【自作を語る】ブルーノプロデュースvol.8『ラクト』 女優三人による座談会


ブルーノプロデュースによるドキュメンタリーシリーズ第4弾。真夏。
打ち上げられた花火のゆくえを追って、少女たちは、導火線の燃えカスを辿り始める。
三人の女優による、シリーズ初の会話劇。

|公演概要

2012年8月9日(木)~15日(水)
ブルーノプロデュースvol.8『ラクト』
構成・演出 橋本清/音楽 涌井智仁
出演 金谷奈緒(青山ねりもの協会)/吉川綾美/李そじん

|会場 

東中野レンタルスペース 東中野駅西口より徒歩1分!

http://ms-web.jp/gallery/ 〒164-0003 東京都中野区東中野4-4-5-203

|日程 

全13ステージ! 一週間開催! 上演時間約60分

8/9(木)19:30
8/10(金)19:30
8/11(土)15:00/19:00
8/12(日)11:00/15:00/19:00
8/13(月)15:00/19:30
8/14(火)15:00/19:30
8/15(水)15:00/19:00

 |チケット料金(前売り・当日ともに)

一般 2500円/学生 2300円/高校生以下 1500円
※各種割引あり。サイトなどをご確認下さい。

|特設サイト

http://www.brunoproduce.net/html/rakuto_site/top.html

  |2011年ダイジェスト映像

 |チケット予約・お問い合わせ

TEL 080-4344-4968
MAIL info@brunoproduce.net
WEB http://brunoproduce.net/
Twitter @bruno_produce

特別企画『ラクト』と《ドキュメンタリー・シリーズ》をめぐって ~女優三人による座談会~

 今作『ラクト』は、シリーズの初の会話劇。ドキュメンタリーシリーズや、『ラクト』について三人の女優が「演じる側」からおしゃべりします!演出家とは違った視点からのトークをお楽しみ下さい!(聞き手:スズキヨウヘイ〔ブルーノプロデュース〕)

|出席者

金谷奈緒
青山ねりもの協会主宰。『メザスヒカリノサキニアルモノ若しくはパラダイス』(2010.5)にて初参加。『クララ症候群』(2010.9)アフターイベント、『ひとがた流し』(2011.4)出演。ドキュメンタリーシリーズには『カシオ』再演(2011.10)以来の出演。

吉川綾美
『カシオ』初演(2009.12)にて初参加。ドキュメンタリーシリーズには『カシオ』再演(2011.10)以来の出演。

李そじん
『カシオ』(2011.10)にて初参加。『サモン』(2012.6)出演。

 ―

|《ドキュメンタリーシリーズ》とは

 ―― 《ドキュメンタリーシリーズ》経験者の三人だけど、『カシオ』再演(2011年@横浜STスポット)で、《ドキュメンタリーシリーズ》をやるって最初に聞いたとき、そのときどう思った、とかある?

 『カシオ』は、《ドキュメンタリーシリーズ》は今年まで続くと思っていなかったから、小学生の生活作文を基にっていうのが、面白いなって。今思えば「作文」っていうのがドキュメンタリーシリーズにすごい合ってたんだなって。

金谷 「ドキュメンタリー」っていうのがよくわかってない。(笑)《ドキュメンタリーシリーズ》って何、って感じなんですけど。

―― それは、《ドキュメンタリーシリーズ》をやって疑問がより深まったとかでなく?

金谷 最初から思ってた。《ドキュメンタリーシリーズ》って何だろうって。

吉川 『カシオ』の初演(2009年@サブテレニアン大山)でも自分たちの作文を使ってて、そのときも割と、俳優たちの出したことを繋げていくっていうのはあったんだけど、でもまだ清(演出家=橋本清)が脚本を書いていたというか、ストーリーがあった。その中に、作文っていう俳優の記憶が紛れ込んでた感じになってて。再演の『カシオ』では完璧に脚本を書いてなくて、俳優たちの記憶、初演の『カシオ』で言う作文だけを抽出したというか。それが私的には、そこがドキュメンタリー。それこそ、ドキュメント? ただ単に私は、清が構成にまわっているていうか、役者の記憶とかドキュメントを、構築して作っているから、《ドキュメンタリーシリーズ》なのかなって思ってたんだけど。

金谷 記録だっけ? ドキュメンタリーって。

吉川 記録。

金谷 記憶は?

吉川 メモリー。

金谷 記録?

吉川 自分のことじゃないことも喋るじゃん。

金谷 でもそれも記憶だよね。そこの境界は曖昧だよね。曖昧にしてるんだろうけど。なんか違うんじゃね?みたいな気持ちはある(笑)ドキュメンタリーっていうか、記憶っていうか。

―― ひとつにはパッケージしやすいっていうことがあるだろうね。

金谷 そう、パッケージしやすいから付けてるっていうのはあると思う。

―― 昨今の「記憶ブーム」に対してそうしてるんじゃないかなって思うこともある。記憶はいろいろな作品に入っている気はするし。個人もそうだし。他人の記憶は否定しづらいっていうか、肯定しちゃう感は俺はあるから、そういう意味で、ある意味キャッチーかなって。

金谷 「記憶ブーム」っていうか「些細なものブーム」なんじゃない?

吉川 はいはい。

金谷 身近な小さいものブームじゃない? それじゃない?

吉川 「ブログ芝居」みたいな?

金谷 (笑)。なにそれ。

吉川 誰かと会話してたときに、「ブログ芝居」って単語が出てきて。あーなるほどー、みたいな。その人が名づけたらしいけど。

金谷 自分のことを言う、とかそういうこと?

吉川 それこそ日常の些細なことを、「これ食べた、おいしかった」みたいなことをアップするみたいな。

 私、《ドキュメンタリーシリーズ》って銘打ってることに関してはそこまで深く考えてなくて。違う演劇だったら脚本が担当している部分を役者の記憶を材料にしている、それでもう成立してると思う。《ドキュメンタリーシリーズ》って言っちゃってるから、観に来る人は、名前どおりに受け取って観に来るから、そこのギャップで、なんか違ったみたいに言われるのが、やだ。

吉川 それはどういうこと?

 たとえば、『カシオ』は役者の記憶と演劇的なマジックっていうか、試みがうまい具合にバランスとれてて、演劇の作品ぽいなって私は思って。『サモン』はそういう演劇っぽいちょっとした仕掛けがほとんどなくて、ただ喋る、みたいなのが多かったから、でも観ている人は、ドキュメンタリーだから、この人たちは、役とかじゃなくて、その人間そのままで喋ってるって思うから、その人間に興味を持てなかったら、そこで終わっちゃう。この劇つまんなかったなって思っちゃう。

吉川 それはでも『カシオ』もそうだったよね。でもバランスはよかった。

 『カシオ』はそこのバランスがうまくとれてたと思うんですよね。『カシオ』は作文っていうのが結果的に《ドキュメンタリーシリーズ》っていうやりたいことにはまってたと思うから。それはたぶん『ワーネバ』(『ワールド・イズ・ネバーランド』。ドキュメンタリーシリーズ第二弾。)でもあって、『ワーネバ』は『ワーネバ』でなにか違う形ではまってて。その作品ごとで、どれではめていくか、考えているのか考えてないのかわからない(笑)

| 「橋本清は何なんだ」問題

  清さんと稽古以外の時間でお芝居について話すことがないから、清さんの考えてることが基本的にわかんないなって素朴に思ってます。一人一人のアプローチっていうか演技の質が違う、みたいな話に前なったじゃないですか。それは『サモン』でも言われたし『ワーネバ』でも言われたしって。思い返してみると『カシオ』のときも「女の子たちの芝居の質がみんな違くて、それを全部統一すればいいのにって思った」って言ってる人がいて、清さんは、「それはしたくない」って言って。清さんは意図的に統一しないってことをしたくてしてるのかって思ってたんですけど、こないだ訊いてみたら、「したいともしたくないとも思ってない、どっちでもいい」って言ってて。どっちでもいいってことを狙ってやってるんだったらそれでいいと思うけど、ただどっちでもいいだけだったら、この《ドキュメンタリーシリーズ》やるたびにマイナスポイントになってくかもって思った。

金谷 マイナスになるときとならないときがあるって感じだね。

 あー確かに。

金谷 私はドキュメンタリーってなんだろうっていうところがあんまり解決できてないんだけど、俳優の記憶を清くんが記録するじゃん。その清くんのフィルターがドキュメンタリーやねん、っていうのはなんとなく思ってて、そこをどう清くんが意識してるのかっていうのはいまいちわかんないんだけど、一個の見方として、記録している人の何かが見えると、別の面白みがあるんだろうなって。そこまで伝わってる作品と伝わってない作品、むしろ伝わってるシーンと伝わってないシーンがある。そういうところをね、自覚してるのかな? わかんない。清くんはその辺を明かさないからね。「自分が出すぎちゃいけない」って結構思ってるじゃん。自分が手を加えたってところ。でもそれじゃん!それが全てでしょ、みたいなのがいつもあって。《ドキュメンタリーシリーズ》を外から見ると「じゃあお前は何なんだよって」気持ちにいつもなるの。

全員 (笑)。

吉川 え、どういうこと?

金谷 ここにおける清はなんなの? って気持ちにいつもなる。神なの? みたいな。怒ってるわけじゃないけど。

吉川 特に手を加えず、見守るってこと?

金谷 手を加えてるじゃん。明らかに。

吉川 構成してる。

金谷 なんでそこに手を加えたんだって。演出家の顔が見えていい芝居なのに、出そうとしないっていうか、たとえば前説で清くんが挨拶すれば良いだけの話かもしれない、っていう。

吉川 どうなんだろうそれ。どうなんだろう。

金谷 あの人がやってるんだ、みたいな。だって《ドキュメンタリーシリーズ》全てにおいて清くんはそこにいるんだもん。手を加えてるってことはあなた自身がもうドキュメンタリーを背負っているってことなんだもんって。私の解釈は今のところそうなんだけど、《ドキュメンタリーシリーズ》で一向に変わらないのは清くんじゃん。俳優の思い出が変わったって、思い出を記録して変換するっていうのは清くんなんだから、そこがどうしたって肝なんだから、って思ってて。それが良いように作用していることもある。なにが「良いように」なのか全然わかんないけど、でもそこにいる清くんは忘れちゃいけないなって思ってて。『カシオ』のときは初めてっていうのもあったし、「清くんは何を求めているんだろう」っていう所で作文を書いたりしてたこともあったのね。そういう風に寄ったこともあったんだけど、自由に書いてくれる方を求めてるんだっていうのがなんとなく分かってきて。『ラクト』は自分の自由にするっていうより、なによりも清くんにならなきゃいけないんだなって気がちょろっとしていて。

《ドキュメンタリーシリーズ》、私これとあと9月の『くんちゃん』に出るから、一回「清くんになる」っていうのをどこかで試したいなって思っていて。そうさせてくれないかもしれないけど。それ、必要なんじゃないかなって。私が勝手に思っているだけで、別に必要ないのかもしれないけど、彼のあの感性とかね、そういったものが結局全てかなって気がして。俳優から材料を集めた次の段階として、構成したものを出さなきゃいけない、清くんの作品として、ドキュメンタリーしたものを表現しないといけないっていう仕事がもう一個あるわけじゃん。そこで清くんの考えてることとかが結構重要になってくるんじゃないかなって。なんなんだろうなー。「清くんは何なんだ問題」はずっと抱えてる。それはずっと持ってないといけない。ていうか割と持ってる人少ないんじゃないかな、俳優さんの中で。少なくない? 気になんないのかな。かわいけりゃいいよね(笑)。かわいければよくない? どうなんだろう。わかんないな。でもそこがいま一番気になってる。《ドキュメンタリーシリーズ》やるよー、観るよーって時に。どうしたって清くんがちらつくもん(笑)。私が清くんを知ってるからかな。

―― 知っている/知らないって差はどうしたってあるだろうけどね。

金谷 ね。知らなければいいのかな。

 ―

|『サモン』から『ラクト』へ

吉川 知らない人はそれこそ、「ドキュメンタリーだと思って来た」、みたいなスタンスなのかな。

金谷 そういう人は何を求めてるんだろうね。

 ドキュメンタリーを求めて来たわけではなくて、ブルーノプロデュースは初めてで、なんだろう? って思って来て。で、《ドキュメンタリーシリーズ》って言ってて、観たのが『サモン』のプレビューだったから、何にもなってないって思ったって。俳優が喋ってるのは聴くけど、《ドキュメンタリーシリーズ》っていってああいう喋り方されたら、「役者の李そじんはこういう夢を見ました」っていうことを話されても、そうですかで終わっちゃう。で? って思って、あまり好きじゃなかったって。別に役者個人の記憶を語らせたいとかそういうことを狙ってたわけではないんだけどとか私は言ったけど、でも私『サモン』のプレビューは、後々変わっていったし、演劇の作品として強度がなかったなって思った。確かにあれは観ていて、何にもないって言うと変だけど、演劇的な仕掛けとかバランスが1割くらいだったなって。プレビューが全然違かったから。そういうのだと、清さんが何をやりたいのかもわかんない。うまく伝わんなくなっちゃうし、《ドキュメンタリーシリーズ》って銘打ってること自体が、謎になっちゃうし。強度を持たせにくいから、そこを清さんがうまく構成するんだろうなって。

金谷 でも『サモン』はある意味一番ドキュメンタリーだなって思った。

全員 (笑)。

 まじすか。

金谷 本当に苦労してるっていうか、何かがあるっていうか、そういうのがすごく見えた。そのときの清くんの状況とかは全然知らなくて、久しぶりに会ったくらいで。敢えて演劇的な仕掛けを使わなかったんだろうね。敢えて使わなかったっていうか使う気になれなかったんだろうね。なれなかった、っていうことがすごい「生」だった。めっちゃ「生」だったよね。はい、どーんって。マグロの切り身どーんって、みたいな(笑)。

吉川 あれはほんと生だったね。

金谷 切るんすか? ここにお頭どーん、尻尾どーんみたいな。おーい切ったけどどうする、みたいな。ある意味一番ドキュメンタリーって気がしない? 演劇としてはやっぱり仕掛けが少なかった部分があって、これ演劇なのかな、これなんなんだろうって思う人もいたんだろうけど。

 私『サモン』の悶々感は好きだったんですけど。

金谷 そうそうそう。私も好きだよ。そういう悶々とさせる仕掛けが演劇的にならなかったっていうのもたぶん良かったのかなってちょっと思ってて。ここから何か物語とかそういうものが始まったら幸せだよねって。

 うーん。

金谷 そこから物語が始まればお客さんも救われるんだろうけどさ。

吉川 物足りなさ感みたいなのはすごくあって。でもそれは狙ってそこにいってるんだろなって気はした。

金谷 そんな幸せにはさせねーよ、みたいな。

吉川 そうそうそうそう。ぶつ切りだよ。

金谷 なるよ。私が清くんだったら幸せにはさせねーよ、こんなことやってて、みたいな気持ちにもなるし。

―― 今日久々に稽古場に来たけど、今どんなことやってるの?

 夏の思い出から入って、憧れとかコンプレックスとか、人柄とか人の記憶とか。

吉川 内側系。

金谷 ここの関係性とかに重きをおいてる。

吉川 この場にこの三人がいて―

金谷 それをどう処理していくかみたいな。

| 《ドキュメンタリーシリーズ》における俳優

 清さんのそのときの興味とかも変わるから、その流れに如何に適応できるかが必要な気がする。

―― 清の意図を察して合わせたほうがいいのか、とか思いもするけど。どうなんだろうね。

 そこに関しては、私の好みなのかもしれないけど、演出家はやりたいものがあるのなら、言葉を尽くしてちゃんと説明するべきだって思うから。でも清さんのダメ出しって基本「こうやってください」って言って「そこは違う」みたいな、抜いてく方式みたいな感じだったり。あと言葉が少なかったりするから、そこを俳優が察して察してみたいなのを、『サモン』のときに一回不健全な気がして。味戸さんとかは器用だし、結構やれることが多いから、「清はこうやりたいんだね」ってうまく要望に応えられる感じで。萌さんもそういう感じで。ヨウヘイさんは劇団員だから清さんは厳しくて。でもヨウヘイさんは懐広いから、「清はきっとこうだろう」みたいな。その姿が不健全って思ってた時期があって。じゃあ私はどうしようとか思って。単純に私が体を動かしてるときとかに器用になれたら済む話なんだけどとか思ったんだけど。

吉川 それが今日話してた「伸びしろ」の話だよねたぶん。「この人を伸ばそう」って気もないし、っていうところだと思うけど。

 俳優を伸ばそうとか育てようとかは別に思わなくてもいいと思うけど、作品作る上で最低限のコミュニケーションが取れていない気がして。っていうのは『カシオ』を経て『サモン』を経て今も思う。私も結構「あーそうですよね」みたいに言っちゃうから(笑)、こう見えて流れに乗っちゃうから、すぐ。あんまり反論とかできないから。でもとらない方がブルーノプロデュースとしては良いのかなとも思って。清さんの考えてることを察するみたいな、俳優が考えて、やってこうみたいな、言葉を解さずに俳優が頑張るっていう、この図は―

吉川 でもさっき伊比井ちゃん(伊比井香織。『カシオ』出演者)は違ったっていう話が出たよね。

 伊比井ちゃんは違いましたね。伊比井ちゃんみたいな演出家に質問をする人が座組に一人いてくれたらいいけど。

吉川 自分はそれではない?

 基本的に清さんがオファーするわけじゃないですか、その時点でそういう伊比井ちゃん的な人を入れて潤滑油にしよう、みたいに考えてないじゃないですか。わかんないけど。そういうことを念頭においてオファーしてるわけじゃないから、集められましたっていってこの三人になったときに、たとえばそういう伊比井ちゃん的な人はいないわけで、そういうときに清さんとどうコミュニケーションをとっていけば良いのかわかんない。『サモン』のときにそれを強く思って。でも今回は女子しかいないし金谷さんはふわっと誘導してるなって思って。綾美さんはにこっと和らげてるなって思って(笑)。清さんが元気っていうのはあるかもしれないけど、『サモン』のときよりはコミュニケーションとれてるなって思う。清さんが俳優とコミュニケーションをとることについてどう考えているのか知りたい。

全員 あー(笑)。

 わかんないことが多すぎて。訊けって話なんですけど。

金谷 割と何も考えてない気もするよね。考えてるときと考えてないときがある。考えてるときは言うもん。「こうしてください」とか言うから、何にもないときは何にもないんだと思う。つまんないも面白いもないのかなって気がして、「つまんないも面白いもないのか」って思って。

 (笑)。

金谷 「なんかしなきゃな」って思う(笑)。

吉川 それは思う。

金谷 たぶんどっちでもいいんだろうなって。「この人に関しては別にいま思うことはなくて、それでも成立してるから良くて」って気持ちもある気はしてて。「こうしてほしい」ってときは言ってくれてる気がして。こっちで何か考えてやってあげなきゃいけないみたいな雰囲気になりすぎちゃうと良くないって気がするんだよね。そのためにいるわけじゃねーよって。

―― 清の作品への距離感って面白いなって思って。なにか明確なビジョンがあってこういう風にしたいとかじゃないから、ある意味俳優たちと距離感が同じって。演出家/俳優ってポジションの違いで違ってはくるけど。

金谷 もっと仲間に入れてあげるべきだと思う。

吉川 あーそういうことはすごく思う。

金谷 そこにいるし、そういうスタンスなら(俳優と同じ)こっちでしょって(笑)そういうアプローチが必要なんじゃないかって思ってるんだよね。

吉川 最近、俳優三人だからっていうのもあるかもしれないけど、清を含めた四人で稽古してるって思うときがたまにあって。あ、これは今までなかったなって。

金谷 うんうん。
                                          (了)

 ―

|団体プロフィール

ブルーノプロデュース
主宰橋本清の演出作品を上演するためのプロデュースユニットとして2007年12月旗揚げ。2009年10月に劇団化と同時に≪ドキュメンタリーシリーズ≫と銘打ち、俳優たちの記憶と記録をベースにした創作活動をスタート。
アナログな身体を持つ俳優たちに、フィジカルな《思い出》とデジタルな《プロフィール》をフィードバックさせ、《記憶と記録》の離散と集合、断片と連続を描いていく。

vol.5 『カシオ』 @STスポット 撮影:青木司

※前回公演『サモン』neoneo掲載ページ http://webneo.org/archives/610