【Interview】「個の関係」から生まれる物語――『盆唄』中江裕司監督インタビュー text 若林良


東日本大震災から4年が経過した2015年、福島県双葉町の人々は散り散りに避難先での生活を送り、先祖代々守り続けてきた伝統「盆唄」存続の危機に心を痛めていた。
そんな中、100年以上前に福島からハワイに移住した人々が伝えた盆踊りが「フクシマオンド」として今も日系人に愛され、現地で熱狂的に踊られていることを知る。双葉の人々は盆唄を披露すべく、ふたたび動き出す――。
やがて盆唄の存在が、双葉とハワイに生きる人々のルーツを明らかにしていく。本作『盆唄』は震災のドラマにとどまらず、土地の200年にも及ぶ歴史、唄のもつ潜在的な力、旅を求めてやまない人間に対する探究など、いくつものテーマが重層的に折り重なった魅惑的な作品となっている。『ナビィの恋』(1999)をはじめ、これまで中江監督がテーマとしてきた「沖縄」の本作への影響も含め、お話をうかがった。
(取材・構成=若林良)

――撮影動機から、お聞かせいただけますか。

写真家の岩根愛さんに話をいただいたことからですね。彼女は以前から双葉町の盆唄と、ハワイのフクシマオンドのつながりを追っていたんですけど、盆唄の担い手をハワイに連れていこうとも考えられていて、彼らのことを撮ってほしいと。そこから和太鼓づくりの名手・横山久勝さんにお会いすることになって、企画が動き出しました。

――「故郷」について考えました。双葉の方々の郷愁の感情は強いと思いますが、それは後ろ向きな感情、過去に向いたものじゃなくて、未来に向けたもの、いわば理想郷に向けての郷愁といった前向きなパワーを感じました。

被災者の方たちにカメラを向ける中では、故郷に帰ろうと思っても帰れない現実が、当然映りこむことになります。ただ、それを撮っていくだけでは映画にならないと思っていました。言葉にするとどうしても嘘っぽくはなりますけど、未来や希望、何かしらのポジティブな感情を観客に提示できないと、この映画は終わらないと感じていたんです。

そんな時、双葉の方たちに、故郷を離れて生きている“移民”という側面があることを感じました。もちろん、そうした定義を押しつけるわけではありませんが、僕が勝手にそう捉えたことで、いろんなものが見えてきたんです。本作では、双葉の方たちと対比させる形で、ハワイの日系移民の方たちを登場させています。いまは4世、5世くらいになっていますけど、世代を重ねることで、少しずつハワイに根付いていったことがわかる。双葉町の方たちの一部は、東北から移住してきた人たちの子孫なんですね。それぞれの土地のルーツになった人たちが、どのようにして異郷に根付いていったのか。一人ひとりの人間のレベルで、そうした物語を描くことが重要だと思っていました。

――監督にとっては特別な土地だと思うのですが、沖縄と重なると思いました。中国とか台湾とか、いろんな東アジアの国々と交流があって、独自の文化を成していったと思うのですが、この映画を作る過程で沖縄についての思いもありましたか。

本作は、沖縄で学んだからこそ撮れたと思っています。おっしゃられるように沖縄はさまざまな国と面していて、かつ小国だったので、外交をうまくやるしかなかった。外から来るものを、拒否するのではなく、まず受け入れるんですね。いろんなところと礼を重んじる形で、ずっと生きてきた。歴史としては琉球処分で日本に併合されたり、第二次世界大戦があってアメリカに占領されたり、決して明るい道のりではありませんでしたけど、その中で沖縄の人たちは、個対個の重要性を自然に学び取ってきた。

肩書きとかはあまり関係ないんです。たとえば、僕は「映画監督です」と言って信用されるかと言うと、そんなことはありません。信用して欲しいのであれば、信用に値するような人間性を見せろと。僕は京都育ちですけど、京都は真逆で、肩書や家柄を重んじる土地柄でした。身ひとつで、私はこういう人間です、受け入れてくださいという学習はしていなかったので、沖縄でのコミュニケーションは新鮮なことばかりでした。20年くらいの歳月をかけて、沖縄の人たちに鍛えられてきたという実感はあります。それがこの映画にも結びついていると思いますね。

――移民の過程をたどることで、人間は旅をする生き物だと実感し、本作が「震災」に留まらない、大きな物語だと改めて感じました。歌とか踊りが、なぜ人の心をつなぐものになるのでしょうか。

核となるのは、「情」ではないでしょうか。「愛してる」の感情が言葉にし切れないくらい強い時に、歌や踊りになって出てくるのだと思います。

――ハワイで150年、盆唄が続いてきたということが効いてきていますね。言葉の意味もわからないけど、歌うことによって、心が確かに震わされていく。

娯楽って、そういうものなんですよね。本当にただ楽しい。楽しさが忘れられないから、みんなで一緒になる。ハワイでは「べっちょ」ってかけ声がありますけど、福島の方言で、性行為とか、女性の性器を指す言葉なんですね。明治時代に福島から移民をしてきた方が伝えて、それが伝統になっている。今はさすがに福島で「べっちょ」とか歌っている人はいませんけど(笑)、ハワイではそれが続いている。昔の歌は記憶装置でもありました。当時は字が書けない人が多かったので、歌うことによって覚えたんです。

――本当に、意味とかイデオロギーにこだわらない音の魅力が伝わってきました。

盆踊りって単調なリズムで、脳を揺らすような効果があります。ずっとあれをやっていると、トランスみたいな状態になるんですね。それは僕も現場で実感しました。それを映画館でも観客に体験してもらえないかと思って、ラストの20分は、まるまる盆踊りのシーンにしました。延々と続くので、次に何か来るかとかを考えなくなって、ただ盆踊りを受け入れるようになる。その瞬間を狙ったんです。

BGMはほとんど入れていません。今回の試みとしては、アニメーションを入れているんですけど、その時にリップシンク(口が動く映像と音声を合わせること)はやめたいと思っていました。画面は画面、音は音として別個に考えたかったんです。僕は実写をずっとやっているので、リップシンクに縛られていたんですね。そこで、アニメーションだったら自由にできると思いました。既存のルールに縛られずとも、観客が気持ちよくなれるようなものが作れるんじゃないか、そういうことはずっと考えていました。

――土地に密着した作品は、ドキュメンタリーの歴史の中にもさまざまな作品があります。本作もまた、そうした系譜を受け継いだ作品であると思いますが、本作において意識された作品はありますか。

影響を受けた作品としては、『1000年刻みの日時計 牧野村物語』(1987、小川紳介監督)が大きいですね。これはむしろ、未来の映画だと思うんですよ。今の僕の力では、すべての面白さは把握できない。4時間近い上映時間の終わりに差しかかると、終わらないで欲しいといつも思います。うまく言えませんけど、映画が終わった先の豊かさを、実感できる感じがあります。

僕は劇場の運営も行っていて、そこで『極北のナヌーク』(1922、ロバート・フラハティ監督)を上映したことがあります。そこで改めて見たのですが、この映画のように、劇映画かドキュメンタリーであるかにこだわらなくてもいいと思ったんです。いわゆる「やらせ」の問題が指摘されることもありますけど、それは本質的な問題ではないように思います。たとえば本作における横山さんは、自然体のままにふるまっているように見えても、カメラの前だから普段と違う自分になっているのかもしれませんよね。生と言えば生ですけど、演技と言えば演技かもしれません。ドキュメンタリーとかフィクションとか関係なく、その土地にカメラを持ち込んで、面白い作品を撮る。根幹としてはただそれだけですね。

――「個の関係」という言葉とも通底しますね。

そうですね。方法論についてさらに言えば、自分が映ってもいいし、必ずしもカメラの後ろに隠れていようとは思いません。あまり監督ばかりが前面に出て、観客の方が辟易してしまうようではダメですが、ただ、自身が被写体の側に行くことではじめて撮れるものはあるので、その時は映ってもいいと思います。小川監督にも自己言及的な側面もあって、本当はこう撮りたかったけど撮れなかった、ということをナレーションで言ったりもする。既存の文脈では疑問を持たれたりもするでしょうけど、小川監督の場合はそれが「正しく」なっている。小川監督と並ぶ巨匠・土本(典昭) 監督も大きいですね。特に『水俣一揆』(1973)。あの作品ではシンクロカメラを使っていないから、リップシンクがないじゃないですか。それなのにあの臨場感は何なのか。自然と引き込まれてしまう。小川監督と土本監督には技術面ももちろんですが、これを表現しなくてはいけないという執念、人間に対する尊敬の念など、心のあり方についても鍛えられたと思います。

――観客に対するメッセージをお願いします。

映画を見て踊っていただければ、こんなに幸せなことはないですね(笑)。双葉の盆唄を、今双葉で踊ることは難しいですけど、全国の劇場で響いて、みんなが踊れたら最高なんじゃないかなと思います。

【作品情報】

『盆唄』 
(2018年/日本/134分/ビスタ)

監督:中江裕司(『ナビィの恋』『ホテル・ハイビスカス』)
撮影監督:平林聡一郎 編集:宮島竜治、菊池智美
エグゼクティブプロデューサー:岡部憲治
プロデューサー:堀内史子 アソシエイトプロデューサー:岩根愛
アニメーション:池亜佐美 音楽:田中拓人 音楽プロデューサー:佐々木次彦
出演:福島県双葉町の皆さん、マウイ太鼓ほか
声の出演(アニメ―ション):余貴美子、柄本明、村上淳、和田聰宏、桜庭梨那、小柴亮太

助成:文化庁文化芸術振興費補助金(映画創造活動支援事業)独立行政法人 日本芸術文化振興会

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写真はすべて©2018テレコムスタッフ

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