【Review】日本国憲法、御年72歳! 平成最後の4月にその意義を問うーー『誰がために憲法はある』text 宮﨑千尋

 

『誰がために憲法はある』は大きく分けて、二つの事柄から成り立つドキュメンタリー映画だ。一つは、改正がいよいよ実現化するのではないかと囁かれる日本国憲法を「憲法くん」と擬人化し私達に訴えかける、女優・渡辺美佐子の一人語り。もう一つは、33年間女優達によって続けられ、2019年に終演を迎えようとしている原爆朗読劇『夏の雲は忘れない』公演の実録と、公演の中心人物の一人として携わり続けてきた渡辺の原動力ともなった大切な人の悲しい死についてだ。

お笑い芸人の松本ヒロが、20年にわたり日本国憲法の大切さを伝えるためユーモラスに演じ続けてきた一人語り「憲法くん」。「ホントですか? 私がリストラされるかもって話」。そう顔をしかめる「憲法くん」を本作で演じる渡辺は、今年87歳になる。劇中で一気に暗唱される膨大な日本国憲法全文を覚えるのは並大抵のことではなかっただろう。「戦争を知る世代として魂をこめて演じた」と言う渡辺の「憲法くん」が語る日本国憲法全文には、文章だけではわかりにくい血の通った心を感じる。憲法くんは言う。「わたしというのは、戦争が終わったあと、こんなに恐ろしくて悲しいことは、二度とあってはならない、という思いから生まれた、理想だったのではありませんか」。平成31年の憲法記念日、72歳を迎える「憲法くん」は変えた方がいいことと、変えてはいけないものがあるのではないか?と問いかける。時代の流れは忙しなく、新元号へともう間もなく切り替わる今、私達日本国民一人ひとりにその問いが突きつけられている。

原爆朗読劇『夏の雲は忘れない』では、子供達に向け二つの取り組みが行われているという。一つ目が朗読劇中、子供達にも参加してもらい朗読を行うこと。もう一つが公演後、子供達との交流会で感想を聞く機会を設けていることだ。子供達が参加するのは、彼らとそう年齢の違わない原爆の被害者である、70人の子供達が息絶える際に残した最期の言葉の朗読だ。映画劇中で女優の一人が呟く「忘れてしまうのは簡単なこと、忘れてしまう方が楽だしね」の対照とも言える、交流会での一人の少女の言葉が胸に残る。「広島に生まれたことを誇りに思う」。そう言う少女は「広島のこと、原爆のことをもっと勉強して、知らない県外の人たちにも教えてあげたい」と微笑む。女優達の思いを子供達が確かに受け取り「自分たちが受け継いでいくのだ」と口々に語る感想を聞いて、女優達の口元が綻ぶ

広島平和記念資料館は、多くの子供達が、修学旅行先として訪れるスポットの一つだろう。かくいう私も、中学生の頃に訪れた一人だ。皮膚がただれ苦しむ人々の生々しい人体模型へ感じた恐怖、黒い雨の跡が残る壁、折り鶴の悲しい美しさ。今でも思い出せるが、心に一番強烈な印象を残しているのは、被爆者の方の体験談だ。なぜか? その答えの一つを、本作を通して見つけたように思う。33年間、先陣で原爆朗読劇を続けてきた渡辺は、初恋の人・水永龍男さんを広島の原爆で亡くしている。本作で私達観客は、水永龍男さんが確かにいた、と強く感じる体験をする。幼い頃の渡辺と水永龍男さんが共に通った通学路を、彼女が猛暑の中一歩ずつ歩いていく。広島平和記念資料館を訪れた渡辺がデジタル模型を見つめ、浮かぶキノコ雲と広がっていく爆撃の光が、その横顔を照らす。豪雨の中、花を抱えた彼女が慰霊碑に刻まれた水永龍男さんの名前に指をたどらせる。それらに感じるのは一人の少年、渡辺の初恋の人、水永龍男さん、だ。痛いほど訴えかけてくるのは、そこに確かにいた「水永龍男」さん、の存在と渡辺の彼を大切に愛しく思い続ける気持ちだ。私達観客は、初めは名前すら知らない原爆被害者の一人、としてのその少年を、かけがえのない一人の人間として認識するだろう。知ることが、間接的にではあるが私達を確かな当事者にさせてくれる。語り継ぐということは、当事者であり続けることに等しいと言えるかもしれない。

いつまでも過去に縛られていて何になる?という人もいるだろう。でも、私達は自らの過去からしか未来を築けない。日本国憲法を知ること、原発の事実を知ることは、日本という国を考えることであると強く思う。女優達の原爆朗読劇は2019年で幕を閉じる。彼女達が願うのは、その活動を引き継ぐ者が現れることだ。『誰がために憲法はある』を観て何を感じどう思うか、こんなにも「今」誰かと語り合いたくなる映画はそうあるものではない。

【作品情報】

『誰がために憲法はある』
2019年/日本/69分/DCP/カラー/ドキュメンタリー)

出演:渡辺美佐子 高田敏江 寺田路恵 大原ますみ 岩本多代 日色ともゑ 長内美那子 柳川慶子 山口果林 大橋芳枝
監督:井上淳一
「憲法くん」作 松元ヒロ
音楽:PANTA 製作:馬奈木厳太郎 プロデューサー 片嶋一貴
撮影:蔦井孝洋 土屋武史 髙間賢治 向山英司
照明:石田健司 録音:臼井勝 光地拓郎 ヘアメイク:清水美穂 編集:蛭田智子
助監督:末永賢 植田浩行 制作:長谷川和彦 宮城広 メイキング:小関裕次郎 
宣伝プロデューサー:岩本玲 協力:「夏の会」
製作プロダクション:ドッグシュガー  
配給・宣伝:太秦株式会社

写真はすべて(C)「誰がために憲法はある」製作運動体

公式HPwww.tagatame-kenpou.com

2019年4月27日より、ポレポレ東中野ほか全国順次公開

【著者プロフィール】

宮﨑 千尋(みやざき ちひろ)
静岡県出身、東京都在住。平成元年生まれのライター。
趣味は人間観察。食いしん坊。天然物のたい焼きをこよなく愛しています。映画好き、映画館という空間が大好き。世界中の映画館に行って、それぞれの国の言語で映画を観るのが夢の1つです。2019年は映画の音声ガイド制作に挑戦します!