【column】『傍観者あるいは偶然のテロリスト』―ドキュメンタリーの垣根を越えてー text 後藤和夫

私がこの作品を作ろうと思ったのは、しばらく前に一つの劇映画のプロットを思いついたことから始まる。
タイトルは『偶然のテロリスト』。若き日本人ジャーナリストがイスラエルで自爆テロを行う。その男の友人であった老ジャーナリストが、その真相を探るためにパレスチナに飛び、パレスチナ・イスラエルの長きに渡る紛争の闇を体験するというものだ。

日本映画界に国際紛争をきちんと描いたものがないな、そう思って構想したのだった。
パレスチナは私自身が20回近く訪れた取材地であり、ある程度知識も経験もあった。
だが、私の構想した劇映画には莫大な予算がかかる。興味を持ってくれるプロデューサーもいない。というか、私は長くテレビ業界にいたので、映画の世界には全く知見がなく、出会いもなかった。何人かの友人にシナリオの内容を伝えると「面白い」と言ってくれた。パレスチナに関しては、その実体験と共に日本で一番詳しい映画監督足立正生さんは、会うたびに「早く作れ」と挑発する。そう言われても予算も何もないのだ。ただの夢想状態である。

足立正生さんとは遥か50年も昔、私が大島渚作品『東京戦争戦後秘話』に出演した時からの友人だ。1974年だったか、足立さんは忽然と日本から姿を消し、日本赤軍の一員としてパレスチナ解放闘争に身を投じた。突然消えた友人。その時の“なぜ”という思いが、後年私がパレスチナに赴いた要因の一つだったかもしれない。

 

ま、とりあえず、久しぶりに行ってみようか。
こう思ったことから、いっそ再訪する自分自身を撮影し作品にしてしまおうと考えた。
いわば劇映画のロケハンを兼ねたセルフドキュメントだ。

シナリオの中の老ジャーナリストとは私のことであり、シナリオで想定した場所を訪ねて歩く。それは同時に、私自身が20年前にフリーのジャーナリストとして初めてパレスチナを訪れ、カメラを手に駆けまわった記憶を辿る旅にもなるはずだ。
何しろ、当時3年の間に20回近く訪問し、その時に取材したテープが200本も段ボールの中に眠っている。そこには、今より若い私が、第2次インティファーダという民衆蜂起の中で必死にパレスチナの実情を追い求めた姿が写っている。

あの頃の私を駆り立てたものとは何だったのか。私が見たものは何だったのか。
そして今パレスチナはどうなっているのか。
それは追憶と共に、現在のパレスチナを知る旅の記録となった。そして同時に自問自答の旅になるはずだった。

今回のロケは2019年の5月に9日間行った。エルサレム、ラマラ、ベツレヘム、ヘブロン、ナブルス、ジェニン、いずれもパレスチナ自治区の大きな町で、2000年の第2次インティファーダでイスラエル軍が侵攻し破壊と殺戮の限りを尽くした場所だ。

かつて私はこれらの街の惨状を取材し、放送した。あの時私は間違いなく目撃者の自覚と自負を持っていたはずだ。その取材はたびたびテレビで放送された。

今回は残念ながらガザに入ることはできなかった。天井のない牢獄と言われるガザは、この20年間で人口が倍の200万人に増えたという。「2020年には人間が暮らせる環境でなくなる」と国連は発表している。ガザを囲む壁の外からその向こうにいる友人に電話をした。その声を、延々と続く分離壁のショットに被せた。

どこまでも続く青空と壁。それが今のパレスチナだった。
その壁は目撃者を阻んだ。そしてわたしは傍観者を強いられた。
いや、それは本当だろうか。私は(私たちは)、いつの間にか傍観者でいることの安穏を選んできたのではないだろうか。あの場所でも、今いるこの場所でも。

この作品は、私がかつて撮影した映像と、現在のパレスチナを交錯させながら、しかも劇映画のシナリオも織り込んでいるという、ちょっと異質な作品に仕上がっている。
編集におよそ1年かかった。かつての仕事仲間が編集をやってくれた。私のやっている居酒屋に来るミュージシャンが音楽をつけてくれた。

ぜひご覧になっていただきたい。

 

【映画情報】

『傍観者あるいは偶然のテロリスト』
(2019年/日本/カラー/119分) 

監督・脚本・主演 : 後藤和夫
制作 : Cool Hand Production

​配給 : シネマハウス大塚

映画公式HP:http://nipponpopkyo.wixsite.com/palestine

6/13(土)~19(金)、シネマハウス大塚にて公開!

 

【執筆者プロフィール】

後藤 和夫(ごとう かずお)
1952年生まれの68歳。18歳で大島渚作品『東京戦争戦後秘話』に主演。22歳で自主映画『ハードボイルドハネムーン』監督。20代後半からテレビ業界に入り『ザ・スクープ』などの演出を経て、フリーランスとして世界の紛争地などを取材。2004年から2014年まで『報道ステーション』のプロデューサーを務める。2018年に「シネマハウス大塚」を仲間と設立、館長となる。西荻窪の美味しい居酒屋『iitoco』のオーナーでもある。