【Review】ネコ側から、世界をみるー『世界ネコ歩き』 text 岡村亜紀子

世界中のニンゲンがネコを愛している。わたしたちはネコにどうしてか惹かれる。それは創作物の多さにも表れ、そして近年はまれにみるネコブームである。

世界をまたにかけ活躍する、動物写真家・岩合光昭氏は40年以上ネコを撮りつづけている、いわば、ネコのプロフェッショナルだ。今のブームの前から、ずっとネコを追いかけてきた。写真集を始めとするネコに関する著作は数多い。そこで紡がれた岩合氏のことばから、ネコとはどんな生き物なのかとか、ネコとの関わりについて自ずと抱いていたイメージが、なんとちいさな認識だったのかと思う。この度、BSで放送された人気番組「岩合光昭の世界ネコ歩き」が、未公開シーンを加えて劇場公開となる。撮影は岩合光昭氏。映される映像を見ると、岩合氏のネコへの想いに自らの感情のように共感し、今までとはすこし違う気持ちでネコを想う。

©Mitsuaki Iwago

主演するのは、青森は津軽、林檎農園の小屋に住まうネコ・コトラの家族と世界6カ国のネコたちである。時々、林檎農園のニンゲンの家族や、世界のネコたちのご主人であるニンゲンも登場するが、彼らがキャメラに向けて話すことはなく、主役はネコだ。中でもメインで登場するコトラ家族の物語は、ネコのプロフェッショナルである岩合氏のコミュニケーション能力と、それに基づいて注がれる彼らへのまなざしによって綴られていく。

©Mitsuaki Iwago

岩合氏の著作に『コトラ、母になる 津軽のネコの四季物語』がある。そこに収録される「リッキーのまなざし」と「強情なネコ」に、撮影中にふとしたことがきっかけでコトラのこども・リッキーがスタッフに心を閉ざしたエピソードがある。岩合氏はリッキーの表情から心を閉ざした瞬間に気付いただけでなく、その理由に思い当たる。その3ヶ月後にリッキーがそのスタッフに心を閉ざした様子を見て、彼が以前の出来事を憶えていること、その賢さを理解する。対象に絶え間なく想像力を持つことによって、言語を介さなくても、鳴き声の調子や、しぐさや、表情……そういったものを頼りに、理解し通じ合う。その感覚を信じられること、それは愛があればこそではないだろうか。

©Mitsuaki Iwago

撮影者である岩合氏のまなざしが映像となって、コトラ家族の記録がわたしたちに届く。映像にのるナレーションでは、岩合氏のことばはネコたちとわたしたちとの仲立ちのようであり、ネコたちへ語りかけるような親愛に満ちたことばを女優・吉岡里帆が聴かせる。コトラに5匹の子ネコが生まれた日から撮影が始まり、キャメラをネコの目線に合わせるため腹這いになって撮影がなされ、子ネコたちが戯れる躍動感溢れるシーンや、その後の成長が約1年かけて撮影されている。映像とナレーションを通して、過ぎゆく時の中で彼らが生きていること、そしてそんな彼らに出会えた幸せが感じられる。

岩合氏のネコたちに向けられた想いは、探究心に溢れ、とてもユニークで、感情に満ち、敬意を感じる。ライフワークとして身近なネコたちを被写体にすることはもちろん、世界中のネコたちを訪ねるフットワークの軽やかさ。コトラ家族の映像に差し挟まれる世界のネコたちの姿もとても面白く、時に驚きを与えてくれる。

© Iwago Photographic Office

ネコの姿を見れば、性別とだいたいの年齢がわかるという氏の著作の写真では、表情豊かなネコたちの姿がたくさんある。映画を見ると、その一因がわかったような気がする。オープニングに、雪の中、一匹のネコが遠くから手前に歩いてくる。立ち止まり、横を向いたりしながら、それでもまっすぐキャメラに向かってトコトコと歩いてきて、「いいコだね」と声をかけるキャメラの横を通り過ぎていく。その映像は自らの目で見ている風景のように思え、こちらへやってくるかどうかわからないネコの様子をキャメラが定位置で待つ事で、数秒の映像がドラマティックに映る。その後も雪景色の中のネコたちが映るシーンが続き、見惚れた。数秒の映像はどれも、絶妙に間が長く感じられた。その間の後にあるネコたちのささいなしぐさや行動——こちらへ向かって来たり、ふっと横を向いたり、ジャンプをしたり——が、ネコたちの微細な感情の発露であり、そこに撮影者がいるから起きたように見えた。撮影者である岩合氏や観客であるわたしたちと同じように、ネコたちもこちらを見ている。それはひとつの通い合いだ。

映画の中の「ネコの目になる」という岩合氏のことばが印象的だった。岩合氏の目は、ネコたちの時間が流れるのを待ちながらもネコと向かい合い、その反応を捉えている。そしてネコたちの時間は、ネコと立場を同じくして、ネコの気持ちを推し量り、いわばネコの世界に属していないと撮影できないように思う。

©Mitsuaki Iwago

「いいコだね」「いいお母さんだね」と語りかけ、「生まれた時から知っているよ」「いい男になった」とそのネコ(人)生を通して彼らをみつめる。

林檎農園の小屋ではネコたちが自由に過ごし、時とともにそこを住処にするネコたちの面々も変化する。子ネコが生まれるとその場所を譲るようにして住処を変える親兄弟のネコたちは、そう遠くないところに移り住んだりして繋がりは続いていく。離れたり戻って来たりしながら暮らすネコたち。そんな暮らしの中で、子ネコから成猫になったリッキーにコトラの面影を感じて、えもいわれぬ感動とも感傷ともつかない感情が起こる。

ネコに惹かれるのは、そのミステリアスさであり、それゆえにニンゲンの想いは一方通行なのだと、そんな風にいつのまにか決めつけていたのかもしれない。その認識がそっと遠のいていき、いつかネコの声をわたしも聴けるような気がしている。紡がれたネコたちの物語には、ネコとニンゲンの関わりへのヒントがある。

©Mitsuaki Iwago

【作品情報】 

『劇場版 岩合光昭の世界ネコ歩き
 コトラ家族と世界のいいコたち』

(2017年/日本/104分)

出演:岩合光昭  語り:吉岡里帆
音楽:高野正樹 プロデューサー:小島智
ディレクター:藤原光暁  タイトル・デザイン:半田淳也
製作・配給・宣伝:ユナイテッド・シネマ

10月21日(土)より
全国ユナイテッド・シネマ他ロードショー

【執筆者プロフィール】

岡村亜紀子(おかむら あきこ)
某レンタル店深夜スタッフ。映画ライター講座シネマ・キャンプを受講したことがきっかけで、受講メンバー有志で始めた「ことばの映画館」に参加。