作品
とはいえ、映画祭の良し悪しを決めるのは、やはり作品であろう。全部を観たわけではないが、印象に残った作品を以下に挙げてみる。
まず、コンペティション部門にあってグランプリ(最優秀作品賞)と観客賞を受賞した『コードネームは孫中山』(監督:イー・ツーイェン)。学級費も払えないぐらい貧乏な台北の高校生たちが、学校の倉庫でホコリをかぶっている孫中山(孫文)の銅像を盗み出し、金に換えようという計画を立てる。しかし、同じように貧乏な別のグループも、まったく同じ計画を立てていて……。と、コミカルな展開に終始するのだが、その背後に貧困という社会問題が潜んでいることをきっちり描いている。それでいて、さわやかな後味が素晴らしい。
同じくコンペティション部門から、タイ映画『アイ・ファイン、サンキュー、ラブ・ユー』。実に楽しく観られるラブコメディで、監督は2013年に本映画祭で『ATM エラー』が上映されたメート・タラートン。本作で、来るべき才能賞を受賞した。また、主演女優プリチャヤー・ポンタナーニコン(アイス)の愛らしさに密かに注目していたら、今年新設された薬師真珠賞を彼女が受賞した。「ちゃんと見ている人はいるものだな」と思った次第。
コンペティション部門の中国映画『いつかまた』(監督:ハン・ハン)。中国東端の島に住む3人の青年が、中国の西の果てまで旅をするロードムービー。ドタバタと言ってもいいような出来事が連続し、しかしその中で3人は考え、悩み、それぞれの道へ別れてゆく。青春の輝きと残酷さを、中国の大自然をバックに描いた、リリシズムを感じさせる一作。ABC賞を受賞した。
受賞を逃したが、コンペティション部門の『3泊4日、5時の鐘』(監督:三澤拓哉)も面白く観た。湘南の老舗旅館を訪れる人々のコメディチックな愛憎劇。ホン・サンス作品を彷彿させるという評もあるが、私はエリック・ロメールを連想した。巨匠の名を出して褒める、ということではなく、そこに会話劇の面白さを見いだしたということだ。本年公開予定。
特別招待作品部門からは台湾映画『軍中楽園』(監督:ニウ・チェンザー)を推したい。1969年、中国が目前に迫る金門島に配属された青年新兵(イーサン・ルアン)の担当部署は、いわゆる軍の慰安所だった。だが、そこで描かれるのは差別問題などではなく、青年とひとりの慰安婦の、ささやかだが切実な交流だ。最後、青年は慰安婦の思いを受け止めることができずに別れてしまうのだが、あるべき正しさを常に裏切ってしまう青春の無残さと後悔を、取り返しのつかないものとして、しかし誰にでもあることとして温かく描いている。その青春の捉え方に激しく共感した。日本公開は難しそうだが、勇気ある配給会社が現れることを祈る。
インディ・フォーラム部門からは『Starting Over』(監督:西原孝至)。19歳の奈々が主人公。同性の恋人・真凛がいるが、おおっぴらにはできない。母は病気で、その治療費を稼ぐために風俗店でアルバイト。母は昔の男とヨリを戻したいようだが、奈々はその男を嫌悪している。風俗店でのアルバイトを真凛に打ち明けたことで、ふたりの関係はギクシャクしだす……。楽しいはずの19歳の生活が、こんなにも厳しいとは! しかし、これも実際にありがちなことだろう。高校時代、はしゃぎ合う奈々と真凛の映像が美しくも切ない。しかし、楽しい思い出があれば、人はそこへ帰っていけるのかもしれない。
特集企画からは、エドワード・ヤンの『恐怖分子』と、中国の『唐山大地震』(監督:フォン・シャオガン)。前者は、なんとも形容しがたい映像と音の生々しさに圧倒される。時代を捉える、人生を捉えるとはこういうことか、という感動。エドワード・ヤンの偉大さを再認識した。後者は、スケールの大きさと破綻のない人間ドラマの出来具合に、文句なくやられた。オーソドックスな中国映画大作、という印象だが、その大上段からの力業が感動を生み出す。
最後に、私が最も感銘を受けたのは、クロージング作品『国際市場で逢いましょう』(監督:ユン・ジェギュン)だった。朝鮮戦争下、父・妹と離れ離れになった幼い長男ドクスは、釜山の叔母の家に身を寄せ、母、弟、末妹のために、身を粉にして働く。良き賃金を求めて、あるときは西ドイツの炭坑に、またあるときは戦火のベトナムに赴く。その波瀾万丈の人生はしかし、常に家族のためだけにあるのだった。韓国人の強い家族の絆を思い、私を育ててくれた大正生まれの父母を思った。家族愛だけがすべてではないし、それだけを強調されても困るが、「献身」について考えさせるという点で、いま観るべき映画だと思う。5月16日から全国順次公開予定。
課題
上映作品、観客動員、関連イベントなど、年々その規模は拡大してきているが、事務局体制はそれに伴うだけの内実を獲得していない。私の見るところ、今年がいっぱいいっぱいだろう。予算の問題もあってギリギリの布陣になるのだろうが、映画祭の規模や事務局の体制を再検討する時期に来ているのではないか。
これは個人的な感想だが、上映作品にラブコメディのような楽しくて他愛のないものが多いと感じる。もっと社会的なもの、問題作と呼ばれるような作品、そしてドキュメンタリー作品も上映してほしいと思う。
ちなみに、今年上映されたドキュメンタリー作品は、インドネシアのアクション映画史をたどった『ガルーダ・パワー』(監督:バスティアン・メーソンヌ)と、台湾ニューシネマの与えた影響を多くの映画人に取材した『光と陰の物語:台湾新電影』(監督:シエ・チンリン)の2本だった。
【映画祭情報】
第10回大阪アジアン映画祭
2015年3月6日(金)-15日(日)
http://www.oaff.jp
【執筆者プロフィール】
江利川憲(えりかわ・けん)
1951年、神奈川県生まれ、大阪在住。フリー編集者。ミニシアター「シネ・ヌーヴォ」代表取締役。NPO法人「コミュニティシネマ大阪」理事。3月22日、昨年11月に80歳で亡くなったキャメラマン・大津幸四郎さんの「お別れの会」(お茶の水・連合会館)に出席。死ぬまで仕事を続けた先達の偉大さに打たれた。