2012年になってからだけでも、韓国映像資料院がYouTubeに開設した専門チャンネル「Korean Film Archive」(*1)、あるいはイタリアのチネチッタ・ルーチェによる同種の試み(*2)と、大規模なオンライン映像アーカイヴの話題が伝わってくる中、ブリティッシュ・カウンシルも、1940年代に作られた短篇ドキュメンタリー映画、約120本を公開した(*3)。
http://film.britishcouncil.org/british-council-film-collection
題材は、自転車の製造工程、ロンドン郊外から都心への通勤風景、戦時下でも変わらず発行を続ける新聞社の様子、タマネギの成長の観察、警察官の訓練課程など、硬軟取り混ぜたもの。スタッフの中には、のちに劇映画の世界で名を上げたジャック・カーディフやケン・アナキンも含まれている。
おもに海外の英国大使館・領事館、学校などで上映されていたこれらの作品は、1960年代以降はおおむね忘れ去られ、BFI(ブリティッシュ・フィルム・インスティテュート)のナショナル・フィルム・アーカイヴでひっそりと保存されていた。それがこのたび、グーグルの寄付を得て、はじめてオンラインで公開されるはこびとなった。
……と、ニュース記事風にこの件を伝えるならば、だいたいこんな感じになるだろうか。では、もうちょっと細かく見ていこう。
ブリティッシュ・カウンシルの映画部門のディレクターがBBCの取材に応じて指摘している(*4)ように、ここに映っているのは、真実からは少なからずかけ離れた、外からこう見られたいとの欲望のあらわれた姿だろう。海外で上映されるとはすなわち、多かれ少なかれ、英国代表のユニフォームを着て出かけていくようなもの。佐藤忠男が、自分たち自身の理想像を映し出す映画の機能を「うぬぼれ鏡」と呼んだことを思い出されたい。
もっとも、これらの映像が出番を失い、ホコリをかぶるようになったのは、いわばよそ行きの映像に海外の観客が興味を持たなくなったからというよりは、植民地の独立やテレヴィの普及など、外的な要因が大きいのではないかとも想像される。
一度は用済み、お払い箱になった映像がこの時期に再び陽の目を見るのは、もちろん、2012年がエリザベス女王の即位60周年とロンドン・オリンピックの年であることと無関係ではないはず(言うまでもなく、この記事もそれに便乗)。外部からの視線を浴びると、急に自分の身だしなみや髪型が気になるのにも似ているかもしれない。とはいえ、ひと夏の大騒ぎが終わったあともアーカイヴはずっと残り続ける(へんな日本語……)ので、あとからでも、ぜひ訪れることをおすすめする。
こうしたプロジェクトは、一朝一夕に形になるわけではない。仕掛けたのは、放送、新聞、雑誌などを渡り歩いてきたジャーナリスト、マーティン・ブライトが2009年に設立した、ニュー・ディール・オヴ・ザ・マインド(New Deal of the Mind、NDotM)なる組織。ニューディールと聞いて、ひとによっては、社会科の時間に勉強した、1930~40年代の米国のニューディール政策を思い出すだろう。ニューディール政策の目玉機関である雇用促進局(WPA)は、公共施設や道路の建設に大きな役割を果たしただけでなく、芸術分野の失業者の支援や、寄付に対する控除制度の制定をおこなったことでも知られており、ブライトが念頭に置いていたのも、まさにそれ。
NDotMが立ち上げた、デジタル・ドゥームズデイ・プロジェクト(Digital Domesday Project)のひとつとして、この短篇ドキュメンタリーのオンライン公開はある。文化遺産の保存や修復事業によって雇用を産み出そうとするこのプロジェクトは、英国各地でこれまでに100人以上の失業者を採用し(6か月の短期契約のようだが)、すでに、27万枚のロンドンの写真のデジタル修復(うち9万枚がここ*5で閲覧可能)、ボクシング・クラブの元メンバーたちへの聴き取りをもとにした演劇の公演、ヨークシャーの暮らしに取材した映画の制作、などの成果をあげている。
このプロジェクト名は、11世紀、征服王ウィリアム1世によってなされた検地結果の記録台帳である、ドゥームズデイ・ブックに由来しているのだけれども、ところで、今回の話題とは関係ない余談ながら、以前にも、似たような名前の記録・保存事業がおこなわれたことがある。1986年、ドゥームズデイ・ブックの成立900年を記念してBBCが立ち上げた、ドゥームズデイ・プロジェクト。これは、英国全土を23000の小さなブロックに分割して、ブロックごとに、1000年後のひとたちに興味を持ってもらえそうな20世紀の日常生活を記録し、保存しようとした試みだった。約15万ページのテキストと、23000枚のアマチュア写真が集められ、レーザーディスクに収録されたが、機材の変化により、20世紀末には事実上アクセス不可の状態になってしまった(現在は、ドゥームズデイ・リローデッドとしてインターネット上で参照できるようになっている)。
こうした失敗を踏まえてのことでもあるのだろう、ブリティッシュ・カウンシルは、デジタル化は保存の代替手段ではなく、世界中の誰もがいつでもアクセスできるようにするための手段である、と宣言している(*6)。さらに力強い言葉が続く。「わたしたちは、このコレクションを単なる古いフィルムの保管場所にしたいのではなく、幅広い内容と特異な歴史の中から、みなさんに、創作のための素材やヒントを探してほしいと考えています。ぜひダウンロードしてください、再活用してください。そして、みなさんがこれらの映像に触発されてつくった成果を、世界とわかちあってください。」(超訳です)
さて、背景の説明ばかりが長くなり、肝心の作品の紹介があとまわしになってしまった。全作品を見たわけではなく、また、わたしの英語の聞き取り能力も完璧からは程遠いので断定はできないが、わたしの確認した範囲では、ナレーションがべったりと映像に貼りついた、よく言えば明快で質実剛健、悪く言えば面白みに欠けるものが少なくなかった。
ただし、おおむね良好な保存状態で記録された70年前の映像を、現在の視点や尺度で、面白いつまらないと斬って捨てることをしていったいどうなるのか、という自問も、当然ある。ミュートにしたテレヴィの画面のオリンピックを横目でちらちら気にしつつ、PCのモニターに映し出される70年前の英国の風物に夜な夜な見入りながら、異邦人の目で往年と現代とを比較し、変わるものと変わらないものとを見つけ出すのは、たしかに楽しい。しかし今回修復・公開された映像は、本当に、そういう楽しみ方のためのものなのか? ヨソの人間が見る必要のない映像だってあるんじゃないか?
そんなことを考えながら、わたしは、土本典昭のある作品のことを思い出していた。タイトルは忘れたが、土本監督の一行が、撮影したフィルムを持って水俣周辺の村々を巡回上映する映像。場所は公民館か集会場だろう。近所の顔見知り同士がリラックスした雰囲気で談笑する中、フィルムが回り始める。すると、マナーだとか行儀だとかは関係なく、ごく自然に、「ああ、○○さんところのなんとかちゃんだ」「あれは××さんとこの息子だな」といった声が上がる。およそ映像に対する反応で、これほどダイレクトで正直なものは、そうそうない。当事者ならではの映像の見方、見え方がたしかに存在するのだと知らされた瞬間だった。
さきほど、映画は自分(たち)の見たい自分(たち)の姿を映す「うぬぼれ鏡」だ、と書いた。自分と他人とでは、鏡に映るものが違って見えるのは当然だろう。しかし、鏡もフィルムも、たとえ現実をそのまま反映しているわけではなくとも、どうしても映りこんでしまうものがあるし、そこにこそ注目してしまう眼もある。あなたがつまらないと感じた映像が、間違いなく必要とされている場所がある。あなたに必要でなくとも、ほかの誰かに。あるいは今から遠く離れた時代の。もしかしたら別の惑星の。だとしたら、どんな映像にも、作り手の意図なんてものを飛び越えて、それを見つけてくれる見知らぬ誰かを待つ権利は与えられてしかるべきではないだろうか。
*1→ http://www.youtube.com/user/KoreanFilm
*2→ http://www.youtube.com/user/CinecittaLuce
*3→ http://film.britishcouncil.org/british-council-film-collection
*4→ http://www.bbc.co.uk/news/entertainment-arts-17929169
*5→ http://collage.cityoflondon.gov.uk/collage/app?service=external/ExhibitionItem&sp=77952&sp=X
*6→ http://film.britishcouncil.org/british-council-film-collection/about-the-collection
【ブリティッシュ・カウンシルとは?】
英国の公的な国際文化交流機関。1934年創立。
英国では公益団体(非営利組織)として登録され、特定の省庁の直下には属さない無所属公的行政機関として運営されている。総裁はエリザベス二世。
世界100カ国以上で活動し、日本にも1953年事務所開設。
http://www.britishcouncil.org/jp/japan.htm
【執筆者プロフィール】
鈴木並木 すずき・なみき
1973年、栃木県生まれ。派遣社員。最近は『アジア映画の森 新世紀の映画地図』(作品社刊)にキム・テギュン論を寄稿。一般の観客が映画についてあれこれ語るトーク・イヴェント「映画のポケット」(現在休止中)を再開しようかと構想中。