【連載】ワカキコースケのDIG!聴くメンタリー 第9回『栄光への爆走〈1966年仏ル・マン24時間レース〉』


子どもの頃、モーター文化は妙に身近にあった

 廃盤アナログレコードの「その他」ジャンルからドキュメンタリーを掘り起こす、「DIG!聴くメンタリー」。2ヶ月振りに連載再開となります。よろしくお願いいたします。
さて、今回の聴くメンタリーを紹介する前に、まくらを少々。後でちゃんとつなげますからね。

前回は、スーパーカー・ブームの頃に模型メーカーが発売したソノシート「ランボルギーニカウンタックLP500S」を紹介したのだが、実は少なからず、消化不良の思いがあった。運転免許を持っていないし、車の所有に興味が無いことで、微妙に腰が引けていた。

小学生の時、近所のアンちゃんにイジワルされた仕返しに、車庫に忍び込んでバイクのタンクに泥を詰めた。帰ってから兄にさりげなく、そのままバイクを走らせたらどうなるか聞いたら、「エンジンが爆発する。乗ってる奴は手足をバラバラにして死ぬぞ」と言われて、夜中にうなされた。よくよく思い返すと、これがかなりのトラウマ。エンジンが付いたものを恐れる原因になっている。ひとのバイクを1台オシャカにしといて、アレだけど。

数年後、いわゆる不良グループとつるむのが面白くなった(ややグレかけた)ものの、夜遊びの花形・無免許運転にノリきれず、結局は仲間扱いしてもらえなかったのも蹉跌経験のひとつ。


でも、その前はレースとかマシンとか、ふつうの男児なりに好きだったんだ。
テレビまんが(アニメ以前の通称)で繰り返し再放送されていたのは、『マッハGoGoGo』『チキチキマシン猛レース』『ルパン三世』の第1シリーズでも、ルパンは第1話でF1マシンに乗っている。明るい宇宙もの、未来ものの人気が一段落して、現実に近い夢を見られる題材としてレースが選ばれている流れは、子ども心にも分かった。

漫画も同様。池沢さとしの
『サーキットの狼』は絵が好みでなかったぶん、F1を舞台にした村上もとか『赤いペガサス』のリアリティに狂った。F1人気とスーパーカー・ブームはほぼ同時進行だったから、僕ら田舎のガキは大抵、車からヨーロッパの国名を覚えたのだ。ポルシェはドイツ、フェラーリとランボルギーニはイタリア、ルノーはフランス、ロータスはイギリス。

このようにモーター文化が
70年代の子どもの周りにまで波及した、その原点は、ホンダがF1グランプリに初参戦した64年前後だと思われる。日本グランプリが始まったのも63年。
映画でも、戦後の興行ベストテンは常にハリウッド作品の独占状態だったが、この頃からイギリスの007シリーズが興行の首位を奪うようになった。ひらたく言えば、洋画のヒット作のイメージが、西部劇の馬にまたがるガンマンから、スポーツカーに乗り込むジェームズ・ボンドへと一気に変わった。

第二次世界大戦で、日本と同様に大きな代償を支払ったヨーロッパの先進国が、メカニック文化の厚みと進取の精神をモーター・スポーツで再び見せている。憧れ、また、追いつきたいと高揚するムードが、モータリゼーション初期の国内にあったのは当然だろう。

そして、そのヨーロッパで、F1のモナコグランプリと並んで最高のレースと称されるのが、ル・マン
24時間レースだ。


ジャケットも良し、内容も良し、の好盤

聴くメンタリーはCD以前のメディアであるアナログのビニール盤で、しかも音楽じゃないものを扱うレコード。ビデオが市販化されて以降は、ほぼ絶滅した。そのため、現在の目で手に取ると、どれもが風変わりな珍盤・奇盤に感じられる。
しかし、しつこく背景を吟味すれば、当時の時流にちゃんと適った、大手の会社が商売になると踏んだだけの価値があったと呑みこめてくる。当時の世相・人情も想像できてくる。
その勉強が毎回面白いことも、この連載を続けている理由のひとつなのです。

ル・マンの雰囲気を伝えるレコードがあれば、それなりのセールスが見込めた時代なのだなと分かったところで、ようやく、今回紹介する
『栄光への爆走 1966年仏ル・マン24時間レース〉』の話に。




ジャケットがとにかくいい。壁に飾りたくなるぐらい、いい。それでも48年前のLPだから付いた値段は200円。即買い。
これなら中身も期待できる、と思ったら、それ以上だった。

大半の音声はナレーションと出場車の走行音で、後からBGMを貼り付けるような演出も無い。地味といえば地味なのだが、約
40分の構成が、レース前のガレージでの整備、会場の賑わい、スタート、レースの模様をグラハム・ヒルが解説、そしてフィニッシュと、コンパクトにまとまっている。

それに、案外、音と音の間に隙間がある。

フワワワウウウーン
バアアアアアワワヴヴビュヴォゴゴーンンンウウウウウウ……

と1台が、コース脇のマイクの前を走り去った後、少しだけ経ってから、

……ハアアアーンンンン
ンンンンギュオオオーンンンウウウウウウ……

が続く。レース本番を録っているわけだから、実際のタイム差=レコードの間になっている。これが思いがけなく魅力的。カウンタックのデモ走行に絞った前回のソノシートでは、望めなかった豊かさだ。

ただ、繰り返し聴いてこうして書き分けた走行音も、どちらもフォードGT(
40)Mk2だとナレーションで解説されると……ガックリ。走行音でマシンを聞き分けるのは、僕には不可能だ。
大体、今書いたのは直線コースの音で、コーナーに入ってシフトダウンする時はまた違う、激しい走行音になる。

「しかし、どんなにスピードを上げても、それでル・マンのレースに勝てるわけではありません。ル・マンのレースは
24時間走り続けるという耐久レースなのです」
1923年以来、毎年毎年、50台以上の世界的なスポーツカーのチームが、ここル・マンにやってきました」

(午後4時のスタートから4時間経過し)
「黄昏が近づくと、ヘッドライトの光が広告塔を大きく浮き出し、長く寂しい忍耐の夜が、彼らを待っています」





こんな風にル・マンについて説明し、音だけでは分からない、夜を徹して走るようすをナレーションするのは、式場壮吉。第1回の日本グランプリで優勝するなど、国内のレーシング・ドライバーの草分けだったひとりだ。こんな風に海外のレースを案内することが、日本のモーター・ジャーナリストの仕事の手始めだったのだろう。それを知らなければ本職のアナウンサーだと信じてしまうほど、読むのが達者だ。

▼Page2 堪能できる〈モーター・スポーツ最大の祭典〉らしさ につづく