【Review】悲しみの繋がる部屋――『ヴィタリナ』text 住本尚子

家というのは不思議なもので、帰れない場所になることがある。

ヴィタリナは出稼ぎに行った夫、ジョアキンをアフリカのカーボ・ヴェルデで待っていた。その家は、ジョアキンと二人で手作りしたお家。セメントをジョアキンが塗り、ヴィタリナはブロックを運んでそのセメントの上にのせる。ほとんどはジョアキンが作業をしたみたいだけど、10室もあるほどのとても立派な家だ。この家が画面に映る時、カーボ・ヴェルデの強い日差しと眩しくて美しい空が明るく映し出される。けれど、それ以外の、リスボンにあるフォンタイーニャス地区の様子は、ずっと暗闇のような、朝なんてないみたいな暗さだ。まるで、街が喪に服しているみたい。そう、ジョアキンは亡くなってしまった。出稼ぎに出たままで。

ヴィタリナはその知らせを聞いて、遠く離れたリスボンまで駆けつけてはみたものの、すでに葬儀も終わっており、ジョアキンには会えぬままに別れなくてはならなかった。けれど、フォンタイーニャス地区にある、ジョアキンが住んでいた古いアパートは残っていた。

この街ではジョアキンが暮らしていたように男たちが働いては家に帰り、過ごしている姿が映し出される。みな、自分の家にちゃんと帰る姿を見た時、ジョアキンの帰る家は、いつしかこのアパートになっていたんだと思った。シャワーを浴びているヴィタリナの頭に何かが落ちてくるほどにボロボロなアパートであっても、そこが帰る場所になっていた。

ペドロ・コスタ監督は、過去作でもずっとフォンタイーニャス地区で生きている人達を描いている。そしてそこにある家、部屋には特に思い入れを感じる。そして、ペドロ・コスタは小津安二郎作品が大好きだ。小津が後期に描いていたのも家族であり、家だった。フォンタイーニャス地区には、家族に近い共同体があり、その場所こそ、自分の家族像を作り出せると思ったのだろう。そうした家族と言われる何かを過去作でもずっと形にしている。『骨』では生まれたばかりの子供を巡り、子供とその父と母、だけではないさまざまな母の形を描き、『コロッサル・ユース』では、家から追い出された男が、家族を求め、大きな新しい部屋に佇む。ペドロ・コスタ作品には常に誰かと生きていく事を思う人たちでいっぱいだ。ヴィタリナだってそう、ずっと家族を待っていた。

ジョアキンはこの共同体に自分の居場所を見つけてしまったから、帰って来なかったのかもしれない。その迷宮的なフォンタイーニャス地区の部屋を、ヴィタリナがジョアキンへの思いを馳せながら、怒りをもまとい漂う姿は、居場所の違いを見せつけられているようで心が苦しくなる。

部屋へのこだわり、とりわけ過去作である『ヴァンダの部屋』ではひたすらにヴァンダやその妹が部屋でジャンキーな生活をしている姿が映される。彼女の大きな咳が響くその空間は、どこまででも響いていくみたいに、この部屋には留まらない苦しさを共にする。けれども、苦しみを共有できる近所の人や妹が、家族が常にそばにいてくれる安心感と、部屋という一種の閉鎖的な空間が、誰にでも開かれているような、その曖昧さを持って、どこまでもこの世界には広がりがあるように感じられる。

ヴィタリナは暗いジョアキンの住んでいた部屋に住み、静かに過ごす。その瞳が暗闇で光る時、その美しさに息を飲みつつ、ヴィタリナの孤独の粒子が集まり、形として現れたように見えた。孤独が光る事があるんだ。

涙を流すヴィタリナは、決してひとりではない。この部屋は誰かの悲しみの部屋と繋がっている。この薄暗さが、また誰かの心の拠り所となれるような広がりの一部として存在している。

だからわたしは『ヴィタリナ』がまた大好きな映画になった。わたしの悲しみも、私だけで作られるものではない。誰かといるから悲しくて、誰かといたいから悲しいのだ。ヴィタリナの気持ちに寄り添うようにわたしは自分自身にも寄り添えるようになる。孤独と共に生きるという事が、これから私たちが目にしていく人生となる気がした。

【映画情報】

『ヴィタリナ』
(2019年/ポルトガル/DCP/ポルトガル語・クレオール語/130分) 

監督:ペドロ・コスタ 

撮影:レオナルド・シモンエス
編集:ジュアン・ディアス、ヴィトル・カルヴァーリョ
録音:ジュアン・ガズア 整音:ウーゴ・レイタン 製作:アベル・リベイロ・シャヴェス 
製作会社:Sociedade Optica Tecnica

出演:ヴィタリナ・ヴァレラ、 ヴェントゥーラ マヌエル・タヴァレス・アルメイダ、フランシスコ・ブリト、マリナ・アルヴェス・ドミンゲス、ニルサ・フォルテス
原題:Vitalina Varela
配給:シネマトリックス www.cinematrix.jp/

9/19(土)よりユーロスペースにて公開中!

<ほか、全国順次公開>
厚木 あつぎのえいがかんkiki  10月3日(土)~16日(金)
豊岡劇場  10月9日(金)~10月22日(木)
大阪・シネ・ヌーヴォ 10月17日(土)~
京都・出町座  10月23日(土)〜
神戸アートビレッジセンター  11月7日(土)~20日(金)
横浜シネマリン  11月
名古屋シネマテーク  晩秋 or 冬

【筆者プロフィール】

住本尚子(すみもと・なおこ)
広島県出身。イラストや映像を作っています。誰かの生活と地続きな映画にまつわるウェブマガジン『Filmground』主宰。