開拓者(フロンティア)たちの肖像
中野理惠 すきな映画を仕事にして
第33話 1999年の仕事② “ロシア”に眠るお宝を上映
お宝の山
かつては“日本海”の社名だったが、1991年12月のソ連崩壊後、社名を変更した“ロシア映画社”にはお宝が唸っている、と、その筋ではつとに知られている。ソ連当時は、新作が完成するたびに送られてきていたというポジプリントが、倉庫に眠っていて、その数は軽く数百本と聴いていた。映画はカニ缶などとの並行輸入だったそうだ。
ソ連の映画
<日本海>が活躍していた当時(70年代から80年代初頭にかけてだろうか)は、インデペンデント系(※非ハリウッド系メージャーのこと)の外国映画配給会社は、総数で10社にも満たなかった。その頃から、日本海のメインスタッフである山内さんと服部さんのお名前は知っていた。ソ連は完成すると一方的にポジプリントを送ってきたそうで、ソ連崩壊後、それらのプリントは埼玉の倉庫に保管されたままとのことだった。
<ロシア映画秘宝展>
何が契機だったかは覚えていないが、そのお宝の中から、幻想とSFをテーマに特集上映をしようとなった、というか、勝手に私が決めたのだと思う。服部さんが、プリントの状態や本数も含めて、作品の詳細を丁寧に解説してくれたので、中から数本を選び、特集上映の呼称<ロシア映画秘宝展>を考えた。提案すると、服部さんは
「箱根のイベントじゃあるまいし」と一笑に付したが、
我ながらキャッチコピー共々<よい!>と思ったので、このまま使うことにした。ちなみにチラシにも掲載してあるキャチコピーは下記である。
ロシアの倉庫に眠っていた ケッサク・快作を一挙上映
<ロシア>とは国と大陸とロシア映画社を指したつもりだ。当時のチラシが一枚だけ残っていた。デザインは、今は閉館した吉祥寺バウスシアターで働いていた渡辺純さんである。彼はロシア映画大好きで、今では、アート系映画のデザインを手がけたら、他の追随を許さないほどの腕だ。
<ロシア映画秘宝展>のチラシ
宣伝スタッフのテレビ出演
この企画は、若い映画ファンをとらえて、かなり話題になり、当時、宣伝スタッフだった増川直美さん(現在は退社している)が、テレビ東京の映画紹介番組に出演した。
司会者が、
「ロシアの凍土から映画を掘り起こしてきた増川直美さんにお話をうかがいましょう」
とマイクを向ける。彼女の話した内容は覚えていないが、緊張の極に達していて、台詞を棒読みするかのように話していた表情は、今でも忘れられない。スタッフ皆で楽しんだ企画上映である。
ビジネスの機会を逸した
<ロシア映画秘宝展[幻想&SF]>が好評だったので、アニメーション特集を10月に、同じユーロスペースで開催した。
<ロシア映画秘宝展[アニメ篇]>のチラシ
上映しか考えなかったが、後に知ったのは、この二回の企画上映が契機となり、上映された作品は、その後、他社がビデオ発売など、いわゆる二次使用でたっぷり稼いだとのことで、ビジネスの機会を逃していた、と知った。
「異才の人 木下恵介―弱い男たちの美しさを中心に」
石原郁子さんは、静かで穏やかな人柄からは想像もできないほど、通り一遍の感想や紹介とは一線を画し、作り手を刺激する分析に満ちた批評を書く。特に同性愛をテーマとした作品、あるいは、同性愛をキーに分析する批評を書いていたこともあり、長い付き合いだった。この本は、木下作品を同性愛の観点から緻密に読み解いた画期的な内容で、かなり驚いた記憶がある。
「これを書いて木下監督に叱られるのなら、叱られてもいい」と言っていた。
だが、発行後になるが、石原さんは残念ながら乳がんのために48歳という若さで早世されてしまった。残念でならない。
「異才の人、木下恵介」の表紙
ロシア映画『こねこ』を配給する
さて、ロシア映画社からある時、新作映画の日本公開の相談を受けた。『こねこ』である。
ロシア風な素朴さというか、野暮ったさがなく、オシャレでヨーロッパ風な雰囲気に満ち、また何と言っても猫がたくさん出てきて、演技をするのが可愛い。犬の演技は知られているが、演技する猫は初めてである。どういういきさつだったかは定かではないか、ヘラルドさん映画のSNさんにみて貰うことになった。
『こねこ』のチラシ
ヘラルドさんでの試写後
当時、銀座4丁目にあったヘラルド映画の試写室で、ロシア映画社のお二人、パンドラからも宮重や増川さんをはじめ、宣伝スタッフも一緒に見た。私は前方で、Sさんの隣の席だ。かわいい猫たちのお芝居は、字幕がなくても内容を理解でき、上映時間も84分と短いから子ども連れの家族でも楽しめる。終了後、他の人たちを帰して、私と編成担当のSさんだけになり、
「どう?」と聴くと、隣で見ていた私としては予想もしない返事が返ってきた。
(つづく。次回は8月15日に掲載します。)
中野理恵 近況
2月1日に亡くなった渋谷昶子監督を偲ぶ会に出席し、30年来のお付き合いの松本侑壬子さんを始め、旧知の方々とお会いしました。
渋谷昶子監督を偲ぶ会にて(左から浜野佐知監督、筆者、映画評論家の松本侑壬子さん、茂田オフィスの伊東美咲さん)