【Review】なぜ、渡り鳥の大群は消えたのか ――『鳥の道を越えて』 text 神原健太朗


©工房ギャレット



まるで、蜘蛛が糸で作った網で、餌となる昆虫を捕らえるかのようだ。「カスミ網猟」と呼ばれる、かつてその村で行われていた鳥猟の手法からそんな印象を受けた。

本作の監督である今井友樹は、岐阜県東白川村で暮らす祖父・今井照夫から、故郷の思い出を聞かされた。「昔、あの山の向こうに“鳥の道”があってな」と向かいの山を指差し、かつて渡り鳥の大群が空を埋め尽くして道を作っていたと言うのだ。友樹はその光景を見てみたいと思い、それを探る旅に出た。本作は、友樹自らがストーリーテラーとなり、その旅、調査を記録した、鳥と人をめぐるドキュメンタリーである。

岐阜県は北部の飛騨地方と南部の美濃地方に分かれる。美濃地方の東側である東濃地方は、緩やかな山々に囲まれている。その東濃地方の北部境に友樹の祖父・照夫が暮らす東白川村がある。秋、北からの渡り鳥の一部が東濃地方を通過して南へ向かい、平野部で越冬すると言われている。そこでカスミ網猟の登場である。

カスミ網とは鳥に気づかれにくい非常に細い糸で作られた鳥類捕獲用の網であり、捕獲した鳥が簡単に逃げられないようにポケット状になった部分があるのが特徴である。遠くから見ると、網が霞んで見えることからそう呼ばれている。カスミ網猟は、その網を鳥屋(とや)と呼ばれる場所に張って行う鳥猟のことである。しかし、ただそれを張っているだけでは、上空を飛んでいく鳥を捕らえることはできない。そこで、囮の鳥を使って渡り鳥の群れの一部を網が張られている山肌へと誘い込むわけである。囮の鳴き声で誘い込むのだが、仲間を呼ぶ鳴き声はその季節には発しないところを、飼育の際に囮の鳥をコントロールして、季節を勘違いさせるようなかたちで、仲間を呼ぶ鳴き声を出させているという驚くべき技術を使っている。カスミ網猟は、少なくとも江戸時代には確立されていたということであるが、人間が鳥の特徴を把握し、知恵を絞って生み出した、ある意味においては素晴らしい手法と言えるだろう。

しかし、今ではカスミ網猟は法律で禁止されている。貴重な野鳥が乱獲されたために、1947年にGHQによって禁止されたのだ。それでも密猟が後を絶たず、67年経ったいまでも社会問題となっている。防鳥ネットと称してカスミ網を使用する者さえいたようだ。季節毎に日本に飛来する渡り鳥。かつてはその大群が飛び交っていたが、近年はその光景を目にすることはできない。やはり、カスミ網猟が行われていたことが原因であると考えざるを得ないのか。カスミ網猟は、野鳥を食用とする習慣から、その野鳥を大量に捕獲する効率的な手法として生み出されたわけだが、前述のとおり、その起源は江戸時代にまで遡る。これには、単純にカスミ網猟だけが、渡り鳥を減少させてしまった原因とは言い切れないと考えさせられる。カスミ網猟が江戸時代から続いてきた過程で、すでに渡り鳥が減少していたのなら、戦後GHQの介入以前に禁止されていても不思議ではない。それまでの日本という国家が、まだそこまで成熟していなかったのかもしれないが、やはり渡り鳥は減少してはいなかったのではないだろうか。GHQの介入により、その後の高度成長の下地が作られていた頃、自然と人間との関わりが大きく変化していき、生態系にも様々な影響を及ぼしていったに違いない。


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ここで、生態系というものについて考えさせられたエピソードを紹介したい。2014年1月から3月にかけて行われた、東京都三鷹市と武蔵野市にまたがる井の頭恩賜公園の井の頭池のかいぼり。かいぼりとは、ため池を排水し、堆積した泥を出し、池底を干し、魚を捕る、といったため池の維持管理に欠かせない作業である。約30年ぶりに行われた井の頭池のかいぼりは、2017年の井の頭恩賜公園開園100周年に向けて、在来生物の保護と水質改善を目的に実施された。池に生息する魚の90パーセント以上がオオクチバス(ブラックバス)、ブルーギルなどの外来魚で、在来生物を捕食し、生態系に大きなダメージを与えてきていたが、今回のかいぼりによって、それら外来魚を排除することで、在来生物の復活が期待されていた。結果としては、在来生物の保護、水質改善の面で、ある程度の成果は得られたようだ。ただ、都合により一部排水しきれていないエリアがあったため、そこにブルーギルが残ってしまった。更に、ブルーギルの天敵ブラックバスはほぼ排除できていたため、逆にブルーギルが大量に繁殖してしまうという結果も出てしまったようだ。これはとても複雑なことである。そもそもそこにいてはいけない外来魚。その外来魚の排除が一部できなかったことにより、元々の崩れた結果の外来魚も含めての生態系が、更に崩れることとなったようなものである。在来生物だけの、オリジナルの生態系は取り戻せないのだろうか。

井の頭池のオリジナルの生態系はまだ取り戻せていない。渡り鳥の大群も同様である。しかし、人間がそれらを取り戻そうと努力している。カスミ網猟は禁止されたが、密猟が後を絶たない。しかし、それを取り締まり、更に野鳥保護の活動も行われている。外来魚を排除しようとするのは人間。そして、人間のやってきたことを排除しようとするのも人間。外来魚と人間が重なって見えてくる。


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本作の監督今井友樹は日本映画学校を卒業し、民族文化映像研究所に就職する。そこで所長の姫田忠義と出会う。禁猟となったカスミ網の狩猟文化とどう向き合えば良いのか、助言を求めたところ、このような返答があったという。

「水中で魚を追いかけても、魚には勝てない。野山で猪や鹿を追いかけても、彼らには勝てない。まして空を自由に飛び回る鳥には、勝てないどころか、人は憧れをも抱く。しかし勝てないでいては、生きていくことができない。そういう中で、猟師たちは動物を観察し、動物のいのちをいただく術を身につけてきた。そのことをどう考えるべきか。その問いは、いまを生きる私たちにとって、大切なことである」

この言葉から、まさに人間も生態系の一部だということを感じ取ることができる。狩猟文化は、生きる手段、動物の本能とも言えるだろう。冒頭でカスミ網猟のことを、「蜘蛛が糸で作った網で、餌となる昆虫を捕らえるかのようだ」と記したが、蜘蛛も人間も同じなのかもしれない。生き物は生き物を食して生きていくのだ。

ただ、忘れてはいけないことがある。それは生態系に加えて更に広範囲の自然社会の構造とでも言うべきものである。人間は自然社会に生きていることの責任を念頭に置いて、人間社会の発展を考えていかなければならない。鳥の乱獲や木々の乱伐を行えば、きっと自然社会の構造は崩れ始める。これを崩すのは人間であり、これを崩さないようにするのも人間にしかできないことなのである。

監督今井友樹からこんな言葉をもらった。
「カスミ網だけで鳥がいなくなったわけではなく、原因は複合的にあります。それは人間が自然とどう関わって来たかを問われているのだと思います。鳥がいなくなりつつあるいま、鳥猟文化も野鳥保護も鳥無くしては成り立たないもの。未来に向かってどうあるべきかを問いました。」

本作を観てからこの言葉を読むと、監督の思いがより強く伝わってくる。『鳥の道を越えて』は、監督の祖父の言葉をきかっけにしながら、自然と人間の関わりに真摯に向き合い、我々がなかなか知り得なかったことを知らせてくれる作品であり、自然との関わりをあらためて深く考えさせてくれる作品である。

いつか、渡り鳥の大群は戻ってくるだろうか。

【映画情報】

『鳥の道を越えて』
(2014年/日本/ヴィスタ/93分)

監督:今井友樹
制作:鈴木正義 今井千洋
撮影:澤幡正範 川口慎一郎 永山正史 箕田朗子 佐藤孝博 今井洋介 早川正文
録音:高木創
作図:岩井友子
音楽:フルート 姫田大
監修:佐藤文男(山階鳥類研究所)
共同製作:CINE-CLIMB
企画・製作・配給:工房ギャレット

※平成26年 文化庁記録映画 優秀賞 受賞
10/26(日)11:00~ シネマート六本木にて受賞記念上映

東京・渋谷シアター・イメージフォーラムにて11月1日から公開(連日11:15~
名古屋・名古屋シネマテークにて今秋公開

執筆者プロフィール】

神原健太朗(Kentaro Kanbara)
1972年、埼玉県川越市出身。東京工科大学工学部卒業。シネマ・メディエーター。2012年3月、17年間のIT関連サラリーマン生活を終え、映画に関する活動を開始。様々な映画祭や上映イベントに企画、運営、宣伝他で関わり、映画ライター、35mmフィルム映写、フィルムコミッション、エキストラ、自主映画制作へも活動の場を広げている。

Twitterアカウント:@CinemaMediator