像を約1年かけて劇場公開用の尺に編集し、海外のテレビ向けに短編バージョンも制作した。 制作予算は70万ユーロを超え、作品はHD CAMで撮影された映像からマス ターされた35ミリフィルムに、35ミリのオリジナル映像とスーパー8で撮影されたいくつかの映像を混ぜて作られた。
『大いなる沈黙へ』は2005年にドイツで公開されるとヨーロッパをはじめ各国で 大きな反響を呼び、2006年サンダンス国際映画祭で審査員特別賞を受賞した他、多数の映画賞を受賞した。
日本では9年の歳月を経て、待望の公開となる。
|公開情報
大いなる沈黙へ――グランド・シャルトルーズ修道院
監督・脚本・撮影・編集:フィリップ・グレーニング
製作:フィリップ・グレーニング ミヒャエル・ウェバー アンドレス・フェフリ エルダ・ギディネッティ
共同製作:フランク・エーヴァース
エクゼクティブ・プロデューサー:イェルク・シュルツェ フィリップ・グレーニング
オリジナルサウンド:フィリップ・グレーニング ミヒャエル・ブッシュ
2005年 |フランス・スイス・ドイツ|カラー | 169分 |ビスタ|ドルビーデジタル
原題:Die Grosse Stille
公式サイト www.ooinaru-chinmoku.jp
★7月12日(土)より岩波ホールほか全国順次ロードショー
|監督プロフィール
フィリップ・グレーニング Philip Gröning
1959年4月7日、西ドイツ、デュッセルドルフ出身。デュッ セルドルフとアメリカで育つ。映画の世界に入る前に南 米を長く旅しながら医学と心理学を学び、1982年に ミュンヘン・フィルム・スクールに入学する。脚本家を目指し ながらピーター・ケグレヴィック監督やニコラ・ハンベルト 監督作品に俳優として出演するようになり、助監督や サウンドアシスタントとしてのキャリアも積む。
1988年に “Sommer”で長編監督デビュー。2作目“Die Terror- isten!”(92)、4作目“L’Amour, L’Argent, L’Amour” (00)の2作はロカルノ国際映画祭のコンペティション作 品に選ばれ“Die Terroristen!”は銅豹賞を受賞。 最新作「警察官の妻」(“Die Frau des Polizisten”) で2013年ヴェネチア国際映画祭審査員特別賞を 受賞した。