第56話 『旅の贈りもの 0：00発』その２
<第55話はこちら>
「いい日旅立ち」
「この歌を知らない日本人は、あんたくらいだ」
と言いながら、監督は加えて、
『いい日旅立ち』と言って山口百恵が歌ったものすご～く有名な歌だよ」
徳永さんに加えて二回目の恥をかいたことになるのだろうが、知らないことは知らないので、当時は、恥をかいたとは全く思いもしなかった。だが、この話をその後、機会あるごとに話すと、確かに『いい日旅立ち』を知らない人に出会うことはない。気づくと新幹線の車内にも流れている。先日、テレビで将棋の加藤一二三九段が、かなり調子外れに歌うのが映っていた。なお、『旅の贈りもの』では、中森明菜が『いい日旅立ち』を歌っている。
全国同時公開
この文章を書くためにチラシを10年以上ぶりに見て、我ながら驚いた。ミニシアター（単館）系を中心に全国16館で10月7日（土）に同時公開している！多少、日程がズレているとはいえ、他の6地域での上映も同（2006）年内公開だ。
竹山さんからの多くの要望の中で、当初「不可能」と答えた項目が一点だけあった。「全国一斉公開」である。パンドラは、通例、所謂＜単館公開＞で映画を全国展開していた。まず東京で原則一館だけで公開し、数週間後に京阪神と名古屋、その後、他の地域での公開、といった方法である。だが、大手映画会社出身の竹山さんは、当初から全国同時公開という姿勢を譲らない。仕方ないので、中国地方以外にも日本国内、あっちこっちと出張した。金沢での公開も竹山さんの要望に入っていたので、シネコンで上映してもらうべく、出張した。すると編成担当の若い男性が、会うなり嬉しそうな表情で
「実は父が国鉄職員だったんですよ」
と、上映を受け入れてくれたこともあった。
チラシとステッカー
旅の贈りもの弁当
他に忘れられないのは、＜旅の贈りもの弁当＞である。衛生面により劇場内での販売はできないのだが、竹山さんはどうしても実現させたい、と、宣伝会議の際にお弁当のサンプルを持参するほどの熱意だった。
「ならば、天下の公道があるよ、銀座の街頭で売ったらいいじゃないの」
と言うと、竹山さんは更に効果的な案を考えついてきた。大丸デパートでの販売である。メニューとサンプル写真が残っていた。
「デパートがオープンすると、その＜旅の贈りもの＞弁当は、毎日午前中には全て完売し、お弁当の売上が延びたデパートの担当者は、銀座テアトルシネマでの公開終了後もこのお弁当を売ったそうだ。そして、この＜旅の贈りもの＞弁当の購買者は、鉄道ファンのみならず旅好きのお母様方にも喜ばれた」と竹山さん。
「旅の贈りもの」弁当
観客の反応
さて、『旅の贈りもの』は2006年10月7日、無事に初日を迎えることができた。高速道路の脇、銀座一丁目にあった＜銀座テアトルシネマ＞の表には、＜ゴハチ＞がこちらに向かう大きな看板を掲出。劇場窓口スタッフの服装は駅員の紺の制服に制帽であった。来場者がチケットを差し出すと、担当スタッフは、かつて、どの鉄道の改札口でも使っていたハサミで、映画の入場券にハサミを入れる。竹山さんが私とケンカしながら頑張って実現させた、さまざまなグッズも劇場ロビーに並ぶ。中でも、鉄道のジオラマのサンプルは見事だった。写真が手許に残っていないのは残念だが、受注発注で、額はン十万単位だったと思う。
こうして、鉄道ファンを始め、徳永さんのファンなど、多くの人々で劇場は賑わった。そういえば、団地で時折、顔を合わせる女性が初日に来場していたので、驚くと、
「徳永さんのファンなんですよ」と嬉しそうに話しかけてきたことも、記憶に残っている。
ある鉄道ファンのスタンディング・オベーションと・・
公開中で最も記憶に残っているのは、ある鉄道ファンだろう若い男性のことである。年齢は20歳代ぐらいだろうか。映画が終了すると、立ち上がってスタンディング・オベーションだ。拍手し終わると、さっとエレベーターに乗り、階数表示のボタンの前に立ち、
「ご乗車のお客様に～」と車掌さんに早がわりするのだった。どうやら、彼は映画の公開期間中、何度も通ってきては、スタンディング・オベーションと車掌さん役を務めてくれていたようだった。
地方公開劇場からの反応
ところで、地域は覚えてないが、ドキュメンタリーやアート系中心のパンドラ配給作品の傾向とあまりに違うので、躊躇していたのを、「何とかお願い！」と頼み込んだので、イヤイヤながら（だろう）上映を引き受けた劇場さんが、公開したところ、すぐに電話をかけてきて、予想もしないことを口にした。
※第55話と第56話は竹山昌利プロデューサーに、文中で触れた以外にも、相当な部分に加筆していただいた。
（つづく。次の掲載は10/15です。）
中野理惠 近況
10月17日（火）に予定していた「ハーヴェイ・ミルク」の国会内での上映会は、諸般の事情により延期になりました。日程が決まりましたら、改めてパンドラの公式サイトhttp://www.pan-dora.co.jpにて告知致します。
